224話「お茶会に向けて3」



「またここに来ることになるとはな……」



 バイレウスたちから逃げるようにやってきたのは、オラルガンドの貴族区にある屋敷だった。俺の口調からわかるように俺は一度ここを訪れたことがある。



 屋敷の門に近づくと、以前見た門番とは別の人間が立っており、子供である俺がやってきたことに怪訝そうな表情を浮かべている。



「なんだ坊主、ここはローゼンベルク公爵家の屋敷だ。用がないなら速やかに立ち去れ」


「ファーレン・ローゼンベルクに用がある。今すぐ取次ぎを頼む」


「お前みたいな坊主が、ファーレンお嬢様に何の用があるっていうんだ?」


「何の騒ぎだ」



 俺と問答をしていた門番が、険悪な雰囲気を漂わせ始めたタイミングで、見知った顔が登場する。ローゼンベルク家第二騎士団第二部隊隊長兼副団長のクッコ・ロリエールが姿を見せる。



 やってきたのが俺だとわかると、あからさまに眉間に皺を寄せながら嫌な顔をする。どうやら、かなり嫌われてしまったらしいな。



「よう、久しぶりだなくっころ」


「その名で私を呼ぶなと言ったはずだ。それで、何の用だ」


「ファーレンに会いに来た。取り次ぎを頼みたい」


「……ついてこい」



 俺が用向きを伝えると、ぶっきらぼうながらも案内してくれる。どうやら、あのあとファーレンにかなり絞られたようだな。



 くっころの案内でファーレンの部屋に入ると、そこには何故か知らないが跪いた状態で出迎える彼女の姿があった。突然のことに俺もくっころも呆然とその光景を見つめるだけで、反応が一瞬遅れてしまう。



「お帰りなさいませ。お待ちしておりました」


「言い方に語弊があるな。ここは俺の帰るべき場所じゃない」


「それって、あなたの感想ですよね」



 どこかで聞いたような台詞だが、彼女が地球にいた特定の人物を知る由もないので、偶然から出た言葉であると思いたい。



 ここでファーレンと意見の相違について問答している暇なないため、彼女の言葉を黙殺し、用件を伝える。



「とりあえず、ドミニク公爵に会いたい」


「御爺様に、ですか?」


「そうだ。俺が直接訪ねても良かったが、会ってくれない可能性があったからな。癪だがお前を頼らせてもらった」



 本当ならば、ドミニク公爵に直接会いに行けばいいだけなのだが、断られる場合があった。だが、公爵が溺愛している孫娘のファーレンが間に入ってくれれば、会わないわけにはいかないと踏んだのだ。



 ファーレンは、俺が自分に会いに来たわけではないと知って、多少落ち込んでいたが、すぐに俺の役に立てるならと公爵の元へ案内してくれる。



 しばらくしてドミニク公爵が普段いる執務室へと到着し、ファーレンが扉をノックする。「ファーレンです。入ります」と言って、まずは彼女だけが入室する。



「おぉ。ファーレンかどうしたのじゃ?」


「御爺様、実は会ってもらいたい人がいるのですが」


「……ま、まさか。こ、ここ恋人では、なかろうな!?」


「まあ、未来の旦那様になってもらいたいとは思っておりますが……」



 部屋の外からでも、向上したパラメータによって部屋の中の会話が丸聞こえになってしまう俺の耳に、二人のやり取りが聞こえてくる。



 どうやら、公爵はファーレンが恋人を紹介しに来たと勘違いしているようだが、残念だったな。俺がファーレンと結ばれることはない。そんな未来は俺が阻止してみせる。



「わかった。会おう」


「わかりました」



 部屋に通された俺は、ここで初めてドミニク公爵と対峙する。白髪交じりの五十代くらいの初老の男性だが、その精悍な顔立ちと眼光の鋭さは、彼が一門の人間であるということを理解するには十分な要素だ。



 俺の顔を見た公爵が目を見開きながら「お、お主は」と呟いた。どうやら俺を知っているらしい。



「まさか、ファーレンが連れてきた者がミスリル一等勲章所持者のお主とはな」


「お初にお目に掛かるローゼンベルク公爵。私はローランド。冒険者を生業としている。今回は、私の屋敷で開かれるお茶会にやってくる来賓について、人手を借りられないかというお願いをしにやってきた」


「ローゼンベルク家公爵ドミニク・フォン・ローゼンベルクだ。お茶会とはどういうことじゃ?」


「実は……」



 時間が勿体ないこともあり、俺は公爵に事情を説明する。俺の説明を聞いた公爵は「なるほどのう。それは確かに一大事じゃな」と呟きながら、俺の要請に返答する。



「あいわかった。そういう事情であれば、人手を貸すことは問題ない。じゃが、一つだけ条件がある」


「条件とは?」



 公爵家の人間を動かすということは、それ相応の対価を求められるのは当然のことであるからして、何かしらの要求をしてくることは想定の範囲内だ。



 だから、公爵が俺に条件を突き付けてくることは問題ないのだが、その条件が俺にとって新たな火種を生みそうな厄介なものだった。



「そのお茶会には、王妃様や王女殿下が参加され、そのお相手はさる国の姫君であるのだろう? であれば、それを補佐する貴族家の人間が必要となってくるのではないか?」


「確かに」


「であれば、そこに我が公爵家ならびにバイレウス家とマルベルト家の女性陣をお茶会に参加させてはどうだろうか?」


「ふむ」



 公爵の意見は尤もで、王族同士のお茶会ともなれば、それを補佐する貴族家の人間が参加することは何もおかしいことではない。だが、それは俺にとってはとてつもなくややこしいことになるのではないかと思ってしまう。



 マルベルト家からは、母クラリスと妹のローラが、バイレウス家からバイレウスの妻である奥方とローレン・ローファ・ローリエの三姉妹が、そしてローゼンベルク家からはドミニクとその息子の奥方とその孫と娘のファーレンが参加するということを提案してきたのだ。



 人数としてはこじんまりとしたお茶会から、少し豪勢なお茶会にグレードアップする程度なので、三つの貴族家からの応援の人手さえ出してもらえばなんとかなるが、なぜか俺の脳裏に“ドロドロの昼ドラ”という単語が頭に浮かんできた。



「わかった。その条件で構わない」


「そうか、であればさっそく人財の厳選をしておくとしよう」



 それから、ドミニクのファーレンとの関係を追及があったが、「ただの顔見知り」という俺の言葉と「将来の伴侶」というファーレンの言葉が被り、またしても意見の食い違いによるディスカッションが開かれたが、最終的にこちらがごり押しする形でただの知り合いという意見を押し通した。



「今はそれでなっとくしてあげます。“今は”ですけど」


「では、公爵閣下。後のことはよろしく頼む」


「わかった。任せてもらおう」



 これでひとまず話がついたので、俺は一度王都の屋敷へと瞬間移動で戻ることにした。

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