013. エニグマ



 あれから数日、セレスが死亡したことを彼の両親に伝え、静かに葬儀を済ませた。

 国連情報局UIAの職員が伝えに行くと母親は涙を流し、父親はその事実を飲み込むのに時間がかかっているようだったという。

 畏怖こそあったが、その中に確かな愛が介在していた。愛し愛されていたのに彼らは離れ離れにならざるを得なかった。その話を人伝ひとづてに聞いた時、潤は世界には抗えない運命があるとも思っていた。




 事件は振り出しに戻った。

 潤とガルカは情報局に向かいゲレオンに結果を話す。

彼は唸っていた。


「迷宮入り、というやつか」


「真犯人は別にいる、考えはしましたが……」


「同じ手口による犯行、物的証拠な指紋が出ない、これが目の前に出されたのなら同一犯だと疑うしかないだろうな」


 ガルカの悔しそうにも見える顔を見たからなのかガルカは勿論、潤に対してもフォローを入れる。


「模倣犯ということでいいのでしょうか」


「だがただの快楽殺人や目立ちたいからと言ってイーサン・グリーンフィールドを殺す筈がない。娘たちが嫁に出て妻も故人の独身男の豪邸なんて、誰が狙うんだ」


「政界進出を恨みに思った人間か、グリーンフィールド家の莫大な資産か、でしょうね」


 グリーンフィールド財団。あらゆる事業に手を染めている財団で大企業から政界までもがその金をアテにしていた。どこから湧き出ているかもわからないその金は真犯人ではなく、娘たちの遺産となった。


「一模倣犯が狙う相手じゃない、絶対に何か黒い意志を持ってでの犯行だ」


「自分もそう思います」


「だが……今の俺たちじゃその真犯人とやらを突き止める方法もない、何もないゼロからのスタートなんて無理難題だ」


 頭を抱えて髪の毛を掻く。珍しくゲレオンが焦っている様子を見た潤は提言する。


「ですが、このまま終わりたくもないです。セレス・シルバーヘインに、罪人に罪を着せた人間もバレれば罪人です、そんな人間は裁かれなければならない」


「私は潤の意見に同意します」


 そう口を挟んだのはガルカだった。彼女は信念のある目付きで話す。


「私もこの事件を最後まで追いたいです、一度手に取ったようなものですし、何よりこのまま終わってしまうのでは誰もが報われない」


「俺もそのつもりだ、だが今俺たちにできることは何もない」


 あっさりの現実を突きつけるゲレオン、だが彼は続けた。


「ほんの些細な情報でも、関連するようなものならば俺はお前達に連絡しよう。二人も何か分かるようだったら俺に伝えてくれ」


「分かりました」


「了解」






━━━━━━━━━━━━━━━





 ゲレオンの部屋から退室し、ガーディアンズ本部へと帰るべく、情報局の廊下を歩いていた。スーツの人間と幾度となくすれ違い、自分たちの軍服に違和感を覚えながら。


 こういう時、潤は何をどうすればいいのか分からなかった。

 自分に課せられた使命が無くなったその瞬間から兵士ではなくなってしまうような気がして、辛いとさえ思えてしまう。


 そこが居場所だったのに、それを奪われた途端にこの有様、潤自身も情けないと感じていた。


「潤、大丈夫?」


「ん?」


そう言いながら彼の方にそっと手を置いたのはガルカだった。


「ああ、大丈夫だよ」


 見栄を張った。心配をかけてすまないという言葉が彼の口から出なかったのはこの程度で自分は折れるような人間じゃないと自分に言い聞かせていたから。


「そう?」


 衰弱した犬の鳴き声のような優しくも儚い言い方だった。

 ちょうどその通路から人気ひとけがなくなった時だった。


「それよりも、本部に帰ったらまたマッコルガン大佐から作戦を貰うだろう、それについて……」


 潤が奏でていた言葉を断ち切られた。驚いた表情をして何をされているかをゆっくり確認する。


「ガルカ?」


 彼女は潤の背中に寄りかかっていた。

顔を潤に見せることもなく、ただ彼の服を強く握りしめながら肩を震わせていた。


「どうしたんだ?」


「潤のことなら結構分かってるつもりだった」


 背中に引っ付いたガルカを振り払うことも無く潤は彼女に理由を聞いた。その答えは潤にとって意外だった。


「訓練校からずっと一緒で、アリアステラを一緒に生き抜いて、今もこうして同じ部隊にいて。なのにここ最近、潤はずっとどこか別の場所にいるような気がして」


「何言ってんだよガルカ、俺はここに……」


「そうだけど、心ここに在らずって感じでさ。私の知ってる潤らしくないなって」


 自分らしくないとは、どういうことなのだろう。

 潤はそれだけを考えていた。何が自分を自分たらしめていたのか、死地をくぐり抜け過ぎた彼には分からないことになってしまった。


 そして、今の潤にはそれが分からないということさえ、分からなかった。


「ごめん、ガルカ。俺もよく分かんなくてさ、自分がどうなってるかとか」


「私だって私のことは分からない、でも潤にこれだけは言える」


 背中に寄りかかっていたガルカは潤の服を引っ張り体を自分に向けさせ、眼を見てこう言った。


「もっと私を頼って」






 沈黙が続いた。何を言っているのか分からないのではなく、それが意味することを理解してしまったせいで。


 二人は互いを見続けた。すると潤が先に笑みをこぼした。


「ハハッ、ごめん、そんな簡単なことにも気づかないで」


 そうガルカに言うと彼女もまた笑顔を見せる。


「いいんだよ、潤はそういう所が潤なんだから」


「ありがとう、ガルカ」


「えっ?」


 そう言うと潤はガルカを抱き寄せた。

 何かに気付かされた、その何かは形容し難いがかけがえのないものであることは確かだった。

 目標や目的しか見えていなかった盲目的な彼を戒めるように彼女は彼を語った。お互いがそのことに気づかないまま、お互いが救われたような気分になっていた。

 だが、ガルカが潤に最も伝えたいことは伝わっていた。私を信じて、それだけの簡単なことだった。


 潤が抱き締めるとガルカもまたそれに応えるように彼の背中を掴む。十数センチ違うその身長差など気にする様子もなく、潤は彼女のブロンドの髪の毛を触りながら優しく抱擁した。長い時間をかけて、ゆっくりと互いを信じていることをその場で確認していた。


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