第17章

 帰宅し、ED治療薬を買って来たことを告げると、りんは弾けるような笑顔になり、はしゃいだ。

「今夜早速試してみますか?それとも誕生日のお楽しみにしましょうか?」

 彼が屈辱的な気分を味わったことなど知る筈もなく、上機嫌でそう言う彼女を光彦は苦々しく思った。

「今日がいい。今日は久しぶりに抱かしてくれ」

 そう言うと、りんは敬礼のポーズをし、「了解しました」と言って、鼻に皺を寄せて笑った。


 ベッドに入ると、りんは尋ねた。

「薬は行為の前に飲むのでしょ?私は気がつかなかったけど、もう飲みましたか?」 

「いや、飲んでいない。……今日は出来そうな気がするので、薬を飲まずに試してみたい」

  彼女は一瞬当惑したような表情を浮かべたが、「わかりました」と言って、目を閉じた。

 先程の苛立った気分がまだ残滓のように心の中に残っていた。それが彼を奮い立たせた。光彦はいつもより激しくりんの身体を貪るように愛した。

「どうしたの?今日は凄い」

 そんなりんの言葉がさらに欲情を高める。  

 その時、蝶の入れ墨と傷痕が目に入った。と、昂っていた気持ちが急に萎えた。今までもこの入れ墨と傷痕がその気を削ぐのではないか、と思った時があった。だが、それは彼女をひどく傷つけること、彼女を否定することだと思い、ずっと胸に秘めていた。

 しかし、今日はついに口に出た。

「俯せになってくれ。入れ墨と傷を見たら、どうしても萎えるんだよ」 

 自分の不甲斐なさに、思わず興奮して、声を荒げた。

りんは弾けるように上半身を起こし、呆けたような顔になり、光彦を見つめた。それから大粒の涙がはらはらと頬に流れ落ちた。

「……やっぱり。そうなんですね。……私、前から思っていたんです。鈴木さんが出来ないのは私の汚い身体のせいじゃないかと。綺麗な身体の人なら、大丈夫なんじゃないかと。……ごめんなさい。ホントごめんなさい」

  りんは号泣し始めた。光彦は言ってはいけないことを言ってしまったことを後悔した。

「ごめん。そんなつもりで言ったんじゃないんだ。ほんとにごめん。悪いのは僕であって君のせいじゃない」

 しかし、りんは両手で顔を覆い、幼な子がいやいやをするように頭を振りながら泣き続けた。

 そして、しばらくした後、「今日はリビングで寝ます」とまだ泣きじゃくりながら言った。


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