第11話 五十嵐浜高七不思議 5

 五十嵐浜いからしはま高校七不思議


 夜になると一三段に増える北階段

 夜の体育館で聞こえる剣道部員の声

 夜になると血が噴き出す一年棟水飲み場の蛇口

 死ぬ間際の自分が映る鏡

 視線が動くベートーヴェンの肖像画

 夜に校舎を歩く自殺した生徒

 深夜に始まる授業


「これさ」

 空き机の書き込みを指で差し、陽向ひなた裕美ゆみとオカメインコ篠田しのださんを見た。

「おれを驚かそうとしたふたりのイタズラじゃないよね?」

「違いますよおっ!」

 篠田さんが頬をふくらませた。

「掃除当番に出るまでは、『学校七不思議を調べてみたらどうだい?』だったです」

 裕美が言った。

 そうだ。陽向も確認した。つい一五分前まで、この机に書かれていたのは『学校七不思議を調べてみたらどうだい?』だったのだ。

 一五分もあれば、前の書き込みを消してこれを書くくらいできるだろう。

 だけど、みんなが掃除している中で?

 陽向は掲示板の掃除の班分けを確認した。

 そして、ああ、なるほどとは思った。だけど――。

「ねえ」

 と、陽向は教室の掃除当番の中に名前があった生徒に声をかけた。

「委員長みないけど、掃除の時にはいた? 教室の掃除だよね?」

「いたよ。すっごい真面目な人」

「そう、ありがとう」

 その子は南野みなみのさんに声かけられたーと喜んでいる。

 掃除中に机に落書きしていれば、なんらかのコメントがあるだろう。それどころか「真面目な人」というのだから、書き替えたのは委員長――林原はやしばら詩織しおりさんではない。陽向や裕美、オカメインコに反応してくるなんて彼女くらいしかいないと思うのだけど。

 まずったな。

 ストレートに、この机にイタズラ書きしてた人いた?と聞けば良かった。

「いないそうですよ」

 裕美が言った。

「掃除の間に、この机にイタズラ書きしていた人はいないそうです。聞いてみました」

 そうなのか。

 本当にミステリになっちゃうのか?

「どうします、これ」

 七不思議の書き込みを見て、裕美が言った。

「あ、まってくださーい。写真撮っておきますから」

 篠田さんがスマホで何枚か記録している。

 陽向と裕美もいちおう記録しておいた。

「けっこうベタなのもありますし、五十嵐浜高ならではってものもありますねっ。私、わくわくしてきましたよっ!」

 画像をチェックしていた篠田さんは「くうっ!」と声をあげた。

「冒険しましょうっ、佐々木うじ! 南野うじ!」

 冒険……?



「あ、母さん。え、なに――ええ!? いや、親父は親父だし、母さんは母さんだろ。なに、ちょっと、そんなことで怒らないでよ。わかったよ! お・ふ・く・ろ!」

 陽向はスマホを耳から離した。

 そして、ゆっくりと耳に戻した。

「もうよろしいでしょうか。落ち着きましたでしょうか。近所迷惑だからあまり叫ばないでください。はい、それはよかったです。それでね、裕美に付き合ってちょっと帰るの遅れる。だいじょうぶ、裕美はおれが家まで送り届けるから。え?」

 しばらく黙りこくって話を聞いていた陽向は、

「もういい?」

 と、ぶっきらぼうに言って通話を切った。

 くそ。と陽向は思った。

 母さんにまで、子供の頃を言われた。「あらあら、昔はあんたが裕美ちゃんに手を引っぱられてたのにね」だって。

 ふん。



 裕美と篠田さんは、七不思議を試すのだそうだ。

 あの空き机に書かれていた七不思議を、だ。

 「冒険しましょう」と言われて、裕美がその気になるとは思わなかった。

 裕美に手を引っぱられていた、か。

 それでいいじゃないか。あの頃のように裕美が元気になったのなら。

 おれは、裕美が走るのに夢中になりすぎてライ麦畑から落ちそうになったら、さっと飛び出して捕まえる人になるのさ。



 七不思議だからしょうがないのだけれど、「夜」の限定イベントばかりなので暗くなるまで待つしかない。

 六時までは図書室で勉強。

 五十嵐浜は宿題の多さで知られている。新学期が始まってまだ第一週なのにもう容赦ない量だ。いや、鉄は熱いうちに打てで、覚悟しろと脅かされているのかもしれない。陽向は理数系ならそこそこ成績はいいが文系は苦手なので、文系に強い裕美がいてくれると正直助かる。篠田さんも文系が得意のようだ。

 六時で図書室を追い出された。

 まだ窓の外は真っ暗じゃない。日が長くなったなと思う。でも運動部や吹奏楽部はまだ活動しているけれど、薄暗くなった校舎はやはり雰囲気がある。

 ふと視線を感じて振り返った陽向は、その姿のまま裕美に言った。

「裕美、あのさ」

「なんでしょう、ひなたちゃん」

「裕美って、なんだかいろいろ詳しいから聞くんだけど。林原詩織さん、彼女、なんでうちに来たんだろう」

「あ」

「彼女なら県高ケンタカ行けただろう。うちに、なんかそれ以上の特色でもあったのかな。彼女にとって」

「ひなたちゃん」

 裕美が陽向の制服の袖を引っぱった。

「あのね、ひなたちゃん」

 裕美の声は小さい。

 近くにいる篠田さんに聞かれるのもはばかれる話題なのだ。

「その話題はもう出してはいけません。林原さんは高専の受験に落ちたんです」

「えっ!」

 そんな馬鹿な!

 高専――工業高等専門学校はそりゃ難関だけど、県高ほどじゃない。せいぜいうちとどっこいだろう。彼女が落ちるわけない。

「それでなんで県高じゃなく五十嵐浜なのかは私もわかりません。でも、林原さんのことで受験を話題にしない方がいいと思うです」

「うん……」

 「ごめん」と、誰に言うでもなく陽向は口にした。

 いや、本当は廊下の曲がり角の向こう。

 ちらりと姿が見えた林原さんに言ったのだ。陽向が裕美に聞いた言葉、彼女に聞こえただろうか。聞こえてなければいいのだけど。



 薄暗い廊下の影で、林原さんはぎゅっと制服の胸を掴んだ。



「北階段って、これでいいわけですね」

 篠田さんが言った。

 実は「北階段」自体が謎なのだ。そんな名前の階段があるのかどうか。

 またしても変にこの学校に詳しい裕美から「そのような名称は聞いたことはないけれど、校舎でいちばん北にある階段は管理棟の端と端のふたつの階段」という情報提供があった。いったいどこからそんな情報を得てるのだろう。裕美は「ナイショ」という。

 管理棟には教務室があるわけで、まだ灯りが煌々とついているわけで、さすがにここで無邪気に騒ぐわけにはいかない。

「いち、にい……」

 篠田さんが囁き声で階段を数えながら昇った。

「佐々木氏、南野氏~…」

 踊り場で手をメガホンにして下の裕美と陽向に声をかけてくるが、それも囁き声。

「一四段~…」

 増えて一三段なら、それってつまり二段増えてないか。

 裕美と陽向も踊り場まで数えながら昇ったが、確かに一四段だ。

「踊り場からの階段の可能性もありますっ!」

 諦めの悪い篠田さんが段を数えながら昇っていって、上からまた声をかけてきた。

「一〇段~…」

 減ってるじゃないか。

 管理棟の両端の階段を全部数えたが、結局「踊り場まで一四段、踊り場からは一〇段」で統一されているのがわかっただけだった。

「ホームズの下宿の階段は一七段でしたけどねえ……」

 ミステリ研らしい台詞ではあるけれど、一般的には意味不明な悔しがり方をする篠田さんだ。

 そろそろ本格的に暗い。

 七時の全校退校時間が近い。それ以後はセキュリティーがかかるらしい。

「今日はこれくらいにして帰ろう」

 陽向が言った。

「あとひとつっ! 血が出る蛇口をっ!」

 確か、一年棟の蛇口だっけ。

 それくらいなら七時を越えることはないだろう。

 あれっと陽向は振り返った。

 大体育館のほうから声が聞こえる。もう運動部だって練習は終えているはずなのだけど。

「誰もいない体育館で聞こえる剣道部員の練習の音っ!」

 篠田さんが言った。

 まさか。

 裕美と陽向は笑ったが、たしかに聞こえる。

「そ……そっち行ってみる?」

「ひなたちゃん、声がうわずってます」

「ううう……」

 実際に剣道部員がいて知っている人だったら、それもやだなあ。

 大体育館に向かって三人が歩きはじめたときだった。



「きゃああーーーーーーーッ!」

 夜の校舎に悲鳴が響いた。



 暗い廊下を歩いている生徒の影がある。

 背が高い。

 陽向ほどか、それ以上ありそうだ。

 背を流れる長い黒髪。

「騒がしい」

 その人影は鼻を鳴らし、闇の中へと歩いていった。

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