第15章

 

 旅行から帰って来て、休日は必ず出掛けることにした。

 いつものように光彦が起きるのは9時を過ぎてのことだったが、それからランチを食べに行ったり、美術館や博物館に行ったり、神社仏閣やパワースポットを訪れたりした。


 夜はベッドでりんを腕枕しながら、二人でたわいない話をした。

 ただ、光彦はもう彼女を抱こうとすることはなかった。惨めな気持ちになることを恐れてのことだった。


  10月に入ったある日、りんは11月15日が誕生日だと言った。

「そうなんだ。おめでとう。奮発して高級ホテルにご馳走を食べに行こうか?それともちょうど土曜だし、また旅行に行こうか?」

「ありがとうございます。でも、それよりも一つお願いしたいことがあるのですが、聞いてくれますか?」

「いいよ。なんだい?」

「……バースデープレゼントに抱いて欲しいの」

 りんは少し口籠った後、恥ずかしそうに頬を赤らめて言った。

 お礼でセックスをしてもいいと言い放っていた出会った頃とはだいぶ様子が違っている。それが可笑しくて彼は微笑んだ。それを同意の意味だと勘違いしたのだろう。

「ありがとう。信じられないかもしれないけど、私ずっとしていないの。ヘルスって、本番はしないのよ。本番ってわかりますよね?

……そう、最後まですることね。本番を求めてくるお客さんは多いの。特に関西はほぼ全員本番を要求して来ました。お小遣いをあげるからお願いって言う人もいっぱいいたけど、全部断ってきたの。だから、例のホストと別れてから、ずっとしていないの」

 光彦はびっくりした。誰とでも寝るとは思わなかったが、そんなに身持ちが堅いとは思いもよらなかった。 

「でも、最初に会った時に、セックスしてもいいと言ったじゃない」

「もう、恥ずかしいこと思い出させないでよ。この人なら、抱かれてもいいと思ったの」

「そうなんだ」

 光彦は思いがけない言葉に目を見張った。 

 たくさんの男から言い寄られても拒否してきた女性が自分ならいいと言ってくれたことが彼の自尊心を満たし、虚栄心をくすぐる。

 しかし、それに続く言葉が彼の弾んだ気分を鼻白ませた。

「それで、バイアグラとかあるじゃないですか?治療薬。あれを買って来て飲んで欲しいの」

「ああ、……あるね」

りんの思いがけない言葉に光彦に力なく頷いた。

「うん、……わかった」

 

 ああいうED治療薬は老人が飲むものだと思っていた。まだまだ中間管理職としてチームリーダーとして毎日精力的に仕事をしている自分には縁遠いものだと思っていた。

 薬に頼りたくはなかった。薬に頼ることは、男としての能力がないことを認めること、白旗を上げて降参することのように思われた。

 



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る