12.

「集合ありがとうございまーす。一旦締めます。気をつけェ! 礼ィ!」

「「しゃす!」」


 改善チームと品質保証課のメンバーが集まった。総勢八人。大声で気をつけ、礼をするとラインメンバーが何事かとこちらを見ている。

 実践研究の場では挨拶に始まって、挨拶に終わる。そんな伝統があるらしく、いつものほほんとした多井田おいださんが声を張り上げて場を仕切っている。

 いつも改善チームでは野中のなかさんが仕切っているから珍しい光景だ。

 例の黒部くろべさんと菱木ひしきさんはうんうんと頷きながら多井田さんの話に耳を傾けている。


「はい、というわけで事前に作ったチームに分かれまして問題点を挙げてもらいます。一人五件、チームで二十五件を目標にお願いします。えー、次の集合時間は十五時で。それでは各チームごとにお願いします」


 説明しつつ、ホワイトボードに大きく十五時と集合時間を書く。今から約一時間半で五件の問題点を見つけなくてはならない。

 一言で問題点って言われても何を挙げたら良いんだろう。


「野中チームこっちに集合!」


 ホワイトボードを眺めていると後ろから集合の声が聞こえた。急いで野中さんの下に向かう。


「せっかく四人いるし二手に分かれますか。俺と黒部さん、藤代ふじしろさんと双葉ふたばさんで」

「おう、分かった。双葉、後でな」

「はい。藤代さん、よろしくお願いします」

「よ、よろしくお願いします」


 あっちのチームには負けんと意気込む黒部さんと野中さんはすぐにラインの中へと入って行った。

 去り際にウィンクしていた野中さんに少しだけイラっとした。

 なんとなくこうなることは分かっていたけど、ナイスアシスト俺みたいなキメ顔をされても……。

 残された私と双葉さんの間に沈黙が続く。

 一応年上の私が何か言うべきか、でも実践研究に初めて参加するし……。

 どうしたものかと黙り込んでいると双葉さんから話しかけてきた。


「あの、藤代さんって大商出身ですよね?」

「そうだけど」


 双葉さんは? なんて分かりきったことを聞く。


「私も大商なんです。一緒ですね! 今っておいくつなんですか?」

「今は二十二歳。今年誕生日が来たら二十三歳になります」

「藤代さんのほうが年上ですし、敬語使わないでください。私より二つ年上ですよ」


 二つということは二十歳か二十一歳。今が三年目ということだ。私が高校三年生だった時に双葉さんは一年生だった。


「そう? なら、敬語使わない。双葉さんも敬語なくていいよ。二つしか変わらないんだし」

「そうですか? じゃあ遠慮なく。藤代さんは品質実践って参加したことあり……ある?」


 双葉さんは敬語を使いかけて踏みとどまった。喋りにくそうで申し訳ないが敬語じゃないほうがいい。たった二つの年齢差で敬われても気恥ずかしいだけだ。


「ない。さっきの問題点五件って言われても正直どうしていいか分からない。双葉さんはよく参加してるの?」

「私は品質保証課だから毎月参加してる。うーん、私が試しに何件か挙げるから参考にする?」

「うん、お願い」


 こっち、と先導する双葉さんに続きラインの中に入る。

 ここはネジセットを作るラインだ。作ると言ってもネジを一から作るわけじゃない。別の工場から届くネジを指示書通りに個数、種類を見極めて袋詰めする。そしてそれにラベルを貼って文字通りネジセットにするのだ。

 このネジセットラインも私が前にいた裏板ラインと同じくらいの小規模なラインであることが見てとれる。


「……あ」


 ネジを指示書通りの数を取る工程で双葉さんの足が止まった。


「一個見つけた。この員数いんずう容器の表示消えかけてる」

「え?」


 言われて見てみると《トラスM6×16》と書かれた表示が劣化して消えかかっていた。


「これ消えかけてて読みにくいよね? 目が良くない人は読み間違えるかもしれない。だから品質的にアウト」

「そんな感じで良いの……?」


 もっと難しいことを挙げるのかと思っていた。巻尺の使い方がなってないとか、指示書をチェックする順番が違うとか。

 双葉さんが挙げたのはもっと目で見て分かる単純なことだった。


「じゃあこのネジ置き場、一か所だけ表示がない。これも?」

「うん、藤代さんもこれで一件だね。案外こういう単純なものの積み重ねだから、品質維持って」


 言われてまじまじとさっきの員数容器を見る。長年使ってきただろうその容器は随分ずいぶん汚れと傷みが目立っている。ネジを入れる場所が隣り合わせになっていて仕切りがしてあるが、その仕切りがかなり痛んでいる。きっとこれもそうだ。


「この仕切りが取れかかってる……ってのは?」

「うん、二件目だね。その調子です……だよ」

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