ep.9 旧態依然



「状況は?」


 ナタリーは立場的に目下の人間である伝令を引き連れて先頭に立つ。


「観測員が五キロ先で確認したのち、こちらに気付いたのかすぐ横の森林に隠れていったそうです」


 現在は世界のあらゆる場所が整備されていない。パキスタンの主要都市とされていたハイデラバードですら無駄な草木が生い茂っており、この近辺もそれは例外ではない。海沿いのカラチ基地でもない限りこの森林は永遠に続くとまで言える。


 都市の文明を守るためにハイデラバードは基地が設立されたが、現在でも住人は僅かに存在している。居住区に移り住むことすら出来ない彼等が営む生活は決して裕福では無いと言える。

 しかし、ブレイジスはそんな彼等に対してある程度の保障を約束している。安定した食料と定期的な体の検査を提供している代償に、彼等は戦争の危機に脅かされている。


 現在のパキスタンはどこが前線かなど全くもって分からず誰も理解しきれていない。ハイデラバード基地の周囲は安全が確保されているが、この基地でさえ危険が近くに潜んでいても感知しきれない。その証拠が現在だ。


「司令に出撃を確認している暇もなさそう。皆これを」


 彼女は突然立ち止まり、後ろからついてきていた男三人に無線機を渡す。各々耳にはめて感度が良好であることを確認する。


「アルテュール君、フリッツ君。ファングシステムは?」


「持ってきてます!」


「……自分も」


 二人は正反対の反応をしながら彼女に武器を見せる。ちらりとフリッツを冷たい目で見るアルテュールに気付くも何も言わないナタリーは、伝令に自分たちが出撃することを伝えるように言い彼らを引き連れて敵のもとへ進んでいく。


「ファングシステムを持つ二人が正面から、私とワイアットが裏から回り込んで敵を叩く。簡易的だけど大丈夫よね?」


「自分は賛成です」


 フリッツに続いて二人も同意する。じゃあ行こう、と先陣を切るようにして戦地へと赴くナタリーと追随するワイアットとフリッツよりも後ろにいたのはどんな感情を抱いているのか、なんとも言えない顔をしているアルテュールだった。






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「本当にアイツらを二人にしていいんすか」


 再び森林へと潜り込むワイアットは極力音を立てずに歩きながらナタリーに質問をする。


「ワイアットは二人が殺し合いを始めるとでも言いたいの?」


「そういう訳じゃ……」


 優しい口調で応えるナタリーに対してそんな返答が返ってくるとは思わなかったのか狼狽えるワイアット。彼らと初めてあったのにも関わらずまるで慈愛をもって接しているかのようなナタリーにワイアットは若干ながら疑問を抱いていた。


「任務に支障をきたすような事をするんだったらあの時、博士の部屋で起きてると思う。アルテュール君があそこで伝令の話を聞かずにフリッツ君に襲いかかっていたのなら話は別だけど」


「…………」


 ワイアットは黙って彼女の次の言葉を待つ。自分には理解できない考えの持ち主と面と向かって話しているようで彼にとっても初めての感覚だった。


 一人で生きて、相手に手を出させて、力でねじ伏せれば勝利を手にすることが出来た世界に生きていたワイアットは今いる世界が自分にとって広すぎるとまで思っていた。


「でもアルテュール君はあそこで耐えた、私情よりも任務が優先だって理解していた。きっと彼は良くも悪くも合理的なんだと思うよ」


 あの場で喚き散らし、グラシアナに見事に扇動され殴りかかろうとしていたアルテュールを初見でそんな風に見ていたなんてありえないとまで考えていた。


「アンタ、随分と可笑しい奴だな」


「よく言われる」


 自分が彼女の立場であったら絶対に出来なかった。アルテュール・カイゼルという男の欠点を見てもなお変わらず接しようとする。



 普通の事のはずなのに、彼は普通じゃないと言い切った。

 少年は未だ、少年のままだった。


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