009. イン・マイ・ハート
自身の魔術に呑み込まれたセレスを相手取る潤とガルカ。方法を見つけ出すと言ったものの潤は予想だにしえない圧倒的なものを前に、頭に強く打ち付けられたかのように頭が回らなくなっていた。
勇気を振り絞り考え込むがセレスであったものは待ってくれない。ペットショップを壊した混沌はどこかへ移動を始める。
「どこへ行く!?」
もちろん返答はない。幸い近くに別の建物はなく、人の気配もしない。セレスを殺し手短に処理を済ますのにはこのだだっ広い場所は好都合だった。
足と呼べる部位も存在しないただの塊は這いずり回るように動く。
「ガルカ、こいつを街に行かせるな!」
「分かってる!」
生きるのを拒んだセレスを包んだ混沌は殺害衝動と生への欲にまみれたものの象徴とも言うべき存在。そんなのを街に行かせれば誰がどう考えても一般人を殺し尽くすだろう。被害が出てからでは遅い、早急に対処を進める潤。
先刻、攻撃を行った時よりもその図体は二回りほど大きくなる。セレスの姿も見えず彼の周りに渦巻くのは赤黒い大樹のようで、潤はただそれを見つめていた。
「潤、どうしたの!」
作戦を待つガルカ。自分でも動き戦うことは出来るが、彼と共に彼の作戦通りに動くのと独断で突っ走るのでは歴然の差がある。だからこそ立ち尽くすような彼に目をやり声をかける。
「なんだあれ」
潤は呟く。その大樹と大樹の隙間に黄色いものが見えるのを彼は見逃さなかった。記憶を掘り返しセレスの服装を思い出すが黄色が入っている箇所はどこにも無かった。
「ガルカ、アイツの弱点を見つけたかもしれない!」
突然繰り出される大樹の攻撃を切りつけ薙ぎ払いながら彼女は問返す。
「一体どこに?」
「あの塊の奥深くだ、場所は覚えた」
そこに到達するにはまずあの大樹を貫通しなければならない。潤も戦闘態勢に戻り、ガルカとアイコンタクトを交わすと即座に行動する。大きな街のある東側へ鈍く移動するセレスを食い止めるように潤は巨体の前に立つ。
「悪いが今度こそ殺させてもらうぞ、セレス」
紅蓮の炎を吐き散らす刀を振り上げ腸を出すように斬る。喚くセレスは大樹を潤へと向ける。
「ふっ!」
それを防ぎ逆に削ぎ落としたのはガルカだった。守るように槍を巧みに使う彼女を潤は少し見たのちにもう一方の刀でも振る。火花を起こすように二振りの刀は燃え盛っていた。
「うらあああああ!!!」
最高の一撃を何度もくらわせる。日々進化し続けようとする潤にとって至高の一撃は未だに存在しない。背後ではガルカが何本もの大樹を同時を捌く。
「はあああ!!」
「うおおおお!!!!」
全てを焼き尽くす勢いで炎を出す刀たちを見、切り刻むものを見、切り刻んだ先にあるだろう黄色のモノを見逃さぬよう彼はあらゆる場所に目を配っていた。
この状況下、二年前の潤であれば間違いなく判断を誤っていただろう。不十分な力と理想だけを抱き無節操に剣を振り回すだけの過去の自分を潤は嫌っていた。
今の自分は違う。彼のようにありたいと願い続けた結果は目に見えてでている上、戦いの中で日々成長を実感できている。だからこそ、弱者であり他人をも救えなかった自分自身には唾を吐きたいくらいだった。
潤は貫く、セレスが纏う大樹と自分の信念を。夢にまで見た彼の後ろ姿はすぐそこにあると肌で感じている。そう信じ今までの戦いに、この戦いに挑む。
「うおらああああああ!!!!!」
燃やし尽くした先にあったのは先刻見た黄色いモノの正体だった。まるで宝石のように煌めく光、これほど綺麗なものを見たのはいつ以来だろうかと潤は戦闘中にも関わらず、自分の記憶を辿ろうとしてしまうくらいに美しかった。
掴んだらすぐにも割れそうな色のついた水晶。神秘や秘宝というのはこのモノのためにある言葉ではないかと思えてしまう。だがそんなことを考えている暇も心の余裕もない。
その水晶を断ち切るため左手に握った刀を上にあげ振り下ろそうとする刹那。
「どうしたのセレス?」「わからない」「お前がオムレツ残すなんて珍しいじゃないか」「不味い不味い不味い」「いつもの調子が出なかったのセレス君」「分かりません」「いつから僕はこんな出来損ないになった」「検査の結果……」「本当ですか?」「ごめんね」「僕はどうしたらいいの」「あの子は悪魔の……」「なんで」「おかあさん、おとうさん!」「この子を大事にするのよ」「キミだけは違うのかな」「どうして」「未だ世間を騒がせる殺人鬼Zは依然見つからず……」「いやだ」「ごめんなさい」「殺したくない」「ごめんねセレス」「一緒にいてやれなくて」「どこにいくの」「僕は」「僕達はどうなるの」「君がセレス・シルバーヘインだな」「ああ、やっと」「大人しく従えば悪いようにはしない」「僕を殺してくれる人が」「僕は生きることを諦めたんだ」「誰かに迷惑をかけて生きたくないんだ」「死にたい」「死にたい」「死にたいのに」「生きなければならないのか」「どうして」「どうして!」
「誰カ僕ヲ助ケテクレ」
「うガッ…………!!」
頭痛がする、頭に大量の言葉と情景がなだれ込む。息苦しい世の中に生きる少年がチラリと脳裏をよぎる。ああそうか、あの黄色い水晶は。
殺害衝動の根底、人に優しくしたいがゆえの自殺願望。その感情を含めた全てが眠る場所、それはきっと人間が誰しも持っているもの。
潤が触れたのはセレスの心だ。
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