159話「大公の依頼」



 ひとしきり笑い終わったビスタが、背筋を伸ばしながら恭しい仕草を取りながらお辞儀をする。



「さすがは、ミスリル一等勲章の持ち主でおられる。ご名答、すべてあなたの言う通りです」



 そう言いながら、両手を大きく開き大げさな動作を取るビスタに半眼を返しながら返事をする。



「大方、大公は反対していたが彼女自身俺がどんな人物かを知りたかったという理由から、今回のブルジョワージ公爵の行動を強くは止めなかったのだろう? それぐらい隠さなくてもわかる」


「……あははは、まさかそれも見抜かれていたとは」


「ついでに言うなら、俺のところに来た第二公女のアナスターシャは単独行動によるもので、たまたま俺に接触してきた。それを聞いた母親の大公が娘のことを案じ、俺が危険な思想を持っていないかどうかを確かめたかったが、仮にもミスリル一等勲章を持つ者に対して無礼極まる行為であると考え、俺の人となりを調べることに抵抗を感じていた。それを察したブルジョワージ公爵、あんたが今回の茶番劇を演じることになった……ってところだろ?」


「いやはや、ローランド様には敵いませんな」



 俺の指摘に頭に手を置きながら、ビスタが脱帽する。自分の目的のすべてを言い当てられてしまっては、もはやとぼけることもごまかすこともできないと思ったのだろう。それから、観念したようにビスタは話し始めた。



「確かに、ローランド様の言う通り、私はこのセイバーダレス公国で宰相と近衛騎士団長を兼任しておりますビスタ・フォン・ブルジョワージ公爵と申します。改めてお見知りおきください」


「それで、俺は危険人物だったのか?」


「人を観察する洞察力と、与えられた状況から推察する推理力は見事としか言いようがありません。もちろん人柄も問題ないでしょう」


「そうか、それはよかったな。だが、わかっていると思うが、あんた……いや、あんたらのやったことは言わずもがな無礼に値する行為だ。俺じゃなかったら自身の首が飛んでいたことを忘れるな。それから、一度目は許すが。二度目はないぞ……」


「しょ、承知しました」



 誰かに試されているというのは、あまりいい気分ではない。そんな感情を込めながら、俺はビスタに威圧スキルを発動しながら警告した。



 圧倒的な重圧に、ビスタも言葉を詰まらせながら答えることしかできなかった。この瞬間彼も俺という人間を理解したことだろう。むやみやたらに力を使うことはしないが、自分に危害を加えようとする人間には容赦しない人物であるということを……。



 そんな一幕があってから、しばらく歩いて行くと大公がいる執務室へとたどり着く。まずはビスタが報告のために一人で入り、少ししてビスタが扉から顔を出し「入ってもいいですよ」と言ったので、遠慮なく執務室に入室する。



 執務室は、さすがこの国を治める大公だけあってとても品のいい内装をしている。シェルズ王国の王城の執務室も同じ感じだったのだが、調度品は最低限であとは高そうな本棚にこれまた難しそうだが値段だけは高い本がびっしりと入っていた。



 為政者が女性というだけあって、調度品の花瓶に綺麗な花が飾られていたのが、俺の中で印象的であった。とりあえず、こちらから自己紹介をさせてもらうとしよう。



「初めまして、私の名はローランドと申します。セイバーダレス公国の隣国、シェルズ王国で冒険者として生計を立てているでございます」



 一応相手は国王や皇帝と肩を並べる立場にある大公であるため、それに準じた態度を取っておく。この俺を試すような真似をしてくれたという思いはあるが、それとこれとは別の話だ。ちなみに、少しだけ貴族モードを使っている。



 目の前にいるのは、まだうら若い女性で第二公女のアナスターシャと同じく艶のあるプラチナブロンドが特徴的だった。しかしながら、アナスターシャのようなおっとりとした雰囲気というよりも気が強そうな美人さんタイプで、殴られたら思わず“ありがとうございます”と返してしまいそうなほどクールビュティ―な雰囲気を纏っていた。ちなみに、アナスターシャと同じく胸部装甲は慎ましやかである。



「お初にお目に掛かります。私はこの国を治める大公の職を頂いております。アリーシア・フィル・テラ・マグワイズと申します。以後お見知りおきくださいませ」



 そう言って、深々と頭を下げるアリーシアだったが、その頭が上がることはなかった。違和感を覚え始めたその時、堰を切ったようにビスタが叫び始めた。



「アリーシア! いい加減にしてくれないか!? あれは僕が勝手にやったことだ。君が頭を下げる必要はない」


「いいえ、それは違うわビスタ。あなたがやろうとしていたことを知っていながら、止めなかった責任は私にもあります。それにこの国を治める大公として、夫を愛する妻としても私は頭を下げたいの」


「アリーシア……」


「ビスタ……」


「うぉーおほんっ!!」



 俺の目の前でピンク色な雰囲気になりそうだったため、これでもかと言わんばかりにわざとらしい咳払いをしてやった。さすがに俺の意図に気付いた二人がバツが悪そうな顔をするも、すぐに取り繕う形で俺の言葉遣いに関して指摘してくる。



 それにしても、この二人が夫婦だったとはな……。何となくそんな予感はしていたのだが、まさか本当に夫婦だったとは思わなかったので、少しだけ驚いている。



「ロ、ローランド様、私にそのような言葉遣いは不要です。国を治めているとはいえ、ただの一貴族と変わりありませんから」


「いいのか?」


「はい、いつも通りで問題ありません」



 こういう時は遠慮するのが礼儀というものなのだろうが、俺はこういうのは遠慮せずに受けるタイプだ。言葉遣いをちゃんとしなくていいのなら、それにこしたことはないので、本当にいつも通りの口調で喋ってやった。



「ならそうさせてもらう。そして、さっそくだが本題に入ろう。何か俺に頼みたい依頼でもあるのか?」


「っ……どうしてそう思ったのですか?」


「簡単だ。いくらミスリル一等勲章を持つ人間とはいえ、国を治める人間にそう簡単に会うことなどはできないからだ」



 ミスリル一等勲章を持つ者は、王族並の身分を持つとされているが、本物の王族と同じという訳ではない。仮にミスリル一等勲章を持つ者が、国王に会いたいと言えば会うことは可能だが、強制力はないため、何かに理由を付ければ会わずに済ませることもできるのだ。



 最終的に会わなければならなかったとしても、その時間が極端に短く、相手が何か妙な要求をしてくる前にお帰り頂くというやり方をする国も存在する。



 だというのに、今回は俺が大公に会いたいと望んだわけではなく、あちらサイドからの接触を図ろうとしている。その時点で、英雄レベルの力が必要なほどの事態が起こっているという裏返しなのだ。それ故に……。



「俺が会いたいわけじゃないにも関わらず、大公側からの接触があるということは、今この国に未曾有の危機かそれに近い出来事が起こっており、国だけの力ではどうにもならない事態になっている可能性が高いということが容易に予想できる」


「……やはりあなたはビスタの言った通りの方のようですね」


「詳細を聞いておこうか、その依頼を受けるか否かはその内容で決めさせてもらう」


「わかりました。実は……」



 そこから、アリーシアが詳しい話を聞かせてくれた。彼女の話では、首都の郊外にある村落にマンティコアという強大な力を持ったモンスターが突如として出現し、その村を襲ったらしい。



 マンティコアは村人の何人かを捕食した後、こう言ったそうだ。“半年に一度村から生贄を一人出せ”と。そう言い残したマンティコアは、近くの畑を荒らした後、すぐにどこかへと消えていったそうだ。



「なるほどな」


「このまま村が壊滅すれば、次の標的はこの首都になるでしょう。ですが、SSランクのモンスターであるマンティコアは、国の全兵力をもってしても討伐することは不可能なのです」


「SSランクか……」



 SSランクと聞いて、最近ペットになったあのタコを思い浮かべたが、あれが脅威となり得ない俺にとってはSSランクと聞いただけではその脅威がわからない。



 そんなことを考えていると、話を黙って聞いていたビスタががっかりした様子で口を開く。



「このままでは、あの村の特産品である粒麦も手に入らなくなるだろうな」


「そうね、すごく残念だわ」


「うん? 粒麦……? どこかで聞いたことがある名前だな」



 その言葉に引っ掛かりを覚えた俺は、脳内検索をかけて粒麦を検索した。そして、それが米だという検索結果が返ってきた瞬間、俺は条件反射的に口を開いていた。



「そのマンティコアをぶち殺せばいいんだな?」


「「え?」」



 マンティコアという一匹のSSランクのモンスターが、この世から消えるということが決定した瞬間であった。

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