47、気持ち悪い

「しばらくお会いしないうちに、随分大勢引き連れるようになったのですね?」


ドゥリスコル伯爵は鼻先で笑うように言った。私はカチンとした。


確かに、私のような小娘が大勢の騎士たちを従えているのはおかしいかもしれない。だけどイリルが意味のないことをするわけがない。


「それがどうかしましたか?」


正面から言い返した私が意外だったのだろう。ドゥリスコル伯爵は両眉を上げてから、口元を緩めた。


「いいえ。思ったことを申し上げたまでです」

「時と場合を選んだ方がよいこともありますわ」

「これは手厳しい」


なぜかご機嫌で笑いだした。

やはりこの人は苦手だ。

整った顔立ちに笑みを残したまま、じっと私の目を覗き込もうとする。

やめてほしいと思ったが、こちらから逸らすのも照れたと思われるのが悔しくて、少しだけ強めに見つめ返した。


と、その赤い瞳がうろたえたように揺れた。変な例えだけど、必死で焦点を合わそうとしているような、そんな感じがした。


「お疲れでは?」


思わず聞くと、伯爵は目を見開いた。


「驚きましたね。わかりますか?」

「なんとなくですけど……」


伯爵は喉の奥で笑った。


「少し、そう少しだけ疲れているんですよ。思った以上に時間がなくて」


時間?


「帝国に戻られるのですか?」


だとしたらギャラハー伯爵夫人はどうなるのだろう。

余計なお世話かもしれないがそう思うと、


「元々、私は仮初の存在ですから」


変に自虐的なことを言った。

ギャラハー伯爵夫人とはこの国にいるときだけの付き合いという意味なのだろうか。


「ところでクリスティナ様」

「はい」


ドゥリスコル伯爵は探るように笑った。


「最近ご婦人たちの間で流行しているブレスレット、フレイア様が承っているようですが、本当はあなたが作っているのでは?」


あらその話がしたかったのね、と私は思う。

ギャラハー伯爵夫人に贈りたいのかしら。

流行に目敏い男性からの問い合わせも多く、ありがたいことなのだが、にこやかに嘘をついた。


「いいえ、私ではありませんわ」

「本当に?」


私はフレイア様とあらかじめ打ち合わせしていた通りに言った。


「正直に申しますと、うちの領地のビーズを使っています。だけど作るのはフレイア様お抱えの職人さんたちですの」


いずれは腕のいい職人を引き抜いて、商会を立ち上げるつもりだ。全部が全部嘘というわけではない。


見送りのとき、ローレンツ様はブレスレットを掲げはしたが、私の名前は出さなかった。フレイア様が、あれは今回のお礼にフレイア様たちが贈ったと、微妙にズラした話を広めてくださったおかげだ。


——クリスティナが作ったと分かったら、クリスティナ個人にお願いする人が殺到するわ。そうなるとなかなか断れないでしょう。かと言って全部引き受けたらあなたの体が壊れちゃうし。


そんなフレイア様の配慮に合わせて、リザ様とグレーテ様にも口止めを頼んだ。


何より、私個人の名前を出すと、父がどんな難癖をつけるかわからない。私が怯えていたのはそれだった。

だから私は迷いなくそう答えた。なのに。


「本当ですか?」


ドゥリスコル伯爵は値踏みするように私を見下ろした。そして突然手を伸ばして、私に触れようとした。


「この愛らしい手があの美しいブレスレットを作っているんじゃないですか?」


——気持ち悪い!


咄嗟に嫌悪感で固まった私の代わりに、カールが動いた。ドゥリスコル伯爵から私を庇うように立ったカールははっきり言った。


「クリスティナ様は未来の第二王子妃でございます。あまりにも不躾な態度はご遠慮いただきたい」


よく通る声だった。私はほっと息をつく。見えはしないが、ドゥリスコル伯爵が謝るのがわかった。


「これはこれは、つい。帝国式の挨拶でして。ご無礼をお詫びします」


私はカールの横に立ち、目だけでありがとうと伝えた。

そして伯爵に告げた。


「田舎者なもので、そういった挨拶には慣れておりませんの。失礼します」


そのまま隣を通り過ぎかけたら、背後から伯爵が投げかけた。


「あなたの婚約者は随分心が狭いんですね?」


——は?


思わず立ち止まって振り向いてしまった。


「王族を貶めるような発言は、帝国からのお客様でも許されないかと思いますが」

「男と男の話ですよ」


——だから気持ち悪いっって!


この人はすべての女性が自分にぽーっとすると思っているのだろうか。思い上がりも甚だしい。私の嫌悪感をわかっていないのか、ドゥリスコル伯爵は肩をすくめて笑った。


「誰にも取られたくないのはわかりますが、過保護が過ぎませんか?」


多くの女性がうっとりする笑顔と仕草なのだろう。だが私にはまったく響かない。わかっていないのか、さらに続ける。


「あなたにも自由が必要だ。そうでしょう?」


護衛のことを言っているのなら余計なお世話だ。

私はため息をついた。


イリルが浮気防止などという目的で護衛をつけているわけではないとわかっているが、ドゥリスコル伯爵この態度では、むしろそれでも正解なのではと思う。


イリルのことだ。ある程度誤解されるのは承知の上で護衛を増やしてくれたのだ。私はその気持ちだけでも嬉しい。つまり。


——こんな人にイリルを悪く言われたくないわ。


私は淡々と告げた。


「自己の正当化のために、それ以上殿下を貶めるようなら私も黙っておりません」

「おお、これは怖い怖い。見た目は可憐だけど勇敢なお嬢さんですね」


——だから気持ち悪いってば!


上っ面の言葉がこんなに寒々しいものだとは思わなかった。貴族令嬢として慣れているはずの私でも、ドゥリスコル伯爵の言葉には激しい嫌悪感を抱いてしまう。


「話になりませんね。失礼します」


これ以上会話するつもりはなく、カールに合図してから私はそこを立ち去った。


——なんなのかしら、あの人。


離れてから伯爵の視線がまとわりついているようで、気持ち悪さはなかなか拭えなかった。


          ‡


クリスティナと護衛たちが立ち去るのをずっと目で追っていたアラナン・ドゥリスコルは、納得したように頷いて呟いた。


「第二王子か。邪魔だな」


瞳だけではなくその黒髪まで、燃えるように輝いたが、瞬きするほどの間だったので誰も気づかなかった。


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