第14話 『Everything was new and exciting 』

親友を見送った有紗は、彼女との再会とそして刺激的な一日を振り返りながら、だだっ広いリビングを見回した。

酒豪の彼女につられて何度グラスを交わしたかわからない。

結構ワインがすすんでいた。

酔っているとまだ自覚できているうちにと、慣れないキッチンで片付け物をしてから一階のウォーキングクローゼットの隣にある簡易なシャワールームに入った。


まるで高級ホテルのようにタオルもローブも整えられた空間にひとつひとつ驚嘆しながらも、時が過ぎるほどに段々目が冴えてきて、やはり自分は緊張しているのだと気付く。


シャワーを終えてリビングに戻ると、その静けさに飲み込まれそうになった有紗は巨大なテレビのスイッチを入れた。

英語が不得意なわけではないけれど、アメリカのコメディを見たところでまだどこで笑っていいのかもよくわからない。

大きな大きな邸宅にたった一人。

その広さに落ち着かなくて、有紗は無駄に丁寧に身の回りの整理をしたりしながら眠りに落ちるまでの時間を潰し、一日目の夜を終えた。



この家にランドルフ邸来てから数日間はその広さに馴染めなかったが、一歩外に出ると有紗の毎日は真新しく、時間はあっという間に過ぎていった。


朝はジョギング。

あえて近くのカフェのモーニングに通い、常連客と軽い挨拶を交わす関係になった。


日中はまるで社員のごとく『ランドルフ』に出社するような形で、代表のフィリシアと彼女の義妹の矢神やがみ つばさと三人で会議し、様々なモデルケースを提唱。

それに基づいたゲストを招いて話を聞き、リサーチしたところでまた会議という日々を送っていた。


時にはフィリシアとパワーランチや、正装してちょっとしたパーティーに出向くなど、その所々であらゆる業界の人々に挨拶をする機会もあった。

“フィアンセ”という言葉を他人事ひとごとのように隣で聞きながら、まるで社交界デビューのような毎日に、有紗はまだ見ぬ婚約者について早く調べなければと急かされているような思いにかられていた。



今日はフィリシアと翼と三人で、視察というていで『The Gardensガーデンズ Mallモール』に足を運んだ。


親友のツカサと初日に落ち合ったウェストパームビーチから更に車で北上すると、緑が点在する地区に差し掛かる。

ここ『パームビーチガーデン』には世界中のゴルファーと共に各国のVIPもプレイするような高級ゴルフ場『PGAナショナルゴルフクラブ』がある。


PGAブルーバードに降りると、そこにある広大な敷地の高級ショッピングセンターが『The Gardensガーデンズ Mallモール』だった。

日本のショッピングモールにも似ていて、パームビーチのハイブランド店よりは随分入りやすい雰囲気だった。

ランドスケープも南国っぽくて美しい。

数ある店舗の中には、ルイヴィトンやティファニー等の有名ブランドも多く入っており、総体的に洗練されたイメージがある。


ざっと見て回ってから、三人はカフェに腰を下ろした。


「アリサ、あなたの当初のプランである “流行の先端を追った地元ブランドのセレクトショップ” は、確かにここなら出店しゅってんしやすいかもしれないわね。でも……」


言葉を濁す翼に、フィリシアが尋ねる。

「ここだと問題が?」


「ええ……アリサ、あなたはどう思う?」


翼にそう話をふられて、有紗は改まった表情で二人を見ながら話した。

「はい……正直にもうしあげると、ここでセレクトショップを開いても既に同じような店が点在しているので話題性にも欠け、無駄な出費になりかねません。当初は段階的な意味で、先にガーデンズモールで実績を挙げてから最終的に本命、つまりパームビーチのウォースアベニューでの出店を希望していたのですが、今やこちらでワンクッション置く意味は見いだせませんでした。やはり現地に来てみないと分からないものですね……すみません」


「いいのよ。確かにそうよね」

そう言ったフィリシアの表情が少し明るくなったような気がした。


「そうよ、やっぱりここは遠いわ。アリサ、拠点を置くなら郊外よりもダウンタウンの方がいいんじゃない?」


有紗はその翼の言葉に頷く。

「そうですね。例えば『CITY PLACE』なら、ウォースアベニューからも近いですし」


「私も同意見よ。とりあえず今日は商品の売れ筋傾向のリサーチに切り替えましょう。まぁ……要するに、ショッピングね!」


にっこり微笑んだフィリシアの提案に、今度は有紗の表情がパッと明るくなった。


そのまま『The Gardensガーデンズ Mallモール』で三人はショッピングを満喫した。

日々ファッションの真髄に居ながらも新しい服に袖を通してトライする時間さえなかった有紗に、二人はあれこれと洋服をあてがってはまるで母親のようにその時間を楽しんだ。


二人の見立てで購入することに決めたスーツの代金を払おうとする彼女らの厚意を、有紗は最後まで拒んだ。

「あんなに素敵な家にも住まわせて頂いて、もう充分よくして頂いています。私もこう見えて一端いっぱしの社会人なので」


一見譲歩したように見えた彼女達からは、翌日にはそのスーツに合わせた靴が有紗のもとに届いた。

その粋な計らいに降参した有紗は、早速そのパンプスに足を入れてウォースアベニューの『ランドルフ』に出社する。



ツートップフィリシア&翼をはじめとしたこの一帯のオーナー達とは一気に距離が縮まり、事業計画は順調に進んでいる。

このところ日本への報告の際、電話口での江藤部長の口ぶりもなかなかの上機嫌だった。

にもかかわらずこうやって事がうまく行き出すと、とたんに不安になってしまうのが有紗の特色で、特に今回は土台がない中でのインスピレーションだけで行動しているような気持ちに不安を覚えていた。

『ランドルフ』という強力な後ろ楯を利用しているだけで、自分自身が単体では何の力もないしなんの価値もない。

交換条件である"人探し"に尽力できているのならまだしも、現在の日々のルーティーンではそちらを調べる時間もなく、日本サイドで協力を得るにしても、今ある彼の乏しいデータでは難しいと言われた。

現状は結局、ランドルフ家の親切心に甘えているだけだと、そう感じざるを得ない。


ビジネスライクな部分だけでなく個人的な“感謝の意”という感情的な意味でも、彼女らの役に立ちたいと思う気持ちが有紗の中で日増しに強くなってきていた。


何かよい手掛かりはないものか……


そう考えて家の中を探ろうかと思い立った時もあったが、プライバシーの侵害はしたくないし、信用して家を提供してくれているフィリシアには誤解であったとしても幻滅されてしまうような危険は犯したくない。


ここアメリカに居ると尚更、自分のコンサバティブぶりに呆れちゃうわ」

有紗は溜め息をつく。


大胆さ、決断力、行動力、この三拍子で、最年少編集長を張っていた自分の〝はったり具合〟に自嘲じちょうする。

少なくとも日本では自分のステージで勝負はしていたはずだった。

今は、そのすべてが借り物のような気がした。


第14話『Everything was new and exciting! 』- 終 -

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