第21話 育枝の初恋と刹那の過去
「なにやってるの?」
ここで今まで黙っていた育枝が口を開く。
二人の視線は本に向いたまま。
「聞いてたのか?」
「うん。それで?」
少し怒っているのか声が低い。
「変な期待を持たせるぐらいなら今のままでいいと思っただけだ」
「最低」
「いいよ、俺は悪役で」
「私達の最終目的とさよちゃんの願いはアギルを倒す事で解決する。なのになんであんなに冷たい態度を取るの? ここまで良くしてもらってるんだから仲良くしようとか思わないわけ?」
持っていた本を閉じて机に置き、射抜くような視線で刹那を見る育枝。
その表情は今さら言わなくても誰が見ても怒っているとわかる。
「だから遠ざけた」
「ん?」
「俺達は必ず勝つ。ならその後に待つのは?」
「…………そうゆうことか」
納得は出来ないが言いたい事を理解した育枝。
だけどその顔は険しいままだった。
「出会いがあれば別れがある。それは当然のことって言いたいわけ?」
「そうだ」
「なら今はどうでもいいの?」
育枝の言いたい事は十分にわかる刹那。
だけどここで馴れ合いアギルを倒しても倒さなくても最後バッドエンドになる結末が確定するならアイツはと恨まれても最後はハッピーエンドで終わって欲しいと願う事は悪い事なのだろうか。なによりここまで仲良くしてくれるからこそ、さよには悲しい結末ではなく笑って涙できる結末を迎えて欲しい。本当はもっと良い方法が探せばあるのかもしれないが、今の刹那には残念ながら思いつかなかった。
「あれは本当に最低だよ? 女の子の気持ち何一つ理解してない」
「……それは」
「なに? 文句あるわけ? 言いたい事あるなら言ったらいいじゃん」
珍しく育枝が本気で怒っている。
これには流石の刹那と言え対応に困る。
そもそも女心と言っても童貞以前に彼女すら一度も出来たことがない刹那にはそこら辺はまだ難し過ぎる課題の一つ。
精神的な成熟の早さは一般的に女性の方が早く、男性の方が遅いと言われている。
また細かい気遣いや言葉を選ぶのもそれに精通していたりとなにもかもが刹那の不得意分野な為、罪悪感こそあるもののこれからどうしていいかが全くわからない。
「…………」
「なんでそうやって黙るの?」
育枝の真っすぐな瞳に言葉に戸惑う刹那の姿がある。
「…………」
「さよちゃんに悪いと思わないわけ?」
顔を近づけて、問い詰めてくる育枝。
「……思ってる」
「ならどうするの?」
刹那が何かを言うのをジッと待っている育枝。
「必ず結果で答える。それからしっかりと謝る」
その言葉を待ってましたと言わんばかりに今度は可愛い笑みを見せてくれる育枝。
「ふーん。なら約束だよ」
「わかった」
「ったく、世話が焼けるんだから。さよちゃんには私からフォローしてあげるからとりあえずこれ全部読んどいて」
育枝は自分が読み切った総数五百ページになる本をボンと目の前に置き、席を立ち上がる育枝。そのままさよが小走りで駆けて行った道を辿るようにして歩いて行く。その小さな背中にいつも隣にいてくれる育枝の有難みをしみじみと感じた刹那は心のなかで、ありがとう、と感謝した。お互いに苦手な事やミスした時は支え合い、ダメな事をした時はちゃんと怒ってくれる育枝の為にも今から頑張る事を決意する刹那。
気合いを入れてまずは今読んでいる本の続きを読み切って理解することを目標し、その次に育枝から渡された『超応用編:ダイスゲームと魔適性の関係について』を熟読することにした。最初から応用を読んで理解できる時点で育枝の理解力の高さは刹那の数倍以上とこれはこれで本当に出来の良い妹だなと思わずにはいられなかった。
「机の上では育枝にはやっぱり勝てないか……」
どちらかと言えば実践形式の方が得意な刹那はポツリと呟き本の世界へと意識を集中させる。
地下三階に用意されたお手洗いへと続く廊下でさよは一人涙を流していた。
周囲には誰もいない事は確認済みでここまで来ればあの二人には声が聞こえないと判断する。
もしかしたら、と思っていただけにショックは大きかった。
もっと仲良くなれる、力になってくれる。
勝手にではあるがそう思っていただけに。
「……ぐすっ、ぐすっ、ぐすっ」
いつもなら表に感情が出ないように我慢するのだが今日だけは出来なかった。
いや、育枝と出会ってから自由気ままに自分の想いや感情を表に出せる育枝を羨ましく思い、気付けば影響を受けていた。
「やっぱり泣いちゃたんだね」
と、後ろからやって来ては声をかける育枝。
「これはお見苦しい姿を見せてしまい……申し訳ございません」
誰の為にとは言わないが、オシャレをした上に羽織った綺麗なカーディガンの裾で涙を拭くさよ。
「傷ついた?」
「……はい」
「そっかぁ。刹那の事嫌い?」
「……わかりません」
「そこに椅子があるし一緒に座らない?」
「はい」
近くにある椅子に横並びで腰を下ろす。
それからさよの身体をそっと自分の方に倒して膝枕をしてあげる育枝。
そのまま驚くさよを他所に頭を優しく撫でて落ち着かせてあげる。
――――。
――――え?
突然のことに戸惑ってしまう。
なんで育枝がこんなことを自分にしてくれるのか?
私達は他人だとさっき刹那が言っていた。
なのにどうして優しくしてくれるのか?
そんな疑問が頭の中で浮かび湧いて出てきた。
「ごめんね、さよちゃん。さっきは刹那が酷い事を言って」
「いえ……」
「でもこれだけはわかってあげて。刹那に悪気はなかったの。ただ口が悪くて不器用なだけなの。アイツは……自己犠牲や自分が嫌われる役目を平気でする……だけど根はとても優しくていつも誰かの幸せを願っているそんな男」
育枝の指先から伝わる温もりを感じながら、視線を上に向ける。
「刹那は人の温もりをほとんど知らないの。似た境遇ってわけじゃないけど、刹那は両親にお金を生む道具として育てられたから」
「えっ?」
「刹那が使うイカサマは刹那自身が生き残る為に編み出した生への執着みたいな感じでね。私の才能を見つけた義理のお父さんがね、「お金が必要だからお前も働け」ってある日言ってきたの。だけどその話しはすぐに破談となった」
「どうしてですか?」
「刹那が私の知らない所でね、『アイツを巻き込むな。アイツに求める分の仕事も俺がする』って言ったらしいの。事実それから刹那は自分の学生生活を投げ捨てて私に何も言わず昼夜危険な仕事(賭け事)をしていた。それだけじゃない。家が厳しいのを関係なく私に自由を与えてくれた。好きな物を食べさせてくれて、好きな時間を自由に過ごせる時間もくれた。普通の家庭では当たり前のことかもしれないけどね」
「らしいと言うのはどう言う意味ですか?」
「私はそれを実の母から聞いたの。情けない話しだけど私の親も刹那の親も再婚こそしたけど実は二人共お金にはかなり困っていてね。多額の借金があったんだよ。それもギャンブルで負けて普通の人なら一生働いても返せない額の金額」
「つまり……」
「うん。最後はなんだかんだ刹那がほとんど一人で全部返したみたい。だけど……」
「だけど?」
「結局のところ実の父親に捨てられた。役目が終わった道具は要らないって最後に言われてね。それから私のお母さんと私を連れて今度こそ人生をやり直すと言って遠くに行くことがある日決定した。だけど私だけはそれを断った。子供を平気で捨てる親にならついて行かない方が良いって思って刹那と一緒に当時住んでいた家に残ったんだ。私のお母さんは多額の借金とギャンブル依存症のせいで自暴自棄に入ってまともな判断力は既になかったから何も言わなかったけど私とお別れの日の最後の最後で泣いてくれた。それに私の事だけはまだ見ててくれたから私はギリギリのところで救われた」
微笑みながら続ける育枝。
それはさよに恐怖を与えないように優しい声と口調で。
「だけど刹那だけは違う。道具として生まれ、道具として捨てられた。その時に言われたんだ「お前は付いていけ。俺とお前は元は赤の他人で今もそうだ」ってね」
何処かで聞いた事があるフレーズにさよが戸惑う。
人を突き放すのは大抵の場合嫌いだったり、その人が近くにいることで干渉されたくないことが多い、だけどそうじゃないときもある。
それが大切な人を護るときだ。
敢えて突き放す事でその人の幸せを願う。
それもまた愛の形の一種。
「それって今の私と同じ……?」
頷く、育枝。
「うん。でも私は首を横に振った。それからはさよちゃんが知っている今の私達の関係になった。何があってもこの人なら私を護ってくれるそう思った私は一生刹那について行くことにした。子供の初恋だなんてきっかけは些細な事で充分だしね」
「大好きなんですね」
頬を赤く染めて照れくさそうに答える育枝。
「まぁね。それに刹那は本気で他人だなんて思ってない。もし本当にそうだったらさよちゃんが隣に座ってチラチラと見ていたら気味悪がって絶対に逃げちゃうから。なんで私の隣じゃなくて刹那の隣に座ったかなんて野暮な事はこの際聞かないであげるけど、つまりはそうゆうことだから」
「ばれていましたか」
「当たり前。話し長くなっちゃったけど私は誤解だよって言いたかっただけ。だから一緒に戻ろう?」
「はい」
起き上がるさよに満面の笑みを見せてくれる育枝は天使のように女の自分から見ても素敵な人だなと思った。それにまだ若いのにしっかりしていると。
さよが起き上がると、育枝が手を伸ばし握ってきた。
その手は暖かく安心できる温もりがあった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます