016. サバイバー



 隊員補充と言えば聞こえはいい。

 ブラック・ハンターズは本来、二人ではなく四、五人からなる部隊だったが配属当初に当時の隊長、副隊長が戦死してから潤はガルカと共に生き延びてきた。


 人員が二人だけになってからというもの、彼らはお互いの長所と短所を理解しあっていたお陰もあり作戦効率は僅かながら向上した。


 それを見た上層部はブラック・ハンターズの人員補充の優先度を下げ、どんな部隊よりも後回しにした。

 人殺しから革命軍ブレイジスへの攻撃まであらゆる仕事を請け負わせている上、もし世間に公表された時には責任をなすり付け自分達はしらばっくれるだろう。


 そんな程度の人間しかこの世界には残っていない。

 下の人間はきっと誰もがそう感じているし、自分が上に立った方が何倍もマシだろうと考えている人間もいることだろう。


 潤は自分を取り巻くその状況に不満こそあったが、決して弱音や愚痴を吐くことは無かった。

 そんなことに向ける努力や余力があるのならそれは敵に向けるべきであり、提言しても変わらないと分かりきったものに費やす時間はないと悟っていたからだ。


 そんなブラック・ハンターズに遂に順番が回ってきて、やって来たのはマニュアルが全てだと信じていそうな青年ルドルフと、潤からは何を考えているか見当もつかない少女モニカだった。


 そんな二人と、共に修羅場を潜り続けた相棒とも言える存在のガルカ、隊長の潤は乗用車へと乗りシカゴへと向かっていた。


運転席には潤。その横にガルカが、後部座席にはモニカとルドルフがそれぞれ座り込み、運転を始めてからものの十分程度でモニカは眠りについてしまった。


 車内ではしんとした空気が流れる。1時間ほど前自分からピクニックではないと宣言しておきながら運転中の沈黙に耐え切れず自分から話してしまった潤はルドルフの話を聞いていた。


「そういえばルドルフ、お前二年前のモスクワ戦線の生き残りって聞いたんだが」


「っはい」


 横で眠りこけるモニカに今にも悪態をつきそうな顔をしていた彼はすぐさま潤に応える。


「モスクワって戦争の終盤には特攻を仕掛けたんじゃなかったか?」


「自分はその生還者です」


 モスクワ戦線は一定の界隈では有名だった。歴史上でも類を見ない、勝ち目のない特攻作戦を決行したとして。最早国連の汚点とも言えるその作戦の参加者だったルドルフに話を続けさせた。


「あの時自分はまだ訓練生でした。その訓練校に在籍していた全員が特に理由も聞かされずに特攻作戦に強制的に参加させられました」


「…………」


「逃げれば敵前逃亡、突撃すれば銃弾の雨とイクスを使う者……はっきり言って絶望でした」


 絶句。話を聞いた潤は呆然としながらハンドルを握り続けた。


「すまん、聞くの悪かったか?」


「いえ、二年も前ですし聞かれ慣れているので」


 それもそのはず、『モスクワ特攻』に参加した国連側の人員はおよそ五千。そのうち生還したのは十分の一にも満たない。これは国連上層部が無能たるエピソードの一つとして語られているが、当事者としてはたまったものではないだろうと潤は考え込む。


「自分は運良く生き残ったんです、あの時覚悟が出来ずに特攻してる最中に伏せたら偶然にも飛んできた銃弾が頭をかすめましたし、死体の山の中で気絶していた自分を救護班が戦闘後に見つけてくれたのも全てツキが回ってきたからなんです」


「ルドルフ……」


「たまたま避けた銃弾は横の隊員に当たったし、人がそれほど死ななければ自分は生き延びれなかった。どうして自分なんかがって思って」


 横にいるモニカのことなどすっかり忘れルドルフは自己嫌悪にも似た状態になる。自分にもっと力があれば、きっとそう願ってやまないのだろう。潤は彼の思いの大体を察することが出来た。



 なぜなら、ルドルフ・ヘルザーンは魔術師ではないからだ。



「俺に魔術があれば……」


 そう呟くルドルフに潤はどうしようも出来なかった。

 自分も戦いだと願った時から魔術は自分の手にあった。ルドルフの抱く気持ちがどうしても理解できなかった。


 理解者という立場は時に理解しようとしている相手から軽蔑されてしまう、だから当たり障りのない回答しかできない。それがわかっている潤は赤信号になった信号機をガラス一枚隔てて見つめた。


 窓を開け風にうたれながら髪をなびかせていたガルカはその風が止むとその会話に入る。


「ごめんルドルフ、私達はどうしてもあなたの気持ちを分かってあげられない」


「いえ、大丈夫です」


「でも漠然としてるけど、きっと理解してくれる人が現れてくれるはず」


 確証のないことを潤を含めた二人の名義で発言するガルカ。ただ、彼女が言わなければ数秒後には同じことを口にしていたと言う事実は心の中にしまっていた。


「はい……」


「そういう人は案外近くにいるから」


曖昧な口ぶりのガルカにルドルフは噛み締めるように首を何度も縦に振った。


「二人ともすいません、不満みたいになって」


簡素だが気持ちのこもった謝罪に対して回答したのは潤だった。


「構わないさ。こっちこそごめんな、ズカズカと過去を掘り起こして」


 青信号になると潤はアクセルペダルを踏み込み進行する。窓から再び風が入り込みガルカの髪の毛が揺れ動く。


「そんな、構いませんよ」


 永久に謝罪が繰り返されそうな展開にも思えたのかそんな問答に再びガルカが横入りする。


「そういえば二人ともモニカの事は知ってるの?」


 話は潤の背後、ルドルフの左隣の眠り姫、モニカに移る。あらかたのプロフィールはノックスに事前に渡されたが、モニカの来歴は従軍経験が全く無かった。せめて書いてあるのは最終学歴と彼女がということだけ。


「自分はお二方とも知ってると思っていました。訓練校を出たという記録もコイツには無かったですが」


 ルドルフはそう言いながら彼女を見下す、そのような記録よりも彼女の任務と自分や周りの人間たちへの態度に怒りを見せているようだった。

 それとは知らず未だ瞳を閉じ続けるモニカ。そんな対照的な二人をバックミラーで確認する潤は会話を続ける。


「そこが気になる、スカウトされたにしてはモニカは今まであった軍の人間の中でもだいぶ特殊だぞ」


「私も気になるけど調べても特に気になるものは無かったの」


「そうなるとコイツのモニカ・ターナーという名前が本名かどうかさえ怪しくなってきますよ」


 誰かが市民から推薦したにしては怪しい。特殊部隊であるブラック・ハンターズに入れるとはお世辞にも言えない風貌の彼女がどうして入隊出来たのか。権力か金か、はたまた圧倒的な力か。


 詮索こそ誰もしない上、自分たちの身の危険は自分たちで守れる集団である為危険視もしないが三人はモニカの実力と彼女の推薦者が気になっていた。


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