学院の章

第5話 誤算だらけの魔術学院入学式

 私の進むべき道は、はっきりしていた。


 魔術学院に入る道は、外せない。魔術は私の誇りだし、クロウ家の家計や領民のためにもなるからだ。

 国立魔術学院に入学して、より高度な魔術を学ぶ。

 そして卒業したら王宮などには就職せず、バラル州の魔術師の組合である、バラル魔術支部への就職を狙うのだ。そうすれば一生食うには困らず、むしろ祖父や将来この家を継ぐ弟を助けていける。


 問題は、両学院のレベルの違いだった。王立は授業料が高いが国立よりも入学しやすい。

 だから、国立を狙うのであれば、猛勉強をして、前回よりも偏差値を上げなければならない。


 私はがむしゃらに魔術磨きに力を入れた。

 三度の飯より、魔術書。

 一度に使える魔術は、無限ではない。

 訓練次第で使える魔術量は増えるが、まだ子どもの私に使える魔力は限られている。魔術を使うときは、常に『上限点』を意識しないといけない。

 例えば際限なく水の蝶を出し、飛ばし続けて魔力を使うと、全身に漲っていた水の力が、燃料切れのようになくなっていくのを感じることがある。

 それでも術を続けると、更に指先が痺れていく。これは魔術師が『上限点』と呼ぶ値に近づいた証だ。

 無理をして上限点を超えてしまうと、失神をしてしまうらしい。そうなると目が覚めた後も、魔術を一時的に制御できなくなり、数日間は魔術が使えなくなるのだという。

 だから魔術持ちの者は、誰もがこの上限点を超えないよう、常に意識して魔力を操るのだ。



 私は全精力を自分の魔力を上げることに、傾けた。前回とは違う学院に行き、人生を変える。

 だって二十歳で死にたくないもん。

 頑張るしかない。


 そして、十三歳の春。

 私は王都郊外にある国立魔術学院への入学切符を手に入れた。

 これで、王太子の剣のシミにならなくて済む。


 魔術学院は王都に近いとはいえ、自然に囲まれた静かな所にあった。

 高い塔を持つ煉瓦造りの校舎に、広い校庭。周囲は林だった。


(王立魔術学院より、広々していて雰囲気も素敵! 嬉しい……!)


 ここに全国から選りすぐりの魔力を持つ、ひと学年七十人の一年生から五年生までの生徒達が集まり、寮生活を送りながら学ぶのだ。


 こうして迎えた入学式当日。

 私にとっては二度目の入学式だけれど、かなり緊張をしていた。何しろ前回とは違う学院だ。

 灰色の長いローブを纏い、他の新入生達と講堂に集まり、入学式に挑んでいた時。

 女生徒達が黄色い声で噂をするのが聞こえてきた。


「ねえ、私たちの学年にギディオン・ランカスター様がいらっしゃるそうよ!」

「うそ〜! あの公爵家の!?」

「なんてラッキーなのかしら! あのギディオン様と学友になれるなんて」


(嘘だ!)


 心の中で叫ぶ。

 そんな、そんなはずない。

 なぜなら、私の記憶が正しければ、ギディオンは魔術学院の卒業生ではないからだ。貴族の中でも家格の高い四つの名家である四大貴族の子ども達は、魔力があっても伝統的に魔術学院では学ばず、同等の教師を家庭教師として屋敷に招いて魔術を習得するのだ。

 それがなぜ、入学してきているのか。

 それもよりによって王立ではなく、この国立魔術学院に。信じられない。


 起こるはずではなかった、変わりすぎた事態に、脳内は軽くパニック状態だった。

 鼓動が激しくなり、座っているだけなのに呼吸が速くなる。

 校長先生の祝辞は一切耳に入ってこなくなった。


(ギディオン! 今回は、どうしてあなたとこんなに縁があるの?)




 入学式が終わると、更なる思いがけない事態に、少々めまいがした。

 なんと私とギディオンは、クラスまで同じだったのだ。

 教室の入り口で立ち尽くしていると、誰かが優しく肩を叩いた。


「あ、あの。あなた、大丈夫? 顔色が悪いわ」


 気遣って声をかけてくれたのは、茶色い髪に茶色の瞳の、凄く色白で大人しそうな女の子だ。


「ありがとう。ちょっと緊張して」

「あなたも、一組?」


 学院はひと学年が二クラスあり、成績順で一組から入れられていた。出席番号も成績順だ。


「そうみたい。出席番号が四番だから」

「よ、四番! すごいのね。私は三十五番なの」


 どうやら彼女はこの一組では最下位らしい。


「私、リーセル・クロウよ。バラル州からきたの。リーセルって呼んで」

「私はシンシア・スミスよ。シェルン州出身よ。平民だから、こんなに貴族ばかりのところが、恥ずかしくて…」


 もじもじと長い茶色の髪を撫でつけながら、シンシアが照れ臭そうに笑う。

 王立学院には貴族ばかりだったが、少し学費が安い国立学院には平民もちらほらといた。どちらかと言えば貴族の中では底辺階級にいるので、私にとってはこちらの方が居心地がいいかもしれない。

 突然、後ろからやってきた男子生徒がシンシアを小突いた。


「何卑屈なこと言ってんだよ。学び舎じゃ、身分なんてカンケーねーだろ!」


 シンシアが振り返る。


「マック、あなたも一組?」


 親しげな様子を見るに、二人は知り合いのようだ。

 困惑して二人を交互に見つめていると、シンシアが説明してくれた。


「マック……、マクシミリアンは、隣の街の本屋の子なの。私の父が本好きで、私達は幼馴染で…」

「だいたいシンシア、お前の家は豪商だろ。そこらの貧乏貴族よりよほど金持ちだろ」


 あれ、それうちのことですかね。


「そ、そんなことない」

「平民ってのは、俺んちみたいなのを言うんだよ」


 かく言うマクシミリアンの出席番号は二番だった。

 彼は「貴族になんて負けてたまるか」と言う野心と反骨心で、その空のように真っ青な目をギラギラさせていた。


 そしてギディオンの出席番号は、まさかの一番だった。

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