61.

「こちらの作業台のペン置き場について報告させていただきます」


 双葉ふたばさんに続き、同じ作業台で報告する。

 一言目から声は震え、緊張を飲み込むようにゴクリと喉を鳴らした。


「元々はペンや印鑑などが作業台の上に無造作に置かれており、商品への混入リスクがありました。実際に作業者に話を聞くと、置き場がないからとりあえずここに置いていたそうです」


 無造作に置かれていたペンを右手で持ち、私が作ったペン置きに差して見せる。


「このように置き場を決めることで必ずここに戻すようになります。この置き場になければ混入を疑えるようになりますし、休憩毎にペンが揃っているか確認すれば、いつ、どの時点から紛失したのかが分かります」


 谷崎たにざき課長が興味深そうにペン立てを触っている。プレートに孔を空けただけの、シンプルな設計。何が気になったんだろう。


「これを設置してから作業者の方から、ペンをなくさなくなった、袋詰めしたあとに混入してないかって心配しなくても良くなったという声をいただきました」

「このペン立て、スタイリッシュやなぁ。ホテルのフロントに置いてありそうや」


 我慢出来ず谷崎課長が口を開く。さっきからうずうずしていたのはこれが言いたかったからみたいだ。


「やっぱ若い子が作るもんは見た目がええ。さっきの松野の員数容器もそうやけど、おっさんじゃこんなスタイリッシュさ出んのさなぁ」

「課長、そのくらいで……」


 ものすごく言いにくそうに職長たちが宥める。

 方言を使い始めたときから、谷崎課長はずっとこの調子だ。相当テンションが高い。

 谷崎課長は現場上がりの叩き上げで、現場に詳しい。

 問題も成果も全て現場。何事も現場ファーストで。そう言っているところをよく見かける。

 だからきっと、こうやって現場改善するのが楽しくてしょうがないんだ。


「あの……続き、話しますね」

「おお、ごめんな! ついつい話してしまったわ」


 静かになったタイミングを見計らい、中断されていた報告を再開する。


「えっと……このように物の置き場を決めると商品への混入が防げますので、目で見えるところで管理するのが大事だと学びました。今後は他のラインにも展開していきたいです。以上で報告を終わります」


 一礼し、野中さんの隣へと下がる。

 まだ心拍数は上がったままだ。やっぱり大人数を前にして話すのは緊張する。これから先、何度経験しても慣れないと思う。


「ただいまの藤代ふじしろさんの報告に対して質問、アドバイスがあれば挙手でお願いします!」


 しん、と空気が凍った。

 松野さんや双葉さんの時とは違い、手が挙がらない。谷崎課長も西野課長も、係長たちも何も言わない。

 ……怖い。当たり前のことすぎて何も言わないんだろうか。それとも何か見当違いなことを言ってしまったとか?

 じとりと嫌な汗が額を濡らす。


「……はい。西野課長、お願いします」


 周りが誰も手を上げないことを気にして、西野課長が挙手した。さっきの松野さんを思い出し、メモ帳を握る手に力が入る。


「品質保証課の西野です。実践、お疲れ様でした。今回ペン立てを作ってくれたということで。……うん、やっぱり置き場を決めるのが基本だし、とても良いです。これはさらに良くするためのアドバイスなんだけど、次は作業台以外のところに目を向けて見ましょう。例えば部品棚。例えば……ダンボール置き場。他にも置き場が定まってないところがあると思うので、ぜひ続けて改善していってください」

「……はい。ありがとう、ございます」


 身構えていたものの、西野課長の口調は優しかった。アドバイスの内容だって考えてみれば当たり前なこと。

 すっかり拍子抜けした気分になってしまったが、続いて係長の手が挙がり、気を引き締めなおした。


「製造課、係長の吉野です。実践、お疲れ様でした。今回は置き場に注目して改善してくれましたね。すごく大事なことです。品質、生産性、安全。その三つ全てにおいて置き場が決まっていることが大前提なので。僕も初心にかえって、置き場がないものがないか、探してみようと思います。良い改善でした!」

「ありがとうございます……!」


 それ以上、手は挙がらず、野中さんの視線は自然と工場長へと向けられる。


「続いて……工場長、お願いします」


 一歩。工場長がこちらに歩み寄る。

 …………あれ、おかしいな。前は工場長だって普通の人、何も怖くなんかないって思っていたのに。

 こうして報告会の場で目の前に立たれると……すごく、恐ろしい。


「藤代さん、実践お疲れ様でした。初めて参加してみてどうでしたか?」

「……知らないことだらけで、すごく勉強になりました」

「緊張、していますか?」

「はい。こんなにたくさんの人の前で報告したの、初めてで……。だから今、すごく緊張してます……」

「そうですよね、緊張しますよね。ですが皆さん通ってきた道ですし、もう少しだけ頑張りましょうか」

「……はい」


 私をリラックスさせるため……? さっきまで恐ろしかった工場長が、今では少しだけ優しく見える。


「藤代さん。僕が何を聞くか分かりますか?」

「…………この実践で私がこだわったこと、ですか?」

「そうです。藤代さんのこだわりを教えてください」

「……」


 松野まつのさんも双葉さんも同じことを聞かれていたから想像はしていた。きっと私も同じことを聞かれるだろうと。

 でも、いざ同じ質問をされると言葉に詰まる。私の……こだわりってなんだろう。


「……藤代さん」


 双葉さんが心配そうにこちらを見ている。

 ……ううん、双葉さんだけじゃない。野中さんも多井田おいださんも、松野さんも。みんな心配そうに私を見ている。

 誰にも……助けは求められない。だってこれは私にしか分からない質問だから。私が答えないといけない。

 でも思いつかない。

 私のこだわりって一体なんだろう——。

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