第20話 セントラル大図書館での亀裂


 慌てて咳払いをして。


「すまん、……冗談だ……です」


 育枝の視線が外れたのを横目で確認して一安心の刹那。

 それから真面目な顔に戻って。


「神の国ってペンタゴンの中でいうとどれくらい強いの?」


 再び心底意外な質問だったのか小首を傾けるさよ。


「五種生命体の各国の領首と言う意味でしたら神、天使、吸血鬼、エルフ、人間の順番が一般的だと言われていますが、吸血鬼とエルフにはそれほどの差はありません。だけどそれは一昔前の話しで大和の国がアギルに奪われてからは人間の順位が不明確になり、他のペンタゴンも警戒してか情報をあまり公開しなくなりあくまで暫定順位でのお話しになります」


「なるほど。ならアギルはその神の国の中でどれくらい強かったんだ?」


「人間の国と違い神の国と言っても一つの国から成り立っているわけではありません。アギルがかつて仕えていたのは『帝王の都』と言う神の国でもかなりの強国でした。大和の王となる前はそこの大臣をしており、かつては『帝王の都』の次期国王の地位まで手に入れていたらしいです。そこから推測するにかなり強いのは間違いないかと思います。実際に私も公開処刑を見た事がありますが、私達では対抗すらできない実力でその力は未知数としか言いようがありません」


「ふーん。んでなんでそんなに有力者だった者は自国の王ではなくわざわざこんな疲弊しきった国の王に?」


「負けたのですよ。ここと同じく先代国王がなくなられた日、国王決定戦が行われました。そこで彗星の如く現れた救世主アリス様がアギルを倒されました。その結果アリス様が新女王陛下として『帝王の都』のトップに立たれます。そこからは凄く統括者としての才能を存分に発揮したアリス様は『帝王の都』のトップでありながら、神の国全体の統括者の一人にまでその地位をあげられました。そうなるとアギル程度の実力では対抗が難しかったのでしょう。そこで誰かの上に立ちたい欲が強いアギルは人間の国に目を付けたと言われています」


 ようやくアギルの目的とあの時さよがアリスを倒したと言う刹那達の言葉を簡単に信じなかった理由がわかってきた。だけどあの時感じたアリスは確かに強かったが、魔法抜きとは言え対抗できないぐらいに強かったと言われればそうじゃない。そうなると、本気の魔法という物がどれだけ強力なのか、そこをしっかりと考えなければならない。


「殺傷、暴力、物理的支配は禁止されているこの世界で一度王になった者に反旗を企てる方法は?」


 その質問は意外だったのか、少し言葉を詰まらせる。


「ありますわ。一つだけ」


「……?」


「『ダイスゲーム』です」


「具体的には?」


「例えば大和の国では月に一度自分の力を誇示する為にアギルが行う見せしめがあります。通称公開処刑です。その内容は大和の国で腕自慢かつ自分を良く思っていない物を一人選び行われます。そこに選ばれれば可能です。公開処刑は強制参加の変わりにアギルに負けたら全ての財が奪われますが逆に勝てばその地位(王位)とアギルの持つ多額の富が約束されています」


 ここでようやく刹那もアギルに反旗を企てる具体的な方法を知る。

 後は魔法以前にどうやってその一人に選ばれるかが重要になってくるわけだが、それはこの調べ物が終わってからにする。


「この世界はこの世界で殺傷の類がなくて命は守られているけど、それはそれで別の面倒くさい問題が山積みなんだな」


 本を読みながら、さよとの会話の内容は耳に入っている様子の刹那。

 内心、器用ですね、と思いながらさよは続ける。


「実際そんなことは余裕がある者しか言えませんよ。私達のように家が恵まれていてもアギルに目を付けられ怪しい税金を負担させられでどんどん財を吸い取られる家には希望と言えば希望のシステムなんですよ……」


 どこか寂しそうに浮かない顔を浮かべ、声に元気がなくなるさよを横目で見た刹那は気付いていながら気付いていない振りをする。


 どの世界、どの時代でも変わらないことが一つある。

 金がある者は全てを手に入れ、金がない者は良いように使われる時代。

 刹那達がいた世界の時代では殺人は法律で禁止されていた。

 だけど金のある者の殺人は裏で揉み消されたりと多くの者の反感を買いながらも日常的に行われていた。そう考えると世界が変わった程度では何も変わらないと言う事だ。


「その様子から見て既に目を付けられているのか? その公開処刑とか言う候補者的なものに」


「……はい」


 先日アギルの従者をさよの代わりに倒した刹那は考える。

 あれはただの小手調べにしか過ぎず、従者が失敗した時は公開処刑と予備プランまでがある計画された犯行だったのかもしれないと。


「年に一度王城に募金する制度がこの国にはあるんですけど、そこで売上高の一割を募金した所少ないと言われ……それ以上は無理だと断ると去年から税金を二倍にされ多額の負債を強制的に抱えさせられました」


 少し顔を伏せつつも、黙るのではなく現状をしっかりと伝えてくれるさよ。


「理不尽な世界と王だな。人の目を欺き本命を手に入れる手段としては上出来だがな」

(大方狙いは建物や金ではなく土地かもしれんな)


 有限な物はこの世に沢山ある。

 一国の王ともなれば金はその気になれば幾らでも生み出せるし、その方法は一つではなく幾らでもあるだろう。なのにさよの我が家と店に目を付けると考えるならある程度の予想はつく。

 そして限りある領土の中で価値があり有限な代表例が土地やお金。

 もしこの予想が当たっていると考えるなら独裁の王としては利口だと言えよう。


「具体的にはいつ?」


「……三日後の週末です」


「時間は?」


「十二時です」


「告知はいつ来た? その方法は?」


「先日刹那さん達がお出掛けをしている時にアギルの従者が来て、先日の『ダイスゲーム』は反旗そのものであると判断した。よってこれを渡しに来たと言われ手紙を直接受け取りました。内容は言わなくてももうわかると思います」


「それは大変。どおりであの日二人が夜遅くまで店の中に残っていたわけだ」


 民主主義制度を利用していないことからトップの機嫌や言葉一つで全てが変わる独裁政治。別にどちらがいいと言うわけではないが、お金がある所から搾り取れるだけ搾り取るのは正直可哀想だと思う。ただしそれは下の者の気持ちで自分がもし上だったらそれが合理的にお金を手っ取り早く集める方法だとも思う。客観的に見れば独裁政治は独裁政治でいいところがあるし民主主義は民主主義でいいところがある。そもそもこの世界に民主主義があるかすら知らないがその両方をしっかりと把握し理解している刹那は運が悪かったんだな、と他人事のように心の中で言葉を紡いだ。


「まるで他人事のような口ぶりですね」


「実際に俺達は他人だからな」


 その言葉は冷たく弱った女の子にはとても刺激が強かった。

 口元を手で覆い隠し漏れそうになるうめき声を殺し、涙目になりながらも泣くのを堪えるがすぐに我慢できなくなったのか、席を立ち小走りで何処かへと行ってしまう。

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