第22章

 嫉妬のあまり冷静さを失い、またも愚かなことを口走ってしまったことを後悔した。

 以前、あれほど悔いたのに、再び同じ過ちを犯してしまった。

 失ったものの大きさを、無くしたものの尊さを痛いほどに感じた。もう彼女は二度と戻って来ないだろう。

 それも全て自分の愚かさが招いたことで、受け入れざるを得ない結果だとは思った。

 しかし、光彦にはどうしてもりんに見せたいものがあった。彼女の誕生日が11月15日だと知った時からずっと準備して来たものだった。

 

 一週間ほど経ったある日、アパートに帰ると、りんからの手紙が郵便受けに入っていた。

 思いも寄らなかったことに光彦は吃驚し、興奮で震える手で慌てて封を切った。中にはピンクの紙が入っていて、びっしりと文字が書いてあった。


「今日、この町から出ます。初めて会った時に酔っ払いから助けてくれましたよね。今まで私の周りにいたのは、いきがってすぐに喧嘩を始める男ばかりだったので、あの夜の鈴木さんの対応にはびっくりしました。

 あんな風にあっさり謝る人は初めて見ました。大人だなあ、えらいなあ、素敵だなあ、紳士とはこんな人のことを言うのかなあと思いました。

 それで、話しているうちに、鈴木さんが一人住まいだと知り、もうしばらく一緒にいたいと思ったのです。

 鈴木さんみたいなタイプの人とは初めて出会ったので、どんな人か知りたいという好奇心からだったと思います。

 でも、翌日の朝ごはんを作った時、ああ、こんな生活いいなあ、会社員を旦那さんに待つ奥さんの生活はこんなのかあとすごく幸せを感じました。

 ホテル代を浮かすとか寮が汚いとかは全部嘘です。そんな生活に憧れていたので、一度は味わってみたかったのです。それで、鈴木さんを利用したのです。

 自己満足のただのおままごとですよね。しかし、それが鈴木さんを苦しめることになるとは夢にも思いませんでした。本当にごめんなさい。私なんかと知り合わなければ、苦しむなんてことなかったのに。

 あと、この前はごめんなさい。せっかく会いに来てくれたのに追い出してしまって。

 わざわざ会いに来てくれたのが嬉しかった反面、あんな仕事の格好を見られたくはなかったです。それが顔から火が出るくらいすごく恥ずかしく、なんか複雑な気持ちでした。

 それに、あの日鈴木さんは嫌味ばかり言うので、ついかっとなってしまって。

 あとで、冷静になった時に、鈴木さんがお客さんに嫉妬したと言っていたのを思い出しました。こんな私にやきもち焼いてくれるなんて。とても嬉しかったです。

 最後に、江ノ島旅行ありがとうございます。とっても楽しかったです。大仏の前で一緒に取った写真もクラゲの写真も大事な思い出として一生大切にします」

 

 手紙を読み終わると、すぐに光彦は彼女の店に向かった。

 息せき切って、店内に駆け込むと、若い店員が驚いて、慌てて近づいて来た。

「リナさんはまだいますか?」

「あ、はい。まだいますが」

「じゃあ、指名します。今、客が入っているなら、待ちます。何時間でも待ちます」

「あ、いや。それが……」

 若い店員は困ったような顔をして、中年の店員の方を振り返った。すると、その店員が近づいて来て、申し訳なさそうに言った。

「予約の入っていないお客さんは断ってくれとリナさんから言われているんですよ。本当はリナさんは今日辞めるつもりだったのですが、今日明日明後日と指名の予約が入っていたので、無理を言って残って貰ったのです。だから、リナさんの言うことを守らなければいけません。誠に申し訳ありませんが、お引き取りください」

 店員は深く頭を下げた。

 光彦はひどく落胆した。しかし、そう言われれば、返す言葉がなかった。

 何とか彼女と連絡を取る術はないか、そう頭を巡らせた時、彼女と同じように手紙を書くことを思いついた。

「すみません。ペンと紙はありませんか?」

そう言うと、店員はカウンターの上からボールペンと一枚の紙を取って、差し出した。  

 光彦は礼を言って、それらを受け取り、それにメモを書き、店員に渡した。

 そして、「これをリナさんに渡してください。お願いします」と必死に何度も頭を下げた。


「僕がいない時でいいから一度家に来てくれ。鍵は例のところにある。玄関の靴箱の上にリモコンを置いているので、照明は点けずに、そのリモコンを持ってリビングに行って、天井の方に向けて真ん中の三角形の印のついたボタンを押してくれ」


 光彦は専門の会社に頼んで、CGを制作して貰っていた。光彦の会社と取引きのある会社なので、多少割引きしてくれたが、それでもわずかな時間で数十万円もかかった。その上、プロジェクターなどの装置を整えるのにも数十万もかかった。しかし、金などどうでもよかった。

 どうしてもりんに見せたかった。



 

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