39.
ネジセットラインを出て事務所に向かう途中、お昼休憩のチャイムが鳴り響いた。やっぱり現場にいると時間の流れが早く感じる。
「じゃあ私、お弁当取ってくるから」
私も工具箱を置いて、約束通り木の下に向かおう。
休憩時間なのにベンチには誰もいなかった。
端に座り、持ってきた水筒を開け、喉を潤す。
「お待たせ」
程なくして双葉さんがやって来た。水色のバッグと水色の水筒。色を揃えるほど好きな色なんだろうか。
「はい、これあげる」
「ありがとう?」
「これで金曜日のことを帳消しにしようとは思ってないから。今度ご飯でも奢らせてね?」
双葉さんはバッグからチョコレートのお菓子を取り出し、私に手渡した。カカオの割合が高い、大人向けのチョコレートだ。
「それで、話って……」
「金曜日に話そうとしたことと、高校時代の話、どっちから聞きたい?」
「……金曜日の話で」
双葉さんは意外そうに目を見開く。
正直、高校の時の話を聞きたい。でも私は先週、双葉さんの話を聞くと約束した。それがまだ果たされていない以上、そちらを優先しないといけない。そうじゃなきゃ道理が通らないと思った。
「……そっか、
「うん」
双葉さんは緊張していることを隠そうともせず、何度か深呼吸を繰り返した。そんなに重い話なのかと、私も背筋を伸ばして身構える。
「……私ね、付き合ってる人がいるの」
「うん」
双葉さんは美人だし、仕事も出来るし。きっと恋人がいるだろうと思っていたからそんなに驚きはしない。
「それでその相手がね……女の子なの」
「うん。…………うん?」
「…………引いた?」
「そんなことないよ」
「……本当に?」
不安そうに、双葉さんは同じ質問を何度も繰り返す。
「……私も、女の人と付き合ったこと、あるから」
「えっ……そう、だったんだ…………」
双葉さんの不安を少しでも拭えるようにと、私は誰にも話したことがない自分の恋愛事情を明かした。
「……じゃあ続き、話すね」
「うん」
「藤代さんは引いたり、気持ち悪がったりしなかったけど……中にはいるんだ、そういう人」
「……」
何となく、話が読めてしまった。
前に
「もちろん私だってわざわざ言いふらしたりしないよ? 高校の時の友達だって信用してる何人かにしか言ってないし」
「分かってる。分かってるよ」
じゃあ、どうして。双葉さんが女の子と付き合ってることが知られてしまったんだろう。
「だから会社でも信用していた仲の良いおばさんに言ったんだ。実は付き合ってる人がいるって。その人、彼氏はいるのってしつこかったから、つい……」
「……そこから漏れたってこと?」
「たぶん。そのおばさんもね、悪気があったわけじゃないみたいんなんだよね」
「悪気が無かったとしても……」
「それはそうなんだけど……」
双葉さんは苦笑いを浮かべる。これ以上おばさんのことをとやかく言うのは止めたほうが良さそうだ。
「でね、その話を同期の女の子が知っちゃって……。一緒に着替えたくない、とか。触らないでって言い始めちゃって」
容易に想像できる。自分も恋愛対象だと知って、そういう反応する人は確かに一定層いるから。
「別に、私は女の子全員が恋愛対象なわけじゃないのに。一人だけ、今付き合っている子のことが好きなだけなのに……」
この双葉さんの悲痛な呟きに、何て返せば良いのか。
言葉に詰まり、どうしようもなくて、双葉さんの頭を撫でた。
「どうしたの?」
「……」
辛かったね、なんて安い同情はいらない。分かるよ、なんてとても言えない。私に言えることはただ一つ。
「双葉さんは……頑張ったんだね。そのおばさんのことも恨まず、同期に何か言われても毎日会社に来て。偉い、双葉さんは偉いよ」
「…………」
もう一度、頭を撫でる。小さな子供をあやすように、優しく、ゆっくりと。
「……藤代さんっ」
「わっ」
はっとした双葉さんが私の手首を掴んだ。頭を撫でるのは良くなかったかな……。
「あ、いや、違う……。嫌ってわけじゃないけど……恥ずかしいから」
「ごめんね」
「藤代さんが謝らなくても……。ごめん、嫌ってわけじゃないから」
恥ずかしそうに双葉さんは俯いてしまった。
「双葉さん」
声をかけると双葉さんはゆっくりと顔を上げた。
「双葉さんは……今、幸せ?」
私が何を言いたいのか伝わったみたいだ。
「……うん。あの子と一緒に居られて幸せだよ。会社で何を言われようとも、私は幸せ」
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