第25話 グロット・スパイダー

 強い衝撃を受けて一時的に機能停止していたカティアだが、自己修復機能によって意識を取り戻して自分と周囲の状況を確認した。自分達を連れ去った敵が近くにいるかと警戒するも気配は感じられない。


「一体なんだったのでしょう・・・・・・カナエ様、大丈夫ですか?」


 ライトによってカナエの姿が浮かび上がり、彼女もまた気絶しているようだ。カティアは何度か呼びかけ、するとカナエもようやく目を覚ます。


「いてててて・・・ったくなんだよもう・・・・・・」


「お怪我はありませんか?」


「多分、大丈夫。あたしは頑丈だからな」


「ならいいのですが・・・困ったことになりましたね」


「ああ・・・こいつぁピンチだな」


 脱出しようにも体が動かない。これは怪我などが原因ではなく、二人の四肢に白い粘着質なロープ状の糸が巻き付いているからだ。どうやら拘束されてしまったようで、魔具を取り出すことすらできない。


「大きな蜘蛛の巣の中にわたし達は囚われているようですね・・・・・・この白い拘束物は蜘蛛の糸といったところでしょうか」


「だな。けど相手はただの蜘蛛じゃない。魔物だ」


「魔物、ですか? 蜘蛛の特性を持った?」


「グロット・スパイダーっていうヤツさ。メチャクチャ大きな蜘蛛型魔物で、鉱山や地下やらに好んで住んでいる。コイツは雑食で、鉱物でも人間でも何でも喰っちまうんだ」


 グロット・スパイダーはカナエも何度か遭遇したことがある魔物であった。蜘蛛をそのままスケールアップしたような魔物で、おぞましさと気色悪さで見たくもない相手である。この相手とは戦う気にもならず、遺跡などで出会った場合は即座に撤退するのがカナエの対処法であり、こうして捕まってしまうのは初めてだ。


「一人じゃないという油断が警戒心を緩めちまった。マヌケだよ、あたしは・・・・・・」


「何か対処法はありませんか?」


「現状では無いな。捕まったら最後、自力で抜け出すのは不可能だろうよ」


「食べられてしまうのでしょうか・・・・・・」


「あるいは卵を産み付けられて苗床にされるかだな。どっちにしろ最悪だ」


「ああ・・・マリカ様・・・・・・」


 主たるマリカがどうなったかも分からない現状で、カティアは自分の不甲斐なさを責めるのであった。






 一方その頃、マリカとエーデリアは捕まった二人を助けるために行動を開始していた。


「暗闇の中を歩くのは危険ですから、コレを使います」


 メイン通路のようにランタンでもあればよかったが、ここは誰も立ち入っていない場所で光源などない。そこでエーデリアはカバンの中から拳大の結晶体を取り出して魔力を流す。すると結晶体が発光して周囲を明るく照らし始めた。


「魔結晶だね?」


「はい。魔力や魔素に反応する特殊な結晶体です。様々な用途に使うことができて、コレは発光機能を付与された魔結晶なのですよ。カティアさんのライトほど強力ではありませんが、今はこの魔結晶を頼るしかありませんね」


 人は灯りを見ると安心するもので、魔結晶の輝きを見たマリカはこの異常な環境下でホッとして一息つく。しかし安穏としている余裕などなく、カティア達のことを急いで救出しなければならない。


「ここは資料にあった日ノ本エレクトロニクス社の施設のようですね」


「でもこのフロアだけじゃないんでしょう?」


「何層かに分かれているようで、ここは施設の上部にあたる一部だと思います。カナエさん達はこの施設のどこかに連れ去られたようですが・・・・・・」


 マップでもあればいいが、こうなれば手当たり次第に探して回るしかないようだ。


「しかもあの敵・・・グロット・スパイダーだよね」


「恐らく。面倒な魔物ですし、尚更カナエさん達が心配です」


 マリカ達には糸しか見えなかったが、あのような技で獲物を捕らえる魔物といえばグロット・スパイダーと断定して間違いない。その危険性をマリカとエーデリアも知っているからこそ、焦る気持ちを抑えることができなかった。


「わたくし達までもが捕まっては元も子もありません。離れ離れにならないよう、急ぎつつも慎重に行きましょう」


「だね。グロット・スパイダーに捕まって卵を産み付けられるなんて想像もしたくないからね・・・・・・」


 ヘンな想像をして身震いし、マリカとエーデリアはひとます視界に入った扉へと足を向ける。




 いくつかの部屋を確認して回るマリカ達だが、カティアとカナエを見つけることができない。予想以上に施設は広く、緊張も相まって時間の感覚が失われていて、もう何時間も探索しているのではという錯覚に陥るほどだ。


「くそ・・・マジでどこにいるんだ・・・・・・」


 苛立ちを覚えるのも仕方ないだろう。剣を握る右手に力が入り、グリップ部分は汗で濡れていた。


「マリカさん、何か気配を感じませんか?」


「気配・・・?」


 エーデリアの言葉にマリカは足を止める。そしてジッと耳を研ぎ澄まし、目で索敵を行う。


「・・・いる。音がする」


 カナエが聞いたのと同じカサカサという音が微かにマリカの鼓膜を震わせた。現在マリカ達がいる部屋は兵器実験室でそれなりの広さがあり、大きな通気口もいくつか天井や壁に設置されている。そのどこかに敵が潜伏していてもおかしくはない。


「この音、どちらかというとゴキ・・・」


「や、やめてくださいマリカさん! あの黒光りする昆虫はわたくしのトラウマなのです・・・・・・」


「でもやっぱりゴキ・・・」


「名前も聞きたくありませんっ!!」


 エーデリアが耳を塞いだ瞬間、マリカの視界の端で何者かが動いた。サッと横移動したソレは、エーデリアに狙いを定めて白い糸を発射する。


「エーデリア!」


 マリカは咄嗟に飛び出し、糸を横から剣で切断した。この粘着質な糸も魔力を帯びた刃の一撃なら容易に切れるようで、バッと切り落とされた糸は軌道を変えてエーデリアの近くの床に付着する。


「でたな! やっぱりコイツか!」


 射線上の天井に張り付いているのは自動車並みの大きさの蜘蛛、グロット・スパイダーだった。通気口の中からマリカ達を監視し、隙を見て攻撃を仕掛けてきたようだ。

 糸による拘束に失敗したグロット・スパイダーはマリカ達の近くへ落下し、直接攻撃をかけてくる。


「ホントにキモいな!」


 近くで見ると余計にグロテスクで吐き気を催す形状をしており、バックステップで飛びかかりを回避する。

 普段は暗闇に潜み、奇襲を仕掛ける知能を持っているグロット・スパイダーだが決して臆病なわけではない。仮に不意打ちに失敗した時は果敢に攻めこみ、その機動性を活かして敵を翻弄して、弱ったところを確実に捕まえようとしてくるのだ。


「くらえよ!」


 剣による薙ぎ払いをジャンプして避けたグロット・スパイダーは、後退しながらも再び糸を発射する。動きながらにも関わらず正確な射撃で、糸はマリカの肩を掠めた。


「ちょこまかと動いて・・・!」


 グロット・スパイダーのパワーや防御力は並みの魔物程度しかないが、特筆すべきはそのスピードである。多脚による旋回性能も高く、当たらなければ問題無いを体現した戦闘を行う。これでは魔弾で狙撃するのも困難だし、近接戦では尚更斬撃が当たる相手ではない。


「エーデリア、敵の背後を!」


「了解です!」


 一対一では分が悪く、こうなれば挟み撃ちをするしかない。エーデリアがグロット・スパイダーの背後へと回り込み、マリカとの挟撃体勢に入った。

 だが、それを見て不利を察したグロット・スパイダーは跳躍し、天井へと張り付く。こうすれば敵との距離を仕切り直して自分の優位な戦況を作り出せる。


「降りてこい!」


 マリカの叫びを無視してグロット・スパイダーは通気口の中へと消えてしまった。これでは追撃することもままならない。


「逃げられたか・・・・・・」


「ともかく進みましょう。恐らく敵は味方に危機を知らせたのだと思います」


「さっきの個体はテリトリーに侵入した私達を試したってことか」


「グロット・スパイダーは他の魔物より高度な思考を可能としていますからね。しかも複数体で巣を作り共同生活をしていると魔物研究者が仰っていました。強敵相手には集団で襲い掛かるとも・・・・・・」


「あのサイズの蜘蛛が何体もいるのか・・・・・・」


 あんなバケモノ蜘蛛に囲まれたら生きた心地がしないだろう。マリカとエーデリアは撃退したことに安堵せず、隣接された実験室へと踏み込む。


「ここもハズレ・・・ん?」


 実験室の中央部、縦長のテーブルの上に置かれた物体にマリカは目を留める。


「どうしましたか、マリカさん」


「これはカティアに使えそうだ」


「この機械ですか・・・?」


 背負い物の機械はアンドロイド用のオプションユニットだと推測した。接続基部がこれまでにカティアが装備したユニットと同じ形をしているのことからである。


「多分アンドロイド用の機械だよ。カティアに装着すれば今の状況を打開するキッカケになるかも」


 リペアスキルで修復すると金属特有の鈍い輝きを取り戻し、魔結晶の光を反射する。これがどのような機能を持ったユニットかは知らないが、事態を好転させる可能性があるなら試す価値はあるだろう。

 グロット・スパイダーの追撃が始まらないうちに移動を再開し、二人の無事を祈りながら捜索を続けるマリカ。

 果たして、再会することはできるのだろうか・・・・・・


  -続く-







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