灰色な君は
飛鳥
1.
「お前には人の心が無いのか」
よく覚えている。昔、父に言われた言葉だ。
真っ黒なセーラー服に身を包み、母の葬儀に参列していた時に父にそう言われた。父は涙で顔をぐしゃぐしゃにして私を睨んでいた。
仕方ないじゃないか。だって私は生きてるし、どこも痛くないんだから。
ピピピピ。目覚ましの音が聞こえて目を開けた。懐かしい夢を見ていた。あれは、そう。十二歳の時の記憶だ。十二歳の頃を懐かしめるくらいに私は大人になっていた。
ぼんやりと視界が霞む。早く顔を洗ってしまおう。
月々三万八千円の1K。ベッドを下りて八歩。洗面所はすぐ近くにある。
冷水で顔を洗い、眠気をとばす。鏡を見ると死んだ目をした自分の顔がこちらを見ていた。
生きているのに死んでいるように見える。これは確か職場の同僚に言われた言葉だ。
私の顔が他人からどんなふうに見えていたって知ったことじゃない。私は紛れもなく生きているのだから。
くぅ、と生きている証拠にお腹が鳴った。
食器棚から深めの器をだし、コーンフレークを七分目くらいまで注いだ。冷蔵庫には賞味期限が一日過ぎている牛乳しかない。じっと昨日の日付を見つめていたが一日くらい大丈夫だろうと結論付け、器に注いだ。
テレビの音も誰かが話す声もしない。静かな部屋のなかでコーンフレークを貪る音だけが響いていた。
七時三十分になった。そろそろ家を出る時間だ。
部屋着のスウェットを脱いで作業着に着替える。少し大きめなズボンに黒色の化繊のTシャツ、上着はリュックと一緒に手に持って部屋を出た。
アパートの駐車場の右端に停まっているシルバーの軽自動車が私の車だ。
高校を卒業する直前に免許を取ってそれ以来ずっと乗っている。
リュックと上着を助手席に置き、シートベルトを締める。右足でブレーキを踏み、エンジンをかけた。
片道二十五分。私の家と会社は決して近くない、でも通えないほどじゃない。中途半端な位置関係にあった。
「おはようございます」
すれ違う人にあいさつしながら私のラインへ向かう。
私が働くこの工場では部品を作っている。ネジや丁番、キャップ、取扱説明書など。ありとあらゆる部品の生産をしている。
その中でも私は裏板と呼ばれる部品を生産しているラインに所属している。
ステンレスを切断し、孔開け加工する。そして加工された部品を最終工程である私が検査して梱包する。これが一連の流れ。
検査は色やサイズ、個数。すべて正しいかどうか検査し、正しい宛先に出荷する。最後の砦と呼ばれる大事な工程だ。
リーダーと呼ばれる管理者が一人、工程で生産する作業者が私を入れて三人。計四人の裏板生産ラインは工場の中でも小規模ラインと呼ばれている。
あっと言う間に就業の時間になりラジオ体操の音楽が流れ始める。
ラジオ体操で体をほぐす。これが最初の仕事だ。
「えー、今日の連絡事項ですが、お昼過ぎに安全巡回があります。工場長や課長が回りますので不安全行動をしないように。保護具ちゃんとつけてね。はい、じゃあ唱和いきます。安全行動ヨシ! ゼロ災でいこうヨシ!」
リーダーからの連絡事項が言い渡され、安全唱和をする。
全員で続けて唱和し、みんな作業場に向かって行った。
「
私もみんなの後に続こうとしたが呼び止められてしまった。
「今って五年目だよね?」
「はい」
「現場でかなり経験積んだし、そろそろ新しいことやってみないかって話が出てるんだけど」
「……異動ってことですか?」
「平たく言えばそうだね。でも課内異動だから。改善チームにって話がきてるけど、どうかな?」
どうかな、なんて聞いているが断りようがない。断ったところで異動して欲しい理由を延々と説明され、納得しろと言われるんだろう。結局上の意見には逆らえないのだ、下々は。
「……わかりました。いつからですか?」
「良かった! 明日から現場事務所に行ってくれる?」
この会社に入社して四年と二カ月。
初めての異動は唐突に言い渡された。
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