閑話「前世から持ち越した恋愛運のツケを清算する時が来たその3」



 ~Side ナガルティーニャ ~



 魔族に釘を刺したあと、あたしはその足ですぐにローランドきゅんの元へと行きたかったが、ローランドきゅんとの約束を守るため、会いたいという気持ちを押し殺し久しぶりの現世観光に赴くことにした。



 あたしがこの世に生を受けてから早四百年以上が経過しており、その内の二百五十年以上をあのオラルガンドのダンジョンで過ごしていたのだから、新しい街ができていたりその逆にあったはずの街が無くなっているなんていうリアルで浦島太郎状態を経験できたりする。



 とりあえず、近くの街に転移して現代の街の風景を見て回るべく、遠見の能力を使って手ごろな街を見つけそこに転移する。



「うーん、夜だから誰もおらんのー」



 時刻は夜のとばりが降りた漆黒の闇が包む時間帯で、この時間に営業しているのは宿屋か酒場か娼館くらいなものだろう。娼館……いや、あたしにはローランドきゅんという心に決めた人がいるんだ。我慢だナガルティーニャ!



「というか、娼館は娼婦はいても娼夫はいなかったな……」



 探せばいるだろうが、そこまで飢えているわけではないので、今日は黙って宿に泊まることにした。



「いらっしゃい、お嬢ちゃんみたいなのがこんな夜中に来るなんてねー。泊りかい?」


「うむ、とりあえず今晩だけ泊めておくれ」


「あいよー」



 宿屋の受付にいたのは、ミサーナという妖艶な爆乳の女性だった。ちくせう、あたしも不老不死にならなければあれくらいとはいかないまでも、その半分くらいは大きくなったかもしれないんだぞ。ホントだぞ?



 ミサーナの話ではこの街はラレスタという街らしく、これといって特に特徴のないごく普通の街とのことらしい。彼女から鍵をもらいひとまずその日はベッドで眠りに就いた。



 翌日、朝起きるとすぐに朝食を食べ街へと繰り出すことにする。オラルガンドの街並みと比べればそれほど大きくはないが、中世ヨーロッパ調の建築が軒を連ねまさにファンタジーのそれだった。



 こういうところは二百五十年前と何も変わっていない。文明の発展がないことを嘆けばいいのか、それとも何も変わっていないことを安堵すればいいのかあたしにはわからない。



 適当に街をぶらつきキョロキョロと街並みを観察しているといつの間にか冒険者ギルドに着いていた。



 特に用事もなかったが、昔のことを思い出し様子を見ようと入ってみるとギルド内は冒険者でごった返していた。



 あの冒険者たちの群れの中には入りたくなかったので、そのまま何もせずに外へと出ていくことにする。



 次に市場や広場などを一通り回ってみた感想としては、普通だということだ。特に昔の街並みと変わらず、物珍しいものも何もない。この街にそういったものがないだけなのかもしれないが、それにしたってもう少し何か興味をそそられる様なものが欲しいところだ。



「ローランドきゅんに会いたいな……」



 早くもローランドきゅん成分が足りないことに一抹の不安を感じながらも、大人の女であるあたしがそんな子供のようなことは言えないのである。四百歳を舐めるんじゃない!



 それから今日一日でラレスタの街を見て翌日には次の街へと出発した。特に目的地はないが、ここは大きく場所を移動するために隣国辺りに行ってみるのもいいかもしれない。



「よし、そうと決まれば行動あるのみだ!」



 愛しのローランドきゅんとの約束を果たすため、あたしはその一歩を歩み出したのである。それから、再びローランドきゅんに会った時に彼を取り巻く環境が変化していることに驚くことになるのだが、それはまた別の話である。





 ~ Side ???? ~



「はぁ」



 もう何度目かわからないため息を私は吐き出し、今日もあのお方のことを思いに更ける。あの凛々しい横顔に私の心臓の鼓動は大きな音を立てて鳴り響いている。



 あの方に初めてお会いしたのは、お父様とその方が謁見の場にて拝謁している最中でございました。



 魔族を撃退したという冒険者が一体どのような人物なのか一目確かめたい一心で、私は誰にも見つからないようにこっそりと謁見の間に忍び込んだのです。



 柱の陰からその方の顔を覗き込むと、そこには王子様がいました。キラキラとした金色の髪に緑色の瞳を持ち、お父様や他の貴族の方にも臆することなく堂々と話されている様は、まさに国を救った英雄のそれでした。



 その堂々とした姿に私は雷に打たれた衝撃を受けたのです。これが一目惚れというやつなのでしょう。



 それからは、あの方のことを考えるだけで頬が赤くなり、胸が詰まるように苦しい症状に襲われるようになりました。ですが、不思議と嫌な感じではありません。



「ローランド様……」



 まったく話したこともない殿方を好きになるなど、どうかしていると思うかもしれませんが、それほどまでにあの方は輝いて見えたのです。



 このことはお父様にも、他のお世話をしてくれている給仕のメイドにも、誰にも話してはおりません。私の立場と冒険者であるあの方では、立場が違い過ぎるのです。



「せめて……せめて一度だけでいい。一度だけお話がしてみたいです」



 そんな切実な願いを聞き届けてくれる者は、その場にはいないということを理解していながらも、そう呟かずにはいられません。



 すると、突然ドアがノックされ、私がこの国で最も尊敬する人物であるお父様が入ってこられました。



「ティアラよ、突然来てしまってすまない。お前に会わせておきたい者がおるのだ」


「私の婚約者が決まったのですか?」



 お父様の言葉に胸が締め付けられました。私にはローランド様という思い人がいるのです。そんな思いを抱えたまま他の誰かに嫁ぎたくありません。



「いや、できればお前を嫁がせたいが、おそらくは断られるのは目に見えているだろうからな。だが、その者は我が友であり今後もあの少年の力が必要になる時が必ず来ると俺はそう思っている。だから、俺の娘であるお前と会わせておきたいのだ」


「わかりました。それで、その方の名はなんという方でしょうか?」



 お父様が友と呼ぶ方であれば、私が断る理由はありませんが、名も知らないような方と会うのは失礼にあたるので、お父様に名前を聞くと予想もしない名前が返ってきたのです。



「お前も聞き及んでいるだろうが、先のオラルガンドの魔族襲来の件で多大な功績を上げた英雄ローランドだ」


「っ!?」



 お父様の口からその言葉を聞いた瞬間、私の体が熱くなり気が付けば気を失っていました。



 神様が私の願いを聞き届けてくれたのでしょうか? 図らずもあの方と話せる機会が巡ってきたのです。私の名前はティアラ。シェルズ王国の第一王女でございます。

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