第7話 十五歳・わたしのライバル
ジリリリ、というベルの音とともに、学生達が教室から飛び出す。
長い灰色のローブを羽織った彼等が走り出すと、ローブの裾が広がり、まるで蝶のように見える。
「成績が貼り出されてるわよ!」
シンシアが私の手を引き、廊下へと連れ出す。
廊下は既に駆けつけた学生たちであふれていた。同じ場所に皆が集まっているので、近くにいる生徒達の腕や肘が当たる。
みんな、興奮で浮き立っている。
(今度こそ、絶対に首席の座を奪ってやる!)
十三歳で魔術学院に入学し、はや二年。
高い学費のせいか、ほとんどの生徒が貴族や豪商といった、お金持ちの子息や令嬢であるこの学院で、私はいつもトップの座を狙って力んでいた。何しろ私だけは二度目の学院生活だ。
前回学んだ王立学院とは教師陣が違ったけれど、学ぶ内容はほぼ同じ。全部一度記憶済み、もしくは経験済みなのだから、私は強い。
そして何より私の競争心を駆り立てたのは、ただ一人の存在だ。
廊下の壁の上部に貼り出された、長い紙を目で追う。
学年最下位の七十番の氏名から、上へと目が上がっていくにつれ、緊張で鼓動が強くなる。
二位に自分の名前を見つけた瞬間、私は脱力して廊下に座り込んでしまった。
(また……またダメだった!! 今回も二位だなんて)
一位に君臨するのは、毎年同じ奴だった。
ギディオン=ランカスターだ。公爵家の長男。
血の滲むような努力をしたのに。
ここまで猛勉強をしたのに。
あんなやつに、負けたくない。
毎日授業が終わると、図書館に行って勉強した。もっとも、いつもギディオンも図書館にいたけど。
大半の時間はクラス最下位の成績のシンシアに、なんとか這い上がってもらうために勉強を教えるのに割いたけど、それでも彼より少しでも長く勉強したいと思って、ギディオンより先に寮に帰ったことはない。
「あんなに猛勉強したのに!! ギディオンに負けた!」
私をハメた、あの性悪聖女の「お兄様」なんかに。
「リーセル、そ、そんなにショック受けないで。たった三点の差じゃない」
シンシアが私の背をさすり、慰める。だが、三点。その超えられない三点の差が、とてつもなく大きな差なのだ。
「毎回首席だなんて、ギディオンは化け物よ」
思わず呟くと、そばにいた数名の女子たちがきつい目つきで私を睨んでくる。
「ちょっと、言葉に気をつけなさいな。ランカスター公爵家に失礼よ」
「四大貴族どころか、辺境貴族のあなたが、ギディオン様に敵うはずがないじゃないの」
貴女たちには軽々勝ったんですが、という反論を何とか飲み込む。
万年首席で名家の出、おまけに品行方正で容貌が極めて優れているギディオンは、一部の女子たちから絶大な人気を誇っていた。彼は貴公子の見本のような、非の打ちどころのない男子生徒だった。
その結果、大変バカバカしいことに、学院にはギディオンのファンクラブが存在した。
彼女たちはこのファンクラブの会員なのだ。
会員達は陰で「ギディオン親衛隊」と呼ばれていた。
おまけにこのファンクラブ、なんと多額の入会金まで取るらしい。
ファンクラブに入ると、どこで誰が盗むのか、「ギディオン様の使用済みペン」とか「ギディオン様の片方の靴下」とやらまで、買えるらしい。
片方盗まれて、ギディオンも困っているだろうに……。
親衛隊はギディオンに関しては、意味不明なまでに偉そうにしていた。とにかく、厄介で面倒くさい人たちだ。
ギディオンに挑もうとする私は、彼女たちからすれば、鬱陶しいハエのようなものなのだ。
私の腕を、シンシアがギュッと握り、目の前で腕組みする女生徒たちを睨んだ。
「差別はやめて。こ、ここでは同じ、魔術を学ぶ生徒だわ」
「いくら魔力があっても、それとこれとは別よ。私たちのような、由緒正しい貴族達とは、どう足掻いても同じ土俵には立てないわ」
土俵も何も、皆で同じテストを受けているのだが。
正論で反論しても、通じる相手ではない。疲れるだけなので、これ以上言い合う気はない。
一方でシンシアは怒りで顔を赤くしていた。周囲にいる他の生徒たちが私たちの不穏な雰囲気に気づき、廊下全体の視線が集まる。
「邪魔くせーな。喧嘩すんなら校庭にでも出ろよ」
親衛隊を押し除けて成績表を見に来たのは、マクシミリアンだった。
押さないでよ!と文句を言う親衛隊達を無視し、彼は苦笑した。
「あ〜あ。俺は七番か。――ま、いっか。七はラッキーな数字だしな!」
「まだ実技があるわ! 私、実技のテストでは必ずギディオンに勝つから」
「おう。その意気だよ! 頑張ろうぜ」
もっとも、実技のテストでもギディオンに勝ったことなんて、一度もないのだが。
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