第10話 五十嵐浜高七不思議 4

「おはようございますっ!」

 ひとつあとの駅で陽向ひなた裕美ゆみが乗る電車に乗ってきて、元気にあいさつしたのは篠田しのだ菜々緖ななおさんだ。

 タフだなー。

 タフだなー。

 陽向ひなた裕美ゆみは思った。

 昨日、二人の前で「自分はボッチでコミュ障だけど友達欲しい思い出作りたい無理かな」と泣いたんだよな。それって結構ヘビーな経験だと思うのだけど。

 でも。

 篠田さんはうつむいて両眼を固く閉じている。手だってぎゅうっと握られてる。

 当たり前なんだ。

 へこたれてないわけないんだ。

 陽向は声をかけようとした。それより先に裕美が「おはようございます」と言った。

「それで、ミステリ研はどうします、篠田さん?」

 はじかれたように篠田さんが顔をあげた。

 泣くんじゃないかと陽向は思った。だけど篠田さんはぱかっと口を開けて嬉しそうに笑ったのだ。

 やばい。

 陽向は思った。

 裕美のほうがかわいいけど。百倍もかわいいけど。このオカメインコも……。

 ちょっと……。

 ……かわいい。

 敬礼をして篠田さんが言った。

「私、ディスタンス感がまだ掴めてないと思うので、なにとぞよろしくお願いしますっ!」

 なんでそこで、いきなり都知事かルー大柴になるかな。



 ぶっとむせかけ、なんとか耐えたのは、同じ車両の乗降口のところで手すりに寄りかかっていた林原はやしばら詩織しおりさんだ。

 手にはサイエンス・アイ。

 良かった。

 あの三人、あれから気まずくはなっていないみたい。



「ミステリ研って、ただ読んだミステリの感想を言い合うんです?」

 そう言ったのは裕美だ。

「私はっ、ずっとぼっちで読んできましたからっ、それだけでも幸せですけどもっ」

 このオカメインコが喋っている近くにいると、なんだか酸素が足りない気がしてくる。

「同好会として認められるのには五人の賛同者、つまり部員が必要です」

 裕美が言った。

「そして顧問の先生」

 ふうん、裕美、そんなことまで調べてきたのか。

「じゃあ、あと二人ですねっ!」

 おい、ちょっと待て。

「部員を集めるためにも、なにか行動した方がいいと思うんです。それで、ちょっとしたことでも形になれば顧問の先生もついてくれるかもしれません」

 陽向はちょっと驚いた。

 裕美のさっきのは、慰める言葉だとかそんなんじゃなかったんだ。

「行動ですかっ」

「行動です。ミステリ研ならではって事をなにかしたいですね」

「名探偵百選とかっ、おすすめミステリー百選とかっ!」

「あ、それはそれでいいですね。文芸部と交渉してみましょう。それ以外に私たちならではってことをなにか……」

 へえ。

 乗り気なんだ、裕美。


 子供の頃と言えば。

 いつだって裕美のほうがおれより前を走っていたんだ。

 おれは体がおおきいだけで、おっとりしているっていつも言われてて。裕美は活発で好奇心旺盛で。いつだってオレの手を掴んで、おれを引っぱってくれたんだ。

 裕美がまた走り始めたみたい。


 あれ、でもいま、何かを思い出しかけた気がする。

 少しガリっとくる思い出。

 なんだろう、今のは……。



 林原詩織さんは読んでいたサイエンス・アイを閉じ、カバンに入れた。そしてドアに寄りかかって外の風景を眺めた。

 くすくす。

 そんな林原さんの耳に、ひそやかな笑い声が聞こえてきた。林原さんの顔が、さっと染まった。

 くすくす……。

 くすくす……。

「……」

 気にしない。

 私は気にしていない。

 別のささやき合う声も聞こえてきた。

 違う。

 あれは私の話題なんかじゃない。あなたが思うほど、だれもあなたのことなんか気にしていない。

 林原さんは唇をきゅっと結んだ。



 いつものように光速で購買まで走りコロッケパンと牛乳を買い、いつものように光速で戻ってくると、裕美がいつものように空き机でお弁当を包むハンカチも解かずに待っていてくれた。

 五十嵐浜いからしはまの制服は助かる。

 全力疾走ができる。

 ちなみにこの頃、教務室で藤森ふじもり先生が「今年の一年にはいい陸上選手がいるようですね」と皮肉を言われているのだけれど。

 息を整え「お待たせ」と、空き机の前の椅子を横にして陽向は座った。

「あの、ひなたちゃん」

「なに?」

「パーティに入れていいでしょうか。仲間になりたそうにこちらを見ています」

 ああ、オカメインコ。

 返事の代わりに陽向はニコッと笑った。

 裕美もニコッと笑い、オカメインコ――篠田さんに向かって、どうぞと胸の高さで両方の手の平を上に向けた。

 篠田さんが嬉しそうにお弁当箱を手に立ち上がった。


「まずは手っ取り早いところからはじめませんか、佐々木うじ、南野うじっ」

 篠田さんのお弁当は、俵握りのかわいいおにぎりと、きんぴらゴボウにきれいなだし巻き卵。本人か家の人が料理好きらしい。

 ていうか、なにその「うじ」っての。

「例えばこの机ですよっ」

 この机の主は今日も登校してこない。

 さすがにちょっと話題になってきている。

 お昼休みだけだとはいえ、この机を占拠しているのはむしろ目立つかもしれない。陽向もそう考えはじめているところだ。どのみち、同じ中学出身のふたりから距離をとるために選んだ机だ。その同じ中学出身のひとりがここにいるわけで。

「謎の不登校少女は誰なのかっ!」

 得意そうに篠田さんが言った。

「なに者なのかっ! その謎を解き明かすっ! 充分にミステリじゃありませんかっ!?」

「いやそれ、先生に聞けば一発でわかる話だし」

 陽向が言った。

「もしかしたらセンシティブな話かもしれませんし」

 裕美も言った。

「そうですかー…あれっ?」

 ちんまりお弁当を食べ終えた裕美が後片付けをしている。それを見ていた篠田さんが声をあげた。

「それ、なんです?」

「え?」

「ほら、これですよ」

 今までハンカチで覆われていたところに、シャーペンで何かが書いてある。


 学校七不思議を


 裕美はハンカチごとお弁当箱を持ち上げた。


 学校七不思議を調べてみたらどうだい?


「――」

 陽向は顔をあげ、教室を見渡した。こちらを見ている生徒は誰もいない。

「『学校七不思議を調べてみたらどうだい?』っ!」

 机にかぶりつくようにして、篠田さんが言った。

「佐々木氏! 南野氏! これは挑戦ですねっ! 読者への挑戦状ですよっ!」

 読者ってだれ。

 ていうか、だから「氏」いうのやめれ。

「裕美が書いたの?」

 陽向が言った。

「違います」

「昨日もこれ書かれてた?」

「たぶんなかったです。だいたいミステリ研をやるなら行動したほうがいいって話題が出たのは今朝の電車の中です」

 これがミステリ研へのメッセージならね。

「挑戦ですよ。ミステリ研への挑戦ですっ」

 そうかな。アドバイスぽくもあるけど。

 授業中に机にいたずら書きしても、気づく人も気づいても気にする人なんていないだろう。自分の机なら。でもこれは空き机だ。だれかがこの机に書き込んだなら、それはたぶん目立ったはずだ。

 午前の授業は、世界史、数学、化学、体育……。



 誰だ?



「南野氏! 南野氏!」

 放課後の掃除の時間を終え、陽向が教室に戻るとオカメインコがオカメインコのように興奮して待っていた。

「こっちです、こっち!」

 引っぱられて連れて行かれたのは、あの空き机だ。別の掃除場所に行っていた裕美も戻ってきて机の横に立っている。

「ほらっ!」

 空き机の天板。

 そこにはもう、お昼に見つけた「学校七不思議を調べてみたらどうだい?」の文字はない。その代わりに。



 五十嵐浜高校七不思議


 夜になると一三段に増える北階段

 夜の体育館で聞こえる剣道部員の声

 夜になると血が噴き出す一年棟水飲み場の蛇口

 死ぬ間際の自分が映る鏡

 視線が動くベートーヴェンの肖像画

 夜に校舎を歩く自殺した生徒

 深夜に始まる授業



 新しい文字が書かれていた。

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