第24話 地下道の闇

 三番街地下道の中は意外と広く、現場作業員達の努力によってかなり掘り進められているようだ。いわゆる地下鉄などの構造に近いもので、人工的な加工のされた壁などにマリカは興味をそそられる。

 各所に吊り下げられたランタンなどの光源を頼りにマリカ達は奥へとすすんでいった。


「ここは旧世界で使用されていた地下道のようですが、長い年月を経たことで老朽化し、崩れた箇所から土砂などが流入して通れなくなっている箇所が多数あります。我々はそれを排除して資料にあった地下研究所を目指しているのです」


 現場責任者の言うように周囲の壁には錆びやヒビが入っていて、それを補強しながら邪魔な岩石や土砂を地表に運んでいるらしい。その途中で崩落事故が発生したようだ。

 

「問題は、その崩落事故によってトロッコ用の線路が破壊されてしまったことなのです。人の手で運ぶことが不可能な障害物をトロッコを用いて運んでいるので、これが壊れてしまうと作業ができなくて・・・・・・」


「なるほど。普通であれば復旧には時間がかかるでしょうが、ご心配には及びません。何故ならリペアスキル持ちの一級魔導士がいますから」


 エーデリアはマリカにウインクを飛ばす。こういう時、物を修復するリペアスキルは有用な能力であり、今こそマリカの出番だ。


「任せてください。私のリペアスキルならきっと直せるはずですから」


「頼もしいです! さすがはエーデリア様のお知り合いの魔導士様ですね。ですが、もう一つ問題がありまして・・・・・・」


 現場責任者は嬉しさから一転して再び表情を曇らせる。


「それはどのような?」


「実は最近魔物の目撃情報がありまして・・・・・・目撃と言っても確かなものではなく、魔物と思わしき影を見たとか。私自身は見たことはないのですが、最前線で作業していた者がそう証言しているのです。実際に行方不明者も出ておりまして・・・・・・」


「行方不明者? そのような報告はわたくしは受けておりませんよ?」


「本社の方に話したのですが”魔物などいるワケがない。いなくなったヤツは仕事が嫌になって逃げだしたのだろう”とマトモに聞いてもらえませんでしたので・・・・・・」


「母達はこれだから・・・!」


 母親達上層部への怒りを感じてエーデリアは憤慨している。閑職へと追いやられたエーデリアにもそうした情報は共有されず、現場の戯言と無視を決め込むつもりだったらしい。今回の崩落事故だって偶然知り得たことであった。


「魔物らしきものが目撃された地点はまだ先ですか?」


「はい、崩落現場に近い場所でもう少し先に行った所です。この地下道は大きなメイン通路の他にも脇道などもいくつかあって、そうした狭い通路で何かが動いたという話が・・・・・・」


 正体不明の相手など不気味そのもので、ホラー映画の冒頭のようなやり取りである。


「地下で妙な魔物らしき相手ねぇ・・・なんか嫌な予感がするな。グロット・スパイダーのようなキモい魔物じゃなければいいけど・・・・・・」


「ともかく調べてみないといけませんね」


 周囲を警戒しながら進み、事故が起きた崩落現場へと到着する。天井に大穴が開いて岩塊などが落ち崩れていて、それによってトロッコ用の線路がひしゃげて通行止めとなっていた。


「ここが問題の・・・・・・」


「怪我人は既に退去させました。後は、この行く手を塞ぐ障害物を取り除くだけの状態にはなっています」


「ふむ。しかし、また崩落が起きないとも限りません。穴の開いた天井付近は老朽化で腐敗も進行しているようですし、マリカさんのリペアスキルで保善は可能でしょうか?」


 マリカは頷き、ハシゴを使って天井へと近づく。そして掌に魔力を集中させ、淡い燐光が拡散されて傷ついた天井へと流れる。


「さすがはマリカさんの能力。これで穴の拡大は防ぐことができましたね」


「あとは欠損部分にパーツを当てはめれば塞げそうだ。カティア、そこに落ちている天井の破片を集めてくれるかな?」


 地面には崩落によって砕けた天井のコンクリートが散らばっていて、それらをカティアから受け取った。多少の欠落ならリペアスキルで形成できるが、修復部分が大きい場合は部品を回収して当てはめるか、代わりになる同質の素材などが必要になる。


「トロッコ用の線路のほうはどうでしょう? 直せますか?」


「うん、これならいけそう。曲がってしまった部分にリペアスキルを使えば元に戻せるからね」


 そのマリカの作業を見守っていたカティアだが、何か動く気配を感じてそちらに視線を移した。


「皆さん、何かが動きました。向こうの通路に・・・・・・」


 カティアが指さすのは、マリカ達のいるメイン通路に繋がった細い脇道だ。そちらはまだ調査が行われておらず、メイン通路の開通を急いでいたために後回しにされていたのである。なのでランタン等の光源が設置されていないために真っ暗であった。


「そちらの道はまだ踏み入っていませんので、作業員もいないはずですが・・・・・・」


「なら魔物の可能性がありますね。わたくし達が行ってきますので、退避を」


 現場責任者を地表へと後退させ、脇道にマリカ達が向かう。人が横三人並んで歩けるほどの広さで、大型の魔物が潜伏できるような場所ではない。


「暗いね・・・魔力で視力強化しても先が見えないな」


「お任せ下さい、マリカ様! このような時のための機能も有していますので!」


 先頭に立ったカティアの目が発光し、懐中電灯のように前方を照らす。アンドロイドの目となるカメラ・アイにはライトとしての機能があるようだ。


「なんと。カティアさんの目が・・・?」


「カティアちゃんは人間じゃないんだってさ。あんどーろいどって種族らしいよ」


「アンドロイドですか? 確か旧世界で製造されていたと文献で読んだことがあります。わたくしも詳しくはありませんが、人間と遜色無いレベルの機械であると・・・・・・」


 考古学者が発掘した資料の中にはアンドロイドに関する記述が書かれたものもあった。それを見たエーデリアは旧世界の技術に感嘆したが、その実物が目の前にいる少女だとは信じられない。あまりにも人間そのもので、とても機械であるとは思えなかったからだ。


「私のリペアスキルで直して、それからは私のメイドとなってウチの店も手伝ってくれてるんだ。とても頼もしい存在だよ」


「えへへ・・・マリカ様にそう言って頂けて嬉しいです」


 照れがライトの光量にも表れ、先程よりもカッと眩しく通路全体を照らした。

 その光の中、マリカ達は通路に異常を発見して警戒を強める。


「床に穴が開いているな・・・さっきの天井に開いていた穴と同じくらいのサイズだ」


 数メートル先の床にも大穴が開いているのだ。暗い状態であれば間違いなく踏み外して穴に落ちていたことだろう。


「穴の下はどうなってんのかな」


「お宝でもあるんじゃねぇの。へへっ、遺跡みたいで楽しくなってきたぜ!」


「はしゃいじゃって・・・カナエ、気を付けてよ」


 トレジャーハンター魂に火の点いたカナエが先行して穴を覗き込む。どうやら土砂なども無く、下には空洞が広がっているらしい。


「カティアちゃん、下を照らしてくれちょ」


 カティアが膝を付いて穴の中を照らすと無機質な空間が浮き上がり、これは工場や研究施設の名残だなとカティアは得心する。エーデリアの言う日ノ本エレクトロニクス社の地下施設とはここで間違いない。


「ん? なんか音がしないか?」


「そう? どんな?」


「聞こえないか、マリカ。カサカサって感じの・・・!」


 カナエが更に様子を窺おうとした瞬間のことであった。穴の中から白いロープ状の物体が飛び出し、カナエとカティアの胴体に絡みついたのだ。


「コレは蜘蛛の糸!? しまったな・・・!!」


 振りほどこうとするも、粘着質なうえに強く巻き付いて解くことができない。カティアもアワアワと焦るが余計に体の自由が奪われるだけだ。


「待って、今助け・・・!」


 マリカが剣を抜き放ってカティア達を拘束する白い糸を斬り飛ばそうとするが、一歩間に合わずカナエとカティアは穴の中へと勢いよく引きづりこまれてしまった。

 

「そんな・・・!」


 二人の悲鳴が空間に響き渡り、遠ざかっていく。魔物か何かは知らないが、敵対的な存在がいることは確かである。


「マズい! 助けないと!」


 だが穴を飛び降りようにも底まではかなりの距離がある。さすがの魔導士でも、これほどの高所から落下すれば即死だ。


「わたくしにお任せください。こういう時に使えるのがわたくしの能力です」


「そうだった。エーデリア、頼む」


 マリカと手を繋いだエーデリアは目を閉じて集中し、パッと開いて魔力を自身とマリカへ流し込む。


「エスパスシフト!」


 術を唱えると、エーデリアとマリカの体が通路から消えていた。直後、大穴の底に光が収束して二人が姿を現す。

 これはエスパスシフトというエーデリアの特殊能力であり、空間転移を行うことができるのだ。遠距離でも一瞬で移動することができるので、道が寸断されていようとエーデリアには関係ない。


「エーデリア、大丈夫?」


「え、えぇ・・・やはりこの力を使うと疲れますね・・・・・・」


 エスパスシフトは使用者の体に負荷のかかる術であり、エーデリアは苦しそうに胸を押さえる。少しすれば回復するのだが、他の特殊スキル同様連発はできないのだ。


「待っていて、二人とも・・・!!」


 どこに連れていかれたのかは知らないが、放っておくことなどできない。

 立ち上がったマリカは剣を握りしめて二人の救出を誓うのだった。



  -続く-






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