第10話 試験の終わり
「そう落ち込まないで。学年二位だって十分すごいんだから」
「ありがとシンシア。――もう一枚、ステーキ頼んで良い?」
テストが終わったその日の夜。
私はシンシアとマックの三人で、学院の近くにある街の食堂で夕食を食べた。
学生は夜に外出してはいけない規則だったが、学期の終了日だけは特別に許されている。
他の学生達はオシャレで高級なレストランに行ったようだが、私たちは気取らない食堂が好きだった。
服に気を遣わなくて良いし、何より安い。
マックはレモンを絞った炭酸水をがぶ飲みすると、聞いてきた。
「ところでさ、リーセルってなんでそんなに一位にこだわるの?」
「ん〜。正直なところ、一位になりたいと言うより、ギディオンに勝ちたいからよ」
「なんで? 生まれも顔も良くて、性格も良くて雰囲気も爽やかで、人気も実力もあって、むかつくから? ちょっとは人生、苦労してみろよ、って思うから?」
マックの酷い言いように、シンシアと爆笑してしまった。
「マック、聞くまでもないじゃん! すっごく私の気持ちが分かってるじゃないの」
「いや、それほどでも。同性からするとそう感じるけど、女の子達はどう思うのか俺には分からなかったからさ」
私は注文していたカップケーキが届くと、シンシアの前に置いた。ケーキの上にカラフルなクリームで、シンシアが好きなひまわりが描かれているやつだ。
「これ、好きだったでしょ。シンシア、十五位おめでとう!」
「ありがとう! やっと前から数えた方が早い順位になれたの。貴女のおかげよ、リーセル。夜遅くまで私の下手くそな魔術の練習に付き合ってくれて」
魔術師は水や風、火の三つの全ての力を操れないといけなかったが、シンシアは特に火が苦手だった。
風や水と違い、元素の力を五感で感じにくくて、操りにくいのだ。
「散らばる元素をかき集めて擦り合わせて、火を作るのよ」となんとか私なりのアドバイスをするも、なかなかシンシアは火を手の上に出せなかった。
テスト前の練習では、どうにか課題をクリアできる、オレンジくらいの大きさの火の玉を飛ばすことができたのだが、コントロールがマズすぎて、正面にいた私の前髪が丸ごと燃えてなくなった。
それを思い出したのか、シンシアはカップケーキを前に、泣きそうな顔になった。
「リーセル、その前髪、ほんとにごめんなさい」
「いいのいいの! 視界良好で、スッキリしていいわよ! というか、あんな目の前に立ってた私が悪かったんだし」
「カップケーキ、いらないなら俺が食うぜ〜」
さっと横から手を出してケーキを取ろうとしたマックの手を、シンシアが素早くはたく。
「だめよ! 私が食べるんだから!」
カップケーキを守るように両手で抱えるシンシアがおかしくて、マックと私は笑った。
美味しそうにカップケーキにかじりついたシンシアを見ながら、私は話しかけた。
「成績が上がって、ご両親も喜んでるでしょ?」
カップケーキから顔を離したシンシアに、ヒマワリのような笑顔が広がる。
「うん。私、卒業したら絶対王宮の魔術庁に就職して、親に恩返しがしたいの」
魔術庁は国内の魔術師が集まる組織としては、頂点だ。
国内の全魔術支部をまとめる存在だ。
「王宮で働きたいなんて、意外」
「だ、だって魔術師としてこんな名誉なことはないわ。お給料もいいし。マックもでしょう?」
きのこのアンチョビオイル漬けをつまみつつ、シンシアがマックの方に視線を向ける。
マックはその燃えるような赤い眉毛を、ひょいと高く持ち上げた。
「もちろん。狙うだけなら、タダだしね、俺は貴族じゃないけど、十番以内なら王宮勤めが当確って聞くし」
うんうんと頷きながら、シンシアが小首を傾げて私を見た。そうして、知っているけれど念のため聞く、といった様子で聞いてきた。
「リーセルはやっぱり王宮は狙わないの?」
「そうね。いろいろ事情があって……」
シンシアとマックは互いに同時に顔を見合わせた。
いろいろってなんなの、と腑に落ちなさそうな感情を目の中に見せつつ、それでもこれ以上は聞いてこなかった。
私が王宮を怖がる理由を、二人は知らない。
きっと、いつか私が自分から話すのを待っている。でも時間が巻き戻った、なんて荒唐無稽な話は、とてもできない。
だって、そんなのあり得ないもの。時間は普通、進むだけだ。こんな話は、ちょっとキツめの妄想癖、なんて可愛らしいものじゃない。
常識的に考えれば、話すのはやめておいた方がいい。
いくら仲の良い友達であっても。
「まあ、とにかく三年生になっても、頑張ろうね!」
私達は互いの健闘を祈り、二年生を終えた。
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