006. セレス・シルバーヘイン



「僕はもう、生きることを諦めたんだ」


「それはどうしてだ?」


「僕は人を殺し過ぎた、もう他人の人生を奪ってまで生きることなんて僕には重すぎる」


 セレス・シルバーヘインは話し続けた。そしてそれは、自分がかつて世間を騒がせた正体不明の犯罪者、殺人鬼Zであること示唆しているようだった。潤は改めてセレスに事の真実を聞く。


「お前が|八年前(あのとき)の犯人、殺人鬼Z……そしてここ最近起きた連続殺人の正体か」


「……はい」


 彼は素直に認めた。それが真意であるかどうかは分からない、もしかしたら既に魔術を使っているかもしれないなどという思考が潤によぎり、依然警戒は怠らなかった。


「お前は自分が何をしたのか、そしてどんな力を持っているのか、自分で分かっているのか?」


「それはもちろん、あなた達よりも分かっているつもりです。それでも僕はボクを止められない」


 それもそのはず、期間こそ空いてはいたが彼が今までに行った殺人は優に二十を越えていた。


「気がつくと僕には何も残っていないんだ、何度だって死にたくなった、でも僕は死ねない。何故ならボクが死ぬのを止めてしまうからだ」


 ただただ、本当に自分を止めたかったのだろう、本当かどうかも分からない自分を押し殺し続けた約七年は彼にとっても辛いはずなのだ。衝動から、思考から逃げ続けたその七年は不快で仕方がなかっただろう、だからこそこうして反動が生まれた。


 だからこそ、潤とガルカは彼をもう楽にするべきか互いに視線を送り合い考えた。


「これ以上生きていたら他人に迷惑をかけるだけじゃない、もう僕が僕でなくなりそうで怖いんだ」


 彼はその場に座り込んだ。横長に建てられたペットショップの四隅には片付けきれていないゴミが溜まっている。セレスの視線はどこにあるかも分からないままの潤たちを置いてセレスはひたすら自分を殺して欲しい理由を語り続けた。


「頼む……もう僕をこの世に居させないでくれ、人を殺した身体で息を吸うのも生きるのも辛いんだ、全て誤魔化した先の僕には一体何が残るかなんて考えたくもない」


 潤がいる方へ顔を向いた彼の目には雫が溜まっていた。今にも泣きそうな彼を見て殺すべきかを迷ってしまった。


 殺せばそこで彼の人生も今後出るであろう被害者も居なくなる、だが今まで殺されてきた被害者の関係者は何を思うだろうか。もちろん殺して欲しいと願う者もいるだろうが一生を罪を背負ったまま償うべきだという者だっている。


 しかしたとえ殺さないとしても彼が、彼の中にある何かが大人しく贖罪を受け入れるとは思えない。彼自身はどんな裁きも受け入れる姿勢をとるだろうが、全てを欺く彼はその想いさえ汲み取りはせず、再び"人を殺しては行けない"という思考の連鎖が生まれ、被害者も増え続ける。


 潤はその場で幾度となく頭を巡らせた。一生辿り着きそうもない答えに彼はセレス本人に言い渡した。


「分かった、セレス・シルバーヘイン」


 ガルカに手を差し伸べ何かを貰うような仕草をとった。ガルカ本人は潤の決断を察したように両手に持った拳銃を手渡す。


「お前はここで、死んでくれ」


「……本当にごめんなさい」


 その言葉を受け取ったセレスは謝罪をした。今まで殺してしまった者達に、その命を唐突に奪われ悲しみに陥れてしまった関係者達に、結果的に再び業を背負わせてしまうことなった上こんな決断を下してしまった潤とガルカに、この世の中の全てに謝っているようだった。


 そしてガルカはその言葉を受け取った上でこう質問した。


「聞きたいんだけど、何故あなたは両親を殺さなかったの?常にあなたの傍に居続けた二人はあなたに殺される可能性だってあるのに」


「それは……」


 セレスは口ごもり、潤の顔へ視線を向けるが答えない権利はお前に無いと言いたげな表情をしていた潤に大人しく従ったように見えた。


「愛情があるからかな」


 ここに着く前に言っていたガルカの推測は当たった、ように見えたがセレスは続けた。


「まだ僕の中に何も無かった頃、父と母は仲が悪く喧嘩が絶えない時期があった。その時僕は二人に絵を見せた、老夫婦になった両親の絵だ」


 子供にしては達観しすぎていると潤は感じ取った。それて成熟しきった大人よりも深い意味を持った絵を送ったセレスに別段違和感はなかった、そんな子供もいるだろうという気持ちを持ったまま、銃口を向け続け話を聞いた。


「僕の愛情を知って僕の前で泣き崩れた両親は、僕を含めて三人で抱き合った。初めて心が通じ合えたと思った、これからは三人で一杯出掛けようなんて言ったその二ヵ月後に僕の心は嘘をついた」


 その間何が起きたかなどということは本人でさえ分からなかった。真の愛情を大切な人間に伝えたその時から彼は全てを欺くようになった。その崇拝は嘘となった。


「単純で純粋な愛情を伝えただけなのに僕は世界に嫌われてしまったんだ」


 世の中には先天性魔術と後天性魔術が存在する。生まれた瞬間から魔術師である人間と、ある日突然魔術師になる人間がいる。その違いに大差は無いが、後天性は総じてきっかけがある兆候が見受けられる。


 セレスの場合であるなら親に愛情を伝えた時。心の底からの愛を言葉にした彼はその愛情以外を全て無下にする魔術を得た。

 そして潤も後天性魔術師である。あの日、炎が舞い散る中自分を救ってくれた後ろ姿を見てから1ヶ月、念の為に受けていた検査で魔術師であることが分かった。


 その観点で言えば二人は似ていた。似ても似つかない潤とセレスであったが、その点に関してだけ二人は共通点があった。だからこそその言葉を聞いた時に潤はただ、可哀想だと思ってしまった。


 本来ならば軍人が敵に対して一番持ってはいけない感情を持ってしまった。その時潤自身でも覚悟をしきれていないと分かったのだ。そしてそれを乗り越えてこそ"彼"に近づけると信じていたから彼はもうその感情を早くに切り捨てた。


「もう、いいか」


 彼は尋ねた。これ以上彼の話を聞けば彼に意識が偏りもしかしたら、という可能性を考えた時に潤はその言葉を口にした。

 ガルカの質問と称した尋問もあらかた終わり、セレスも覚悟が出来ているような表情だった。目を瞑り、死を待っている。


 潤は改めて覚悟を決める。甘い感情など捨て試練に挑むように目付きを鋭くして引き金に手を掛ける。セレスは目を瞑り、ただ死を待つのみというような状態にあった。


 潤はそれを見て何も言わずに引き金を引き鉛玉が放たれた。






「……どうして」


 潤は、ガルカは思わずその言葉が出てしまった。



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