67.
「で、こうやって全ての設備にチェックシートを設置していくわけよ。どう、覚えられた?」
「はい。このチェックシートの番号と設備番号が一致していれば良いんですね?」
「そうそう。そこだけちゃんと見てもらえたら良いかな」
新しいラインには設備が三十個もあった。これだけの設備数だ、一人で設置していたら三十分じゃ済まなかっただろう。野中さんに声をかけて良かった。
「第二棟は定時帰りが多いんですね」
「今月は受注、少なそうだったしなぁ。これだけ静かな中で作業すると変な感じがするよね」
普段は機械音が響き渡っている第二棟も、今はすっかり静まり返っている。残業しているラインは片手で数えられるくらいだ。
「そうだ。
「いえ、電車で行くつもりなので大丈夫です。明日は……七時に集合でしたっけ?」
「そうそう。野中で予約取ってあるから、店員さんに言って通してもらってね」
「分かりました。予約ありがとうございます」
「いーえ。明日は藤代さんの歓迎会なんだから堂々と手ぶらで来てよ」
野中さんから送られてきたメールには会費五千円と書いてあった。しかし、その下には注意書きで藤代さんは不要、とも書いてあったのだ。
……奢られるのは慣れてない。少しだけ窮屈に感じる。
「あと一個で終わり?」
「はい。この設備で…………終わりました」
二人で三十分弱。少しオーバーしたが無事に全ての設備に設置出来た。これで明日からは始業点検が出来る。
設備に異常がないか毎朝点検するのがこの会社のルールだ。設備を長く使うために始業点検は欠かせない。
「藤代さん、手伝ってくれてありがとう」
「いえ。他には何もないですか?」
「うん。俺も今日はこれで帰るつもり」
二人並んで第一棟へ向かって歩く。
第二棟とは違い、機械音が鳴り響いている。ほとんどのラインが残業対応しているようだ。
「じゃあ、お疲れ様。お先です」
野中さんはパソコンを片付け終えると、すぐに鞄を持って事務所を出て行った。
私も早く帰ろう。
「
「……わっ」
自分の部屋にたどり着く前に、彩織の部屋の扉が開いた。まさか彩織が飛び出してくると思わなかったから変な声が出てしまった。……恥ずかしい。
彩織は扉を開けるだけに留まらず、私の腕へと抱き着いた。
「えへへ。窓から車が止まるの見えたからつい……」
「もう、来るでしょ?」
ジャラリとアパートの鍵を見せると彩織は嬉しそうに頷いた。そしてすぐに自分の部屋の扉を施錠し、私の後へと続く。
「お邪魔しまーす」
「はい、どうぞ」
きっちり靴を揃え、慣れたように私の部屋へと上がる。その両手にはスーパーのレジ袋。そっか、材料を買ってきてくれたんだっけ。
「早速、台所借りるよ」
「うん。着替えてから私も手伝う」
クローゼットを開け、部屋着を出した。
いつもなら作業服のままご飯を作って、食べて。お風呂に入るまでは同じ格好のままだけど、今日は違う。彩織がいるから。
持っている部屋着の中でも一番普通な、無地のスウェットに袖を通した。髪の毛も一つにまとめる。……よし。
「手伝うよ」
ガスコンロの前に立つ彩織の隣に並ぶ。手元を見るとみじん切りにした玉ねぎを炒めている最中のようだ。
「お肉、私やるね」
「うん、お願い」
ひき肉をパックからボールへと移す。腕まくりをして右手をボールの中へ。ヒンヤリしていて少し気持ちいい。
彩織に言われたように塩を一つまみ入れてからこねる。ひたすら、こねる。
「これくらいでどう?」
「もうちょい、かなぁ。粘り気が出るまでこねておけば、形が崩れにくいから」
まだ足りないらしい。いつもだったらここで玉ねぎを入れるんだけど、今日は彩織のやり方に従う。きっといつもより美味しいハンバーグが出来るはずだ。
「……どう?」
「うーん……これなら……」
こね初めて四分弱。ようやく彩織の許しを得て、玉ねぎ、卵、パン粉を投入した。
ようやくこねる作業が終わり、指示を貰おうと彩織に視線を投げた。
彩織は吊り戸棚を開けたり、キャビネットを開けたり。何かを探しているようだった。
「何を探してるの?」
「コショウを使いたいんだけど……」
「ああ、それなら……」
調味料を収納している引き出しを指差す。今は手が汚れているから触れない。それをすぐに察した彩織は自分で引き出しを開けた。
「……へぇ。結構、調味料揃ってるね。ブラックペッパーなんて持ってない人多いのに」
「ああ、うん。まあね……」
「あ、ナツメグあるじゃん。これも入れよー」
彩織は深く追求することなく、コショウとナツメグを手に取った。
ハンバーグにナツメグ入れるんだ。ナツメグってカレーに使うものとばかり。
……あの人はこの調味料たちを何に使っていたのか、今となっては思い出せない。
「はい。羚ちゃん、出番。また混ぜて」
「うん」
再び右手をボールの中へ。偏りがないように混ぜる。ひたすら、混ぜる。
「もう良いかも。形、整えよっか」
彩織も制服の袖をまくり、ボールの中へ手を入れた。
「これくらいの大きさで、空気を抜いて……」
見よう見まねでハンバーグの形を整える。長い時間ひき肉をこねたおかげか、いつもよりもやりやすい。
途中で形が崩れることなく、手のひら大のハンバーグが出来上がった。
「時間ある時だったら冷蔵庫で寝かすんだけど……お腹空いたし、もう焼いちゃおうか」
一度手を洗ってから、フライパンを取り出した。ちょうど出来たハンバーグが一度で焼けそうだ。
「焼くのは私やるよ。羚ちゃんはゆっくりしてて」
「ううん。ここで見てる」
「そっか……」
会話は途切れ、じゅうじゅうと肉が焼ける音だけが聞こえる。
「……ね。羚ちゃん」
「なに?」
ずっとこのままかと思っていたから少し驚いた。彩織は振り向くことなく、言葉を続ける。
「今日ってさ…………泊まっちゃだめ?」
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