第13話 謎の美女
火球が落ちたと思われる場所についてみると一直線に木々がなぎ倒されていた。幸いなことに火災は起きていない。
「若様。山火事にならなくて良かったですな。この晴天続きで火が出ては大変なことになるところでした」
フォーゲルは2人きりの時とは異なり丁寧な口調でジョゼフに話しかける。若い衆が居る場ではそれなりに立場をわきまえていた。
「そうだな。しかし……」
ジョゼフは納得のいかないような顔をしている。
「これだけぶっ倒す物が落ちてきたのに何も残って無いとはな」
「粉々になったのではありませんか?」
山道から下って行った先にあるくぼ地をジョゼフは指さす。
「でもなあ、あそこは沢になっていて相当ぬかるんでるんだ。これだけ木をなぎ倒して砕けるとは思えんのだよな」
「では、探って参りますか?」
「そうだな。星の欠片でも見つかれば、魔法学院に高く買い取って貰えるかもしれない。とかく物入りな時節だ。軍資金はいくらあっても困らんだろ」
「そうですな」
フォーゲルは口髭を捻りながら考える。まあ、幾分かは酒場の代金を払うのに使うにしても、当家の資金になるかもしれない。
「よし。ニックは若様と残れ。後は私と一緒に探索だ」
フォーゲルはひらりと馬から降りる。
4人の手下を連れてフォーゲルは急斜面をひょいひょいと身軽に降りて行った。ついていったジョンが斜面に足を取られて滑りズルズルと滑り落ちる。ありゃあズボン泥だらけだな。メイド長のナンシーにたっぷりと絞られるだろう。あいつはもういいやと、ジョゼフはニックに向き直る。
「おい。ニック。フォーゲルにしゃべったろ?」
「何のことです?」
「とぼけるな。昨日馬車を助けた時に俺が一人で向かって行ったって話だ」
ニックは明らかに動揺している。
「いや。私じゃないですよ。ジョンです。あいつがフォーゲル殿に問い詰められて白状したんです」
「ほーお。お前は沈黙を貫いたってわけだ」
「まあ、その、ちょっとはですね」
「しゃべったんだな?」
「だって仕方ないじゃないですか。フォーゲル殿に睨まれたら黙ってなんていられないですって。正直に言わないとタマ潰すって言うんですよ。勘弁してください」
ジョゼフはひと睨みしたがそれ以上は追及しなかった。フォーゲルが予定より早く屋敷に戻ってきた時点で半ば諦めている。
それでも自分の言いつけとフォーゲルの脅しを天秤にかけて後者を選んだというのは面白くはない。プイと顔をそむけると馬から降りた。ぶらぶらと木々の中を歩き始める。
「若様どちらに?」
ニックは慌てた声を出すが空馬の手綱を預かっているのでついて行けなかった。
「ちょっとその辺りを歩くだけだ」
「イェーガーの連中が居たらどうするんです?」
「大丈夫だ。こんな何もない山の中まで入って来ねえよ」
隣国イェーガーとは仲良しこよしとは言えない間柄であり、カーマイン家がこの地に封ぜられたのも、武に長けた血筋ということを評価されてのことだ。ジョゼフの父オットーも槍を持たせたらほぼ敵はいないという男。すぐ上の兄のハインツも剣技に秀でている。
ジョゼフは普通だった。正規の訓練を受けた技量は持っている。カーマイン家が雇う家人相手でも1対1ならそこそこの勝率であった。ただ、同時に複数を相手に圧倒できるほどではない。昨日も山賊相手と侮り、棍棒をよけそこなって、顔に痣が残ったのだった。
フォーゲル達とは直角になる方向にジョゼフは斜面をゆっくりと下っていく。何かの目論見があってのことではない。単なる暇つぶしで歩いていた。一応、腰の剣はいつでも抜き打てるように構えながら大きな木を回り込んだ。ジョゼフははっとする。数歩ほど先の木の根元にやけに白い薄物をまとった人が横たわっていた。
ジョゼフは周囲を見回す。人の気配はない。こういう場所で人が横たわっている時に無造作に近づくと罠の可能性があった。フォーゲルに教えられたことを思い出し、警戒しながら近づいていく。ジョゼフの頭の中で警鐘が鳴りだしていた。横たわっているのは女性だ。薄物を持ち上げている膨らみがそのことを告げている。
少し向こう側に傾いている顔も視界に入った。目を閉じているが、形の良い眉と通った鼻筋、ふっくらとした唇に彩られた美しい容貌にジョゼフは心を奪われる。輝くばかりの金髪が一房顔に影を作っていた。どんな目をしているのだろうという場違いな思いが届いたのか、女はゆっくりと目を開く。
霞がかったような目は焦点が定まらない。何かを探すように女性は左右を見回した。その目がジョゼフの姿をとらえる。
「やあ。お嬢さん。こんなところでどうしたんだい? ああ。そうだ。まず名乗らないとな。俺の名はジョゼフ。カーマイン家の四男だ」
こんな場所に年頃の美人が供を連れずにいることを訝しみながらも、ジョゼフはあまりの美しさに我を忘れていた。ジョゼフの嗜好のど真ん中の女性相手に恩を売れそうな機会なのだ。イェーガーの連中の罠の可能性も無くはないが、囮に使うにしてもあまりに魅力的すぎる。
女性は微笑を浮かべたが黙ったままだった。ジョゼフが近づいて手を差し出す。
「心配しなくていい。俺は女性、特にあなたのような魅力的な方に手荒な真似はしないから。とりあえず、立ち上がってはどうだい?」
ジョゼフの顔と手を見比べていた女性は、手を差し出すとぎゅっと握って立ち上がる。
ジョゼフより小柄な女性を見下ろす形になり、緩い服の隙間から柔らかな曲線が見えた。ゴクリとつばを飲み込む。それを誤魔化すように言葉を続けようとした時だった。
「シャアアッ!」
軽い身のこなしの男が剣を突き出してくる。ジョゼフは女性を押しやって、剣を抜いて跳ね上げた。男の動きを追おうとすると同時に、首に別の誰かの腕が巻き付けられ、目の前に短剣が擬せられる。
「後ろがガラ空きだぜえ」
ばらばらと、さらに5人ほどの男たちが飛び出してきた。
「カーマインのボンクラとベッピンの姉ちゃんか。今日はついてんなあ」
耳元でガハガハと笑う。
「おっと。姉ちゃん逃げるなよ。大事なご主人様の鼻が無くなっちまうぜ」
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