お弁当はみんなで

第14話 お弁当はみんなで 1

 バスと電車だと、電車のほうが定期が安い。

 でも、バス停なら家からも学校にも近い。五十嵐浜いからしはま高校前駅から学校までは、長い坂を越えて歩かなければいけない。

 本数だってバスのほうが多い。

 ただ五十嵐浜高校がある通りは、この街のメインストリートのひとつだ。途中にも他の高校があるし、先には大学まである。通勤の人たちだっている。混む。


 じろじろと不躾に見てくる男は嫌いだ。

 指までさしてくる男の集団はもっと嫌いだ。


 すらりとしたきれいな立ち姿。

 ウェーブのかかった長い髪。

 意外なことに、このウェーブは天然なのだそうだ。

 とにかく目立つ。「かわいい子が多い」とよく言われる五十嵐浜高校でも飛び抜けていると言っていい。


「五十嵐浜女子高校前ー、五十嵐浜女子高校前ー」

 少女たちの波に流され、笈川おいかわ真咲まさきもバスから降りた。

 駅からの長い坂を電車組の少女たちが歩いてくる。

 目立つのは長身の少年だ。いや、少年に見えるだけの少女なのだけど。長身の体からスラリとのびた手足。ほどよくきつくない切れ長の目。ナチュラルに形のよい唇。どこからどう見たってとびきりの美少年なのだ。

 小動物のような彼女といつも一緒だったのだけど、今は真面目そうな子にひょこひょこと鳥のように動く子までが彼女の隣にいる。

「……」

 目が合ってしまう前に、真咲は視線を切った。

 校庭の数百本の桜は、まだ咲き誇っている。




「さて、おれもできるところからかたづけていくことにしよう」

 一年三組、朝のHR。

 南野みなみの陽向ひなたは手を上げて発言を求めた。

「先生、その机の人はいつ登校するんですか?」

 陽向の発言に、一年三組がおおっとざわめいた。

 入学式から一度も持ち主が登校してこない空き机。高校生になったばかりの彼らの好奇心ははち切れんばかりになっていたのだ。

 担任の藤森ふじもり先生は苦笑を浮かべた。

「う~~ん、なぜか来ないのよー」

 事故とかでも病気とかでもなく、センシティブな話とかでもなく。

「秘密じゃないから、名前も言っちゃおうか。その机の本来の所有者の名は、松岡まつおか祥子しょうこさんといいます。彼女がやって来たら仲良くしてあげてねー」

 いや、そんなゆるゆるでいいのかよ。

 ていうか、事故でも病気でもないのに登校してこないのなら、むしろもっともセンシティブな話じゃないの?

 生徒たちは納得していない。

 だけど藤森先生はそれ以上語ることもなく、いつものようにへらへらと教室を出て行った。

「……」

 陽向も困ってしまった。

 一年三組の空き机。

 はじめは陽向と裕美ゆみのお昼ご飯を食べる机になった。ほんの二日後にはオカメインコ篠田しのださんが主宰するミステリ研の部室のようになった。陽向は当事者なのだ。ミステリ研にはいった覚えはないけれど。はっきりとした答が聞けるものだと思っていたのに、はぐらかされてしまった。オカメインコ篠田さんが前に言ったとおり、ミステリ研の出番なのかもしれない。

 あくまで、ミステリ研にはいった覚えはないのだけど。

「しょうこさんですね、ひなたちゃん!」

「えっ」

 いつもならHRが終わると陽向の方から裕美の机に行くのだが、今日は裕美のほうからすっとんできた。

「しょうこさんも五十嵐浜だったんですね! 裕美さんは『まつおか しょうこ』ってひらがなで認識していましたので、クラス分けの時には気づきませんでしたよ!」

 いつも平和そうな小動物が顔を輝やかせている。

 口のもぐもぐまでもが通常の三倍のようだ。

「……知っているの、裕美?」

「やだ、なに言ってるんですか、ひなたちゃん!」

 ばんばんと背中を叩いてきた。

 裕美はときどきおばさんがはいる。

「はやく会いたいですね、しょうこさんに!」

 授業のチャイムが鳴り、裕美は自分の席に戻っていった。



 松岡祥子。

 裕美は知っているらしい。

 でも――ええと、誰だっけ。



 昼休みの日常となった購買までの全力疾走。

 五十嵐浜の制服にスラックスがあって良かった。スカートではこうはいかない。

 お弁当にしようかと母さんは言ってくれるけれど、牛乳パック込みのお昼代なのだ。これくらい甘受する。

 今日はというか、今日もコロッケパン。

 自販で牛乳パックも買って、また全力疾走。

 教室に戻ると、裕美がお弁当の蓋も開けずに空き机で待っていてくれた。

 さらにオカメインコ篠田さんにクールビューティ林原はやしばらさんも隣の机を動かして空き机にくっつけてお弁当をひろげている。

「……」

 うーん。

 なんだか、ちょっと気が引けるような。

 もともとは陽向が裕美とお昼を食べるために選んだ席なのだけど。「松岡祥子」というこの机の持ち主が明らかになったのに、自分たちが占拠してもいいのだろうか。

 オカメインコ篠田さんのお弁当は今日も豪華だ。

 キャベツで巻いたシュウマイ、ブロッコリーとシメジのたぶん塩昆布和え、ミニトマトのマリネ。青菜ごはん。篠田さんは小柄だし量が多いわけじゃないのだけれど、手間がかかっていてきれいだ。

 クールビューティ林原さんは蓋をつけたまま、隠すようにして食べている。

 どうも眉間に皺が寄っているように見えるのは気のせいだろうか。あまり好きじゃないおかずだったのだろうか。

 そして裕美は相変わらずのちんまり幼稚園児お弁当。

 たぶん中身は冷凍食品かレトルトのハンバーグかミートボール。たまにウインナ。ミニトマトにレタス。ごはんにはふりかけ。

「松岡祥子うじ。うーん、知りませんねえ」

「ごめんなさい。覚えてないな」

 篠田さんや林原さんも、裕美から「松岡祥子」のことを聞かれているようだ。

「ひなたちゃん、篠田さんも林原さんもしょうこさんの事を覚えてないっていうんですよ!」

 そう涙目で訴えられましても。

 ごめんなさい、おれも覚えていないのです、裕美さん。

 祥子さん……ねえ。

 空き机の前の席に横に座り、片手で器用に牛乳パックにストローを差し、そして裕美に顔を向けた陽向は「あっ!」と、それに気づいた。

 裕美はひらがなで認識していたので「松岡祥子」に気づかなかったと言った。

 それはおれもだったんだ。


 ――しょうこさんか!


 裕美はいつものちんまりお弁当の前でじっとしている。

 手を机の中に入れてなにかをしている。

 二の腕は少しも動かないので篠田さんも林原さんも気づかない。

 やがて裕美は机から両手を出し、ご機嫌で鼻歌を口ずさみながらお弁当を包むハンカチを解きはじめた。陽向は口に含んでいた牛乳をごくりと飲み込んだ。




 すらりとしたきれいな立ち姿。

 ウェーブのかかった長い髪。

 意外なことに、あのウェーブは天然なのだそうだ。

 とにかく目立つ。「かわいい子が多い」とよく言われるらしい五十嵐浜高校でも飛び抜けていると言っていい。


 笈川真咲が廊下をひとりで歩いている。

 彼女の中学時代を知っていれば、笈川真咲がひとりでいる姿なんて想像できなかっただろう。


 彼女は中学で女王さまだった。


 おれと裕美も、中学時代には女王さまの臣下だった。

 それは自慢でもあったんだ。

 くやしいけど、今思えば最低かもしれないけど、そうだったんだ。あの笈川真咲に話しかけることができて、声をかけて貰える取り巻きのひとり。かっこいい人気のある男子だってたいてい真咲の取り巻きだったから、彼らとも仲良くなれる。楽しかったんだ。

 それもあったからだろう。

 裕美の状況に気づくのが遅れたんだ。

 ずっと真咲と裕美も仲がいいと思っていたんだ。

 だけどそのうち、真咲が裕美のことだけを無視しているのに気づいた。みなもそれに気づくようになった。

 そうなると学校は残酷だ。

 裕美は教室で孤立するようになってしまった。


 もちろんおれは無視しなかった。今まで通りに裕美に接した。幼なじみなのだし。裕美もそれで安心してくれていると思っていた。

 思い上がってたんだ。

 それどころか、真咲が無視している裕美と話しても真咲からなにもいわれない。おれは真咲から特別扱いされているんだぞって得意にすらなっていたんだ。


 だけどおれは見つけてしまったんだ。

 裕美の心の叫びを。




 さみしい!

 しにたい!

 みんなしんじゃえ! わたしもしんじゃえ!


 たすけて、しょうこさん!

 たすけて、しょうこさん!


 わたしをはやくたすけにきて、しょうこさん!




 中学三年。

 裕美は悲しい子だった。

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