ep.7 旧雨今雨



 一日を費やし約八十キロにも及ぶ経路を渡り歩いてきた三人は苦難を乗り越えやっとの思いで基地へ到着した。


 ワイアットは体感では三日分の体力を損耗したと言っても過言ではないほどに精神的に参っていた。決してこれほどの事でへこたれる程の男ではないと自負しており、体力も一般人の五倍あると冗談を言えるほどだが、軍に従事する人間としての初任務と面倒な敵との戦闘が重なり膝が笑っているようだった。


 ワイアット達が到着して基地の人間にファングシステム一号機、エルメサイアを預けたあとその基地の上官からこの場での待機命令を言い渡された。


 彼女、グラシアナ・カベーロとすぐに会うわけではないらしく、アルテュールが聞くと彼女は現在、研究のピークというものに達しているそうで他人を自分の研究所に入れたくないと申していた。

 たとえ護衛でも扉の前で鎮座しているだけの状態だと言われ、面会謝絶の期間は約二週間と聞くとワイアットは眉間にしわを寄せる。


 ブレイジスにとって彼女は間違いなく戦争の優勢に一役買っていると認識しており、待遇は常に最良でなければならないとのお達しが上層部からあるらしく、その基地の司令も彼女のマイペースさと上層部の圧力の板挟みで肩身が狭いとぼやいていた。




 そんな彼の部屋を後にしてひとまずの休息を得た三人だったが、ワイアットは彼女の対応に満足していなかった。


「おかしくないか? 運ぶだけ運べって依頼をしたのはテメェなのに会って感謝を伝えるのは二週間後だっつうのは。まともに俺たちと連絡を取り合おうともしないでよくそんな態度が取れるもんだ」


「まあまあ、落ち着いてください。確かにおかしいと言えばおかしいかも知れませんが、それでも彼女は俺達に多大な貢献をしてくれてる訳じゃないですか。あそこで敵を撃退できたのもエルメサイアがあってくれたおかげなんですから」


 この場にいない彼女を必死に擁護するフリッツ。さして感謝が欲しい訳でもないが文面上すらなくその姿勢すら見せない彼女に少しだけ憤りを感じるのはワイアットにとっては当然だった。その弁護虚しくワイアットの不満に後押しする者がいた。


「予定では二号機の完成は五日後のはずだ。グラシアナ・カベーロが開発を滞らせていることは俺が待つ理由にはならない」


「アルテュールまで……」


 頭を抱えるフリッツを横に、ワイアットは決断する。


「よし、俺は決めたぞ。グラシアナとやらの研究所に乗り込んでソイツがどんなもんか確かめてやる」


 言い方こそ悪いがワイアットが考えているのはただ単に、グラシアナ・カベーロという存在そのものを疑っていた。感謝もない、出会うことすら許さない。そんな彼女の真の姿は最早その名を被ったただの偶像なのではないかとさえ勘繰る。


 しかし研究所に彼女の姿があれば大人しく身を引き、二週間待つと考えている所に、ワイアット・ヴェゼルという男の優柔不断さと頭の足りない部分が窺(うかが)える。


 そんな彼の提案に驚くフリッツともう一人、違う反応をする男が。


「いいだろう」


「アルテュールまで!?」


 先程と全く同じ反応をしてしまうフリッツを無視してアルテュールは研究所までの道を突き進む。それに随伴していくワイアットと何とか止めようとするフリッツの姿が使い古された基地の中に見える。


「気が合うなアルテュール」


「馬鹿を言うな。俺は二号機が完成しているかどうか、それだけが目的だ。お前のようなくだらないことに時間を費やす訳では無い」


「二人とも、やめておいた方が……」


 いいじゃねえか、とフリッツの反対を押し切ろうとするワイアットと、彼の言葉を耳に入れていないかのように変わりなく進むアルテュール。グラシアナ・カベーロという者がどんな人間であろうと彼にはどうでもよかった。


 ワイアットとフリッツの問答が何回か繰り返された後、三人は研究所の入口までたどり着く。そこには立入禁止keep outと書かれた紙が誰の目にも届くように張り出されていた。


「それじゃあ行くぜ……」


 ワイアットは少し緊張しながらそのドアに手をかけようとする。止めても無駄だと分かったフリッツは心配そうに見つめる。


「何やってるの?」


 その瞬間、誰の気配もなかった後ろから女性の声がする。全員がすぐさま振り向いてその姿を確認する。アルテュールは拳銃をホルスターから抜きその女性に銃口を向ける。


「ああ、驚かせてごめんなさい」


 薄い青髪の女はそれに動揺することも無く三人に近づく。


「お前がグラシアナ・カベーロか?」


「いいえ、私は彼女の護衛。期待外れだったでしょ?」


 アルテュールが質問するが、それは正解ではなかった。彼がゆっくりと拳銃を下ろすと彼女が変わらぬ表情で話す。


「少しだけ席を外していたらこんなことになってたなんて。立入禁止って文字見えないの?」


 彼女が指差す方向には扉にと燦然と輝くその文言が見つめてくるように扉に貼られている。


「すいません、俺達そのぉ……差し入れ! そう、差し入れを持ってきまして」


「手には何も無いようだけど」


「えっとー……」


 フリッツが必死に取り繕うが検討虚しく看破され何も言えなくなってしまう。次に口を開いたのは彼女の方だった。


「気になるんでしょ? 彼女がどういう存在か、ファングシステム二号機は出来上がっているのか」


「!?」


「その気持ち分かるわよ、ただ前者はあまり期待しない方がいいかもね」


 アルテュールとワイアットに理解を見せてさらに近づき、彼女は三人を追い抜いてドアの前に立っていた。


「どういう意味だ?」


 そう尋ねたのはワイアットだった。見ればわかると扉を指し示し、女性がドアノブに触れる。


「博士を見れば分かるわ、ワイアット」


「俺の名前を?」


「ええ、あとの二人も。ファングシステムの護送担当は目を通してたから」


 ドアノブを捻る。出入りが少ないせいか立て付けの悪い扉は少しづつ開いていく。三人は目の前の女性と奥にある未知とも言える空間に吸い込まれていくようだった。


「自己紹介してなかったわね、私はナタリー・ヴェシエール。そしてこの奥にいる方がグラシアナ・カベーロ博士よ」


 彼女によって扉は開かれ、新たな世界が見える。


 そこに居たのは━━━━━━━━━━━━━ソファに寝そべり、駄菓子を貪る、自堕落に日々を過ごし栄養の足りていなさそうな女の姿だった。




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