第06/13話 トップ・オブ・ヒル④
巒華は、箱から離れると、ディセンダーの運転席に乗り込んだ。さっ、と後方に、素早く視線を遣る。
この車両は、通常は、運転席・助手席と、中央座席と、後部座席の、三列シートである。今は、それらのうち、中央座席と後部座席が、平べったく倒されていた。
その空間における、運転席・助手席近くの、向かって右側には、ロケットランチャーが一門、置かれていた。左側には、それに装填するための噴進弾が、三個、乱雑に載せられていた。昨日、ディセンダーを展望台の駐車場に停めに行く前、念のため、積んでおいた武器だ。
ボディの背面は、バックドアとなっている。その手前、向かって右側には、いざというときに使うための、「リターナー」も置いてあった。今は、それは、灰色をしたシートで覆われている。脇には、小さなリュックサックが置いてあった。
「まさか、ディセンダーが、役に立つ時が来るとは……!」
巒華は、そう呟きながら、シートに、どさっ、と腰を下ろした。嶺治も、ほどなくして、助手席に乗り込んできた。
彼は、レベラーを、後部空間に置いてから、シートに座った。それから、グローブボックスを、がこ、と開けた。
巒華は、サイドブレーキを解除した。ディセンダーを、バックさせる。
その間に、嶺治は、助手席の扉に付いている窓を操作し、全開にしていた。巒華は、SUVの背面を、南壁ぎりぎりにまで近づけた。
一秒後、車両を発進させた。ほぼ同時に、部屋の出入り口が、どかあん、という音を立てて爆発した。兵士の仕業に違いなかった。
扉は、中程で真っ二つに折れ、ばた、ばたん、と床に倒れた。箱は、南西に向かって吹っ飛んでいった。
出入り口の辺りには、爆発により発生した煙が、もうもう、と立ち込めていた。直後、若い女性兵士が一人、それを掻き分けて、室内に躍り込んできた。
彼女は、自身めがけて突進してくるディセンダーを見て、目を丸くした。慌てたように、煙の中へと引っ込んだ。
「撥ねたりなんかしませんよ!」
そう叫びながら、巒華は、ハンドルを、限界まで左に回した。ディセンダーは、旋回すると、やがて、北壁から五十センチほど離れたあたりを、西に向かって走り始めた。
直後、西壁の北端付近が、どかあん、という音とともに、爆発した。さきほど、車両が南壁ぎりぎりまでバックした時に、嶺治が、グローブボックスから取り出した手榴弾を、そこめがけて投げておいたのだ。
煙が、爆発が起きたあたりに立ち込めていた。しかし、それでも、西壁に大穴が開いていることが、うっすら確認できた。巒華は、そこめがけて、ディセンダーを走らせた。
やがて、車両は、大穴をくぐって、宙へと飛び出した。次の瞬間、ばばばばば、という銃声が後方から聞こえてきた。直後、ひゅひゅひゅひゅひゅん、と、鉛弾が、屋根の上を通り過ぎていった。部屋に突入した兵士が、巒華たちめがけて、銃器を撃ってきたに違いなかった。
数秒後、ディセンダーは、どしん、と、南棟の西方に広がっている芝生に着地した。その近くでは、車道が、東から西へと伸びていた。
巒華は、アクセルペダルを底まで踏み込むと、車両を急加速させた。ハンドルを小刻みに調整すると、飛び下りるようにして、車道に入る。
事前に見た地図によれば、この道を、まっすぐ西に向かって進んでいけば、敷地の南西あたり、西辺に設けられている西門に辿り着けるはずだ。それさえ、くぐってしまえば、一般道に脱出することができる。
その後、ディセンダーを走らせていると、右手に、駐車場が見えてきた。東西に長い長方形をしており、南辺が、こちらの車道と、北辺が、そばを通っている歩道と、接している。
そこには、たくさんの車両が停められていた。ほとんどは、真っ黒に塗装されたセダンで、ボンネットに仙汕団のロゴステッカーが貼られていた。
さらには、歩道から、たくさんの兵士たちが、続々と、駐車場に駆け込んできていた。きちんと、歩行者用出入り口を通っている者がいれば、境界に設置されている花壇を踏みつけ、乗り越えている者もいた。みな、車に乗り、ディセンダーを追いかけるつもりに違いなかった。
「ぬぐ……!」
巒華は思わず、すでに底まで押し込んでいるアクセルペダルの表面を、さらに強く踏みつけた。その後、数秒と経たないうちに、駐車場の南西に設けられている自動車用出入り口の前を、通過した。
彼女は、バックミラーに目を遣った。駐車場から、仙汕団のセダンたちが、続々と、車道に躍り込んできていた。自動車用出入り口に設けられている遮断棒をへし折る車両がいれば、境界に配されている花壇を乗り越える車両もいた。花壇に入る時、ボディが大きくバウンドしてしまい、着地に失敗して横転する車両や、勢い余って、他の車両の横っ腹に衝突して、お互いにクラッシュし、走行不能に陥っている車両もいた。
やがて、セダンたちのうち、先頭にいる一台が、急激にスピードを上げた。そして、あっという間に、ディセンダーの十数メートル後方を走り始めた。
その車両の、巒華から見て右側に位置する、後部座席の窓が開き、そこから、若い男性兵士が身を乗り出した。右手には、拳銃を持っており、銃口をSUVに向けていた。
即座に、彼は、引き金を引きまくった。ばあん、ばあん、ばあん、と、銃声が、何度も、辺りに響き渡った。
兵士の撃った弾丸のうち、いくつかは、ディセンダーに当たった。ボディや、リアウインドウのガラス、右のリアタイヤなどだ。
しかし、当たっただけだった。いずれも、穴が開くどころか、凹むことすら、なかったのだ。
「ディセンダーの外装パーツは、銃火器の類いで狙われてもいいよう、特殊な素材で出来ている……」嶺治は、ふふ、と笑った。「さすがに、ロケットだの爆弾だのを使われたら、それなりにダメージを食らうけれど──拳銃弾くらいなら、傷もつかないよ!」
「しかし、まさか、撃ってくるとは、思っていませんでした……」巒華は視線をフロントウインドウに戻した。「だって、この車には、レベラーが積んであるんですよ? 銃火器の類いで攻撃したら、それが誘爆を起こすのではないか、とは、思わないのでしょうかね? レベラーが持ち出されたことは、向こうも把握しているでしょうし……」
「うーん……」嶺治は腕を組んだ。「なにせ、あの兵士たちは、翡瑠山の消滅に巻き込まれるところだったわけだからね……詳しいことは、何も聞かされていないのかもしれない。『侵入者に奪われた物を取り返さなければならない』くらいにしか、情報を得ていないのかもね」
その後も、ディセンダーを走らせていると、車道の突き当りに、西門が見えてきた。予想どおり、と言うべきか、それは閉ざされていた。扉は、金属製で、とても頑丈そうだ。こちらの脱出を防ぐために違いなかった。
「でも、大した問題ではありません──ご主人さま!」
巒華は、そう言って、助手席のほうを向いた。しかし、嶺治は、すでに、彼女が頼もうとしたことを察知しており、それの準備をしていた。
嶺治は、上半身を窓の外に出していた。左肩には、噴進弾の装填されたロケットランチャーを担いでいる。砲口は、西門に向けられていた。
「さすがです!」
巒華は、顔をフロントウインドウに向けた。直後、嶺治が、ランチャーの引き金を引いた。
どおん、という音がして、ロケットが発射された。それは、西門めがけて、一直線に飛んでいった。
数秒後、噴進弾は、扉に命中した。どかあん、という音を立てて、炸裂する。
煙が、もうもう、と辺りに立ち込めていた。しかし、それでも、西門に、ディセンダーが通れるくらいの大穴が開いたことは、うっすら確認できた。
「やったよ!」嶺治が嬉しそうな声を上げた。
巒華は、ハンドルを小刻みに調節した。ディセンダーで、西門をくぐり抜ける。
西門の前には、一般道が、南北に通っていた。彼女は、車両をドリフトさせながら、その場を右折した。道路を、北に向かって走り始める。
しばらくしてから、巒華は、ちら、とバックミラーに視線を遣った。仙汕団のセダンたちも、続々と、西門をくぐっては、右折し、ディセンダーを追いかけてきていた。彼女は、その光景に、穴から這い出てくる黒蟻の群れを連想した。
「ええと……とにかく、麓へ向かえばいいんですよね?!」
「そう! 追っ手を振り切るのは、二の次──とにかく、今は、低所へと移動することが最優先だ!」
「承知しました!」
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