第11話 槍の授業の不穏なメンバー
国立魔術学院の体育の授業は独特だった。
魔術を操るものは、武器の扱いにも慣れていなければならない。なぜなら水の剣や火の矢、風の鎌といったものを魔術師は使うことが多々あるからだ。
三年生になると、どの武器を専攻するかを決めなければならないのだが、大半の生徒たちが剣を選んだ。
シンシアも剣を選んでいた。
だが私は剣が苦手だった。
剣を持って振るのはまだいい。
けれど、人に剣を向けられると、トラウマのようにあの出来事が脳内に蘇り、体が震えてしまう。剣で殺された記憶を持つ私にとっては、本物の剣を使う剣技の授業は耐えがたいものだった。
その結果、私が選んだのは槍だった。
槍は剣より重く、女性には少々不利な武器であったが、何より授業の中で馬上槍試合ができるのだ。
馬上槍試合はレイアの国技であり、四年に一度、王都で国王の御前大会が開かれている。一度目の私が死んだ年は、丁度大会が開催されるはずの年だった。何もなければ、絶対に観戦しに行っていたのに。
バラル州にいた頃は、祖父に連れられて、弟と毎年夏の終わりに行われる馬上槍試合を観に行っていた。バラル州で流行していたのは一騎討ちの試合で、ジョストと呼ばれていた。
領主一族のための観覧席が設けられてはいたが、私はいつも領民たちに混ざって、立ち見をしていた。そちらの方が選手たちとの距離が近く、走る馬の迫力を肌で感じられるからだ。
鎧を纏い、長い槍と盾を持った騎士が馬に乗り、向かい合って会場の両端から駆ける。そうして互いがすれ違う瞬間に、相手の盾を槍で突くのだ。安全のために鋼鉄ではなく木製の槍が使われるのだが、木製の槍はしばしば試合で折れた。
騎士と騎士が対峙した瞬間、バキっと大きな音がして長い槍が割れるように砕ける。細かな破片が舞い散り、衝撃の強さを物語る。
芝を駆け抜ける馬が巻き起こす風の青い香りと、大地を揺さぶる振動。それがジョストの醍醐味だ。
試合は落馬をした方が負けとなり、その一瞬の隙をつく緊迫感が、私は好きだった。
ところが、槍を選んだ女子生徒は私とキャサリンナだけだった。
「な、なんでお前が槍を専攻しているのよ!」
授業の初日に、キャサリンナは校庭に出るなり私に食ってかかってきた。
「剣が嫌いだからよ。そういうあなたは、どうして…」
どうして槍を選んだのか、なんて聞くまでもなかった。
ギディオンも槍を専攻したからだ。
槍の授業を専攻した三年生たちは、全員で十五人だった。校庭の一角に集められた私たちの中に、ギディオンがいるのが見えた。
先生から配られた練習用の木製の槍を持って、裏返したりしてその長い胴体を熱心に眺めている。同じく槍を選んだマックは、早速その場で槍を振り回し始めて先生にきつく叱られている。
キャサリンナはギディオンの近くにいたいからって、槍を選んだのだろう。
なんて分かりやすい。
女生徒はキャサリンナしかいなかったので、槍を使って対戦の実技をするときは、私はいつもキャサリンナと組まされた。武器の授業では、純粋に武術を学ぶために魔術が使用厳禁だった。だから男女の力の差が、露骨に出てしまう。
そして二人で試合をすると、いつも私がキャサリンナをけちょんけちょんに負かしてしまっていた。志望動機が不純だからか、彼女の槍の腕前は酷いものだった。
やがて一学期が終わる頃には、先生も仕方なくキャサリンナではなく男子生徒とも対戦するように私に言うようになった。
そうして組まされるのはいつも、ギディオンだった。
ある時私はたまりかねて、槍の先生に直談判した。槍の授業を担当するのは、オールバックがトレードマークの、品のある中年男性の先生だった。彼は黒髪を自分でさらに後ろになでつけながら、私の話に耳を傾けてくれた。
「どうしていつもギディオンなんですか? 他の子とも練習をして、腕を磨きたいんです」
すると先生は人差し指を立てて左右に振り、言い聞かせるように言った。
「ギディオンでなければリーセル、あなたが怪我をしてしまうからですよ。槍は怪我を負いやすいのです。ギディオンは武術が得意ですから、うまく相手に合わせることができるでしょう?」
そう言われて私は隣に立つギディオンをキッと睨んだ。つまりギディオンは私と戦う時は、いつも手加減をしてくれているということか。
右手で槍をぐっと握りつつ、尋ねる。
「あなた、いつも少し手を抜いて対戦してくれてたの?」
ギディオンは困ったように薄く笑った。
「手を抜いたりはしないよ。リーセルはいつも真剣だし。――でもリーセルに怪我を負わせるようなことは、絶対にしない」
そこへキャサリンナが割り込んだ。
「先生! リーセルが不満に思っているなら、私がギディオンのお相手を務めますっ!」
「キャサリンナ・ジュモー。あなたには腕立てを命じていたはずです。これ以上サボるなら、剣か弓のクラスに行ってもらいますよ」
「お父様に言いつけてやる!」と憤慨して顔を真っ赤にしつつも、キャサリンナは腕立てを再開した。意外にも超高速で、なかなかの腕前だった。
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