193話「トラブルは突然に……」



「ガンジス・フォン・バイレウス辺境伯。此度の働き実に大義であった。よって貴殿に【戦陣二等勲章】を授与する」


「ありがたき幸せ。このガンジス。この国と王家のためにさらに精進してまいる所存にございます」


「これにて、バイレウス辺境伯の勲章授与式は以上とする。解散」



 戦争が終結してしばらくが経過したある日のこと。セコンド王国の侵攻を寸でのところで止めたという功績により、バイレウス辺境伯は王城へと呼び出された。



 辺境伯としての責務を全うし、他国の侵略を未然に防いだ功績は大きく、本来であれば【戦陣一等勲章】ものの功績だったが、他の貴族から物言いが入り、戦陣二等勲章を授与する運びとなった。



 バイレウス辺境伯としては、そんな勲章になんら興味は湧かなかったが、他の貴族たちにとって地方貴族のバイレウス辺境伯が日の目を見るのはあまり面白くないらしく、そういった嫌がらせをされている。



 尤も、実際に戦争を止めたのは他でもない俺だからして、バイレウス辺境伯的には謂れのない功績で得た偽の勲章ということになるため、どちらかといえばそちらの方に納得がいっていない様子だった。



 しかし、あまり目立ちたくない俺のたっての希望ということもあり、自ら矢面に立ってくれることを了承してくれたあたりについては、感謝していなくもない。



 などと、なぜ俺がここまで詳しく授与式の内容を話せているのかといえば、国王に呼ばれたからである。



 ミスリル一等勲章の所持者として、国賓扱いに近い俺をこういった場に呼ぶこと自体は何ら不思議ではないのだが、俺個人としてはできれば呼んでほしくはなかったというのが正直なところである。



「これで満足か?」


「ああ十分だ」


「まったく、普通なら国を救った英雄になれると喜び勇んで名乗りを上げるというのに。ランドールんとこの倅は、随分と変わり者のようだ」


「俺はもうマルベルト家とは関係のない人間だ。俺はローランド。一介の冒険者だ」


「……」



 そう切り返すと、バイレウス辺境伯は押し黙ってしまう。彼にとってそのことについても信じられないのだろう。貴族の当主になれる肩書を弟に譲って、自分は収入の安定しない冒険者に成り下がったということが……。



 尤も、今の俺の収入は、マルベルト家で得ているであろう税収よりも稼いでおり、ぶっちゃけ何もしなくとも職人ゴーレムや商会の店員たちがいることで、かなり安定した生活を送れている。



 仮に職人ゴーレムや商会がいなかったとしても、今の俺であれば深層のダンジョンにいるSランクやSSランクのモンスターを狩ってこれるため、それらを半年に一匹ほどのペースで狩ってくれば、生活に困ることのない収入は得られてしまうというヌルゲーに近い状態になってしまっているのだ。



 バイレウス辺境伯と別れた俺は、そのまま王城を後にする。国王には授与式の時にアイコンタクトで挨拶をしたので、帰っても何ら問題はない。後でティアラあたりが文句を言ってきそうだが、俺の耳にその声が届かなければ、何も言っていないのと同じであるため、ここは気にしないことにする。



 門を潜り、貴族たちが住まう居住区を抜け、大通りへ抜けるため裏通りに差し掛かったその時、突然違和感を感じ取る。



「なんだこの魔力は? ……人、ではなさそうだ」



 いつも感じ取っている魔力の質とは明らかに異なるそれは、粘着質な苛立ちを覚えるような感覚で、負の感情が入り混じったようなあまり良くない魔力に感じた。



「……行ってみるしかなさそうだな」



 これほどまでに異質な魔力を感じ取ってしまった以上、そのまま捨ておくわけにもいかず、俺は魔力の発生源と思しき場所へ向かうことにした。



 そこはどうやら、昔使われていた下水を処理するための場所のようで、かび臭い匂いが充満し、ネズミような小動物の骨がところどころ散乱している。



「魔力の発生源は、あっちか」



 そのまま風の魔法を周囲の纏わせながら、俺は魔力を辿って進んでいく。途中から光が届かなくなり暗闇に包まれたため、光球を出現させながらさらに奥へと進んでいく。



 目的の場所に近づいていけばいくほどに魔力の禍々しさは強くなっていくが、それでも俺は前に進み続け、一つの開けた空間に辿り着いた。



「これは、魔法陣か? だが、人間が張ったものじゃないな。魔族か?」



 そこにあったのは、直径が二十メートルという巨大な魔法陣で、先ほどから感じていた魔力の発生源と推測されるものだった。



 濁った紫色のような色合いのそれは、明らかに人が生み出したにしては重く暗い感情が入り混じったような見た目をしている。だからこそ、その魔法陣が魔族の手によって生み出されたものであると俺は考え、どういった魔法陣なのか調べることにした。



「属性としては、時空属性。魔力の強さからして、転換魔法の類か……」



 魔法陣に込められていたのは、時空間を操ることができる属性である時空属性。そして、その規模は時空魔法のさらに上位となる転換魔法クラスであることがわかった。



 一体どれだけの時間ここに放置されていたのかまではわからないが、俺が今まで何も感じ取れなかったということは、少なくとも最近まではこのような状態になってはいなかったということだ。



「何かの拍子に起動したのか、それともタイマー式に特定の時間経過で起動するのか……。どちらにせよ、なんとかしないと厄介――」



 俺がそう呟き終わる前に、突如として魔法陣からまばゆい紫色の光が迸る。あまりの光量に片手で目を庇っていると、いきなり周囲の空間が歪み始めた。



 それが転移による時空の歪みであることを察した俺だったが、その展開速度に反応できず、紫色の光が俺の体を包み込む。それが静まった時には、俺はどこかに跳ばされてしまった後だった。



 光が静まり、庇っていた片手をどけると、まずは周囲の安全を確認する。もしかするといきなり襲われる事態になる可能性を考えての行動だったが、そこには誰もおらずただ先ほどと同じような魔法陣があるのみであった。



「どうやら、この魔法陣の役目を終えたらしいな」



 そう俺が呟きながら床に描かれた魔法陣を見てみると、すでに魔法陣を起動させるための魔力は消費され、あれほど光り輝いていた紫色の光も、今は消失してしまっている。



 魔法陣が一体何の目的で設置されていたのかは、皆目見当がつかない。だが、一つ確実に言えるのは、俺が今どことも知れぬ場所に飛ばされ迷子になっているということだ。



「十二歳で迷子とは、年齢に見合ったイベントと言えなくもないが、そのなり方が些かダイナミックすぎやしないか? 転換魔法の魔法陣での迷子とはな……」



 などと言っている場合でもないかと意識を改め、とりあえず建物の外に出ようと出口を目指す。俺が転移した建物の造りは至って単純な構造だったようで、登り階段を上に登るだけで外に出ることができた。……出ることはできたのだが、その外の光景が問題だった。



「なんだここは? 目がちかちかする」



 そのあまりの色鮮やかな光景に思わず目をぎゅっと閉じる。見たところそこは人気のない深い森のようなのだが、その森に自生している植物が異常なまでの色合いをしている。



 主に蛍光色と呼ばれる明るめのオレンジや黄色、赤や紫といった植物にあるまじき色彩を放っており、それを凝視するだけで目が疲れるほどである。



 とりあえず、超解析を使って毒などがないか確かめてみたが、どうやら色だけ特殊なようで基本的にはただの雑草と同じだということがわかった。



「だがしかし! 俺には転換魔法がある。てことで、瞬間移動! ……あれ?」



 ひとまず、元の場所へ戻ろうと転換魔法の瞬間移動を使おうとするが、なぜかいつものように瞬間移動ができない。一体何が起こっているのかいろいろと調べた結果、超解析で自分を解析した情報の中にこのようなものが表示される。






【状態】:魔力固定(特定条件以外での解除不可)






「ん? なんだこれ?」



 初めて表示された状態に困惑したが、さらに超解析によってこの状態の意味を理解する。



 どうやらこの【魔力固定】というのは、魔力の質が特定の状態に固定されることによって、特定の魔法を使えなくするようになっているらしい。



 おそらくは、転移の魔法陣でやってきた時、強制的にこの魔力が固定する状態になってしまったらしく、これにより転移する系統の魔法を使用することができなくなってしまったのだ。



「ち、厄介な。これじゃあ、しばらく王都にもオラルガンドにも帰れないじゃないか」



 いつも使っている魔法だけに、いざ使えなくなると途端にそのありがたみが湧いてくる。ただ、他の魔法やスキル自体は使えるようなので、戦闘面においてのマイナス面がない。それが救いだ。



 今の自分の状況を把握した俺は、とりあえず森を出るために適当な方角に歩き出す。こういう時は、動かない方がいいとかよく言うが、それはあくまでも助けが来る可能性があることを前提とする考えであって、今の状況で助けが来る可能性はほとんどない。



 であるならば、自分から動いて安全な場所に行く必要がある。幸いなことに、俺の脅威となる存在は、今のところこの世界ではたった一人しかいないため、少なくともSSランク以下のモンスターならば問題なく対処が可能だ。



 実際問題、現状この【魔力固定】を何とかしないことには、転移関連の魔法が使えないため、この状態を解除するための特定条件とやらを見つけるのが、目下の目的となる。



 しばらく、目に悪そうな色合いの森を進んでいくと、突如として甲高い悲鳴が聞こえてくる。どうやら、若い女性が何かに襲われているようで、しきりに「助けて」という声が聞こえる。



「はあ、またこんなパターンかよ。そういえば、前世で読んだファンタジー小説で、こんな状況になった主人公が言ってた決め台詞があったな。確か“これだから異世界は嫌いなんだ!”だったか?」



 前世の記憶から今の状況に相応しい台詞を宣いながら、どうすべきか考える。ひとまず、女性を見捨てるという選択肢は後味が悪くなるので、一応は助けるという選択肢を取ることにする。



「とりあえず、助けに行くか」



 そう呟きながら、未だ助けを求める女性の声のする方に向けて、俺は勢いよく地面を蹴って駆け出した。

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