第24話 猫と和解せよ 4

「なあ、それだったら私の謎も解いてくれないか」

 太刀川たちかわ先輩が言った。

「見事に私の謎を解き明かしてくれたら、そのミステリ研究会に力添えしてやってもいいぞ」


 どうしてこうなった。


「おれはどちらかというと裕美ゆみのお付き合いで入っているだけで、謎解きに関しては裕美やオカメインコのほうが得意だと思います。理系の知識でも、そこに名前が書いてある林原はやしばら詩織しおりさんが学年でもトップです。おれでは――」

 陽向ひなたが言った。

「でも、いま私の目の前にいるのは陽向だ」

 太刀川先輩が言った。

「頼むよ」

 和服美女って、どうしてこう色っぽいんだろう。

 陽向に拒否の選択肢はない。



「家の後ろに、小さな公園がある」

 あるな。

 というか、そこに兄の太陽たいようから借りたロードレーサーを置いてある。

 陽向はすぐにこの家にたどり着けたわけじゃない。

 住所を聞いて先輩の家と手土産用のお店をマップソフトで確認し、ロードレーサーを走らせてきたのだが、目の前になんかの博物館のような大きな純和風の家があるけれどさすがにあれではないだろうとさんざん探してしまったのだ。

 目立つからすぐわかるといわれていたのだけども。

 たしかにその通りなのだけども。

 まさか、こんな素直に目立つ家だとは思わないよ。

「聞いているのか? そこにブランコがあってな」

「あ、はい」

 やっぱりおれは雑念が多いんだろうか。

「それが、夜になると音を立てるようになった」


 今までそんなことはなかったんだ。

 それが、この頃になって急に、夜にひとりでに揺れるようになったんだ。


「それも、だ」

 先輩の言葉は続く。

「二列のブランコなのに、片方だけだ。そんなことがあるだろうか」

 陽向は眼をしばたたかせている。

 あれれ。

 謎解きって、これでいいのか。

 身構えていたのに正直気が抜けてしまったが、それでも知りたいのなら教えてあげようかなと思った。ただ、陽向の頭の片隅にひっかかるものがある。

「……」

「どうした、陽向。おまえでもわからないか」

 先輩がさみしげな笑顔を見せた。

 その笑顔にもう少し考えてから、陽向は言った。

「ありえない事ではないです」


「ブランコには固有振動数で揺れるとその揺れ幅が大きくなる性質があるんです」


 専門的にはパラメトリック励振と呼ぶ。

 ブランコに乗り慣れた子なら体でそれを覚えていて、ぐんぐん揺れ幅を大きくしたりする。

「風だったり、工事とかの振動だったりがたまたまそのブランコを共振させた場合、人にわかるほど揺れが大きくなることはあるんです」

「しかし、あのブランコは片方だけ揺れるんだ」

「それもありえます。あの公園のまわりで、新しく建った家はありませんか。家がなくなった場合よりそっちのほうが可能性が高いんじゃないかな」

「……ある」

「風の流れと言うのは案外複雑で、特にビルが建ち並ぶ都会だと二人で歩いても違う風を受けることもあるそうです。その片方のブランコにだけ、たまたま共振を起こす風が吹いたのじゃないでしょうか」

「……」

 先輩は明らかに気落ちしている。

 想像が当たってしまったのだろうか。

 陽向は気まずい。

「わかった」

 にっこりと、先輩が微笑んだ。

「ありがとう。聞いてみるものだな。ミステリ研のことはまかせてくれ。ただ、まずは賛同者を五人揃えることだ」

「ありがとうございます」

 陽向は頭を下げた。



 そうか。



 あれは高校生にも答えることができる物理現象なのか。

 少女のセンチメンタリズムなんて、簡単に吹き飛ばされてしまう。



 夜になってまた聞こえてきた。

 あのブランコが揺れている。

 ――龍馬!

 太刀川先輩は寝巻の上に一枚羽織って公園へと向かった。

 龍馬!

 おまえじゃないのか!

 おまえがブランコを揺らしているんじゃないのか! おまえが私に会いに来てくれているんじゃないのか!

 公園の入り口に立てかけられたロードレーサー。

 ブランコにだれかが座っている。

 あれは――。

「陽向」

 陽向が振り返った。



「なぜわかったんだ?」

 陽向の隣のブランコに座り、太刀川先輩が言った。

 パジャマじゃない。

 ましてやスエットの上下なんかじゃない。寝巻なんだな、着物の。予想できたことだとはいえ、陽向はドキドキしてしまう。

「想像しただけです」

 門に犬の登録シールが貼ってありました。

 ああ、こんな立派な門にもそんなものを貼るんだなと思って見てしまいました。今年のものでした。予防注射のときに登録もするのだから、春の、ほんの少し前に登録したばかりのはず。なのに、庭の犬小屋に犬の気配がない。

「だから、不慮のなにかで愛犬を喪ったばかりなのかな、と」

「うん――そうだ」

「ブランコの話題をしたときの先輩の顔がさみしげでしたから。それと関係あるのかもしれないと思いました」

「陽向は、上には上がいると言ったな」

 先輩が言った。

「それを思い知っているのは私だ。去年は全国に行けなかった。一年生だから当たり前か? そうじゃない。県レベルでももう上の人たちと私では器が違う。弟が才能あってな。前は、あれが太刀川琴絵ことえの弟だと呼ばれていたのが、今は私が太刀川森太郎しんたろうの姉だと呼ばれるんだ。キャリア官僚として東京で働いている姉のようにも私はなれないだろう。ときどき、たまらなくなってな。陽向は『武士の娘』という本を知っているか」

「タイトルだけは」

「あれは私のご先祖と同じく、長岡藩に仕えた家の娘が書いたものだ」

 お坊さまから個人教育を受けるシーンがある。

 彼女が少し膝を崩しただけで、「勉学をなさる準備ができていないようです」とぴしゃり言われて放置されてしまう。

 ゾッとしてね。

 もし私が同じ時代に生まれていたら、私も同じ教育を受けていたのだろうかと。私はそれに耐えられるのだろうかと。

 姉はそうして成長した。

 弟もそうして成長するのだろう。

 私だけがふにゃふにゃだ。

「太刀川先輩がふにゃふにゃなら、おれは原形を留めていませんよ」

 陽向はそう思ったが、さすがに口に出せない。

「龍馬はコーギーでね。人懐っこい子だった」

 先輩が言った。

「意外と器用で、散歩の最後に私がこのブランコに乗ると、隣の、今、陽向が乗っているほうのブランコによじ登って座るんだ。そして私の弱気や愚痴を聞いてくれたんだ」


 でも私が殺してしまった。


 拾い食いしてるのには気づいていたんだ。

 叱るのもかわいそうな気がして。

 すぐに龍馬は苦しみだした。獣医さんに駆け込んだら、症状が砒素中毒のものらしいと言われた。このところ、竹輪とか猫缶とかに砒素を入れて放置するのがいるそうだ。獣医さんも注意を喚起していたそうだ。

「私はそんなことすら知らなかった。それどころか、放し飼いでもなく飼い主の私がリードを引いている目の前で拾い食いしているのだから、ただ叱ればよかったんだ。でも」

 龍馬は死んでしまった。

「さみしい」

 先輩が言った。

「できそこないの私の愚痴を聞いてくれた龍馬はもういないんだ。龍馬が死ぬ前からだったのかもしれない。でも龍馬が死んでから気づいたんだ。このブランコが揺れているのに。龍馬が私に会いに来ていると思いたかったんだ。でも、龍馬はいないんだ。もうどこにもいないんだ。私の無責任が龍馬を殺したんだ」

「先輩」

 ごめんなさい、と陽向は言った。

「ブランコがひとりでに揺れる理由はわかりません。自然にそんなことがおきるとは思えません――そう言ってほしかったんでしょう。その予感があったのに、おれは馬鹿みたいに知識をひらけしてしまった」

「馬鹿だな」

 そう言って、先輩はくすっと笑った。

「いや、今のはおまえを責めたんじゃない。優しすぎるよって言いたかったんだ」

「先輩は何かあれば相談しろと言ってくれました。今度はおれに言わせてください。なにか愚痴を言いたいときにはおれを呼んでください。おれでは龍馬ちゃんの代わりにはなれないと思います。でも、ロードレーサーを飛ばしてきます。家だってわかったんだ。すぐに来ます」

「馬鹿だな」

 もう一度、先輩が言った。

 あっと陽向は目を見張った。

 ブランコを掴んでいた陽向の手に先輩の手が添えられたのだ。

「うれしい」

 太刀川先輩が言った。

 伏せられた顔から、涙が落ちている。


 うわああああ!

 わあああああ!


 顔を真っ赤にしてカチコチになった陽向と、涙する太刀川先輩。

 夜の公園にふたつのブランコが揺れる音がしばらく響いていた。




 そして月曜の朝。

 五十嵐浜いからしはま高校にまたしても小さな事件が起きていた。

 陽向も見た事がある学校に住み着いている野良猫一家。その母猫が死んでいるのが見つかったのだ。

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