128話「食事をした本当の目的と国王へのクレーム」



「ふう、とりあえず確認は完了したな……。二人か、意外に少なかったな」



 使用人たちとの食事を済ませた俺は、貴族が書類整理などの事務作業で使用する執務室の椅子に座ってぽつりと呟いた。今回使用人たちに料理を出したのは、親睦の意味も含めての行動だったのだが、もう一つ目的があった。



 それは、王宮からの暗部――所謂スパイがどれだけ潜り込んでいるのかの確認を取りたかったというものだ。今回王都で生活するための拠点として、この屋敷と使用人を手配してもらったわけだが、その手続きに俺は一切関わっていない。つまり、この使用人の中に、こちらの詳細を探る暗部やスパイが潜んでいる可能性もあるということなのだ。



 そう考え、最初に顔合わせした時と先ほどの食事の時に確認した結果、使用人十一人に対しそれらしい肩書と能力を持っていた人物が二人ほどいたのである。



 それを説明する前に使用人の詳細について話しておこうと思うが、先ほども言った通り使用人は十一人おり、執事のソバスとメイド長のミーア、それに料理人のルッツォあたりは名前が出ていたはずだから詳細を話すなら残りの八人についてだ。



 まずは、ミーアの下にいる正規メイドたち五人についてだ。正規メイドの名前はそれぞれステラ・モリス・ミレーヌ・タリア・リリアナの五人で、当然だが全員女性だ。さらにその下に年若いメイド見習いのマーニャとニッチェがおり、メイド長を合わせて八人のメイドがいることになる。



 国王の配慮なのかどうかはわからないが、メイド長のミーアも実年齢よりも若く見え、他の使用人たちも十代二十代と若いメイドが多い。そういった意図があるのか、それとも俺自身がまだ成人していない子供ということでそういった人選になったのかは俺のあずかり知らぬところなので、実際のところは国王を問い質してみないとわからないというのが実情だ。



 残りの一人は、この無駄に広い敷地の整備を任されている庭師のドドリスという四十代の中年男性で、庭師というよりも鍛冶職人が似合うのではないかという浅黒い肌と鍛え抜かれた肉体が特徴的な男だ。



 これでうちの使用人の詳細を説明したのだが、ここからは本題である。一体誰がスパイなんだと言われれば、正規メイドのステラと意外にもメイド見習いのマーニャである。



 この二人だけ【隠密】や【索敵】といったスキルレベルが高く、言い逃れできないのが【暗殺術】を所持していたということだ。しかも、結構レベルが高いという知りたくなかった事実と共にな。



 他の使用人つについては、こういった場合執事のソバスかメイド長のミーアがスパイというのがテンプレだったりするのだが、戦闘スキルは持ち合わせているものの、いざというときの護身術程度のレベルしか持っていなかったため二人は白だ。



 庭師のドドリスについては、詳細を見てみると元傭兵ということらしく、戦闘スキルは高いがスパイに必要な索敵や暗殺系統のスキルがなかったので、純粋な戦闘要員といったところだろう。



 あとこれは完全に余談な話になってしまうが、正規メイドのミレーヌとリリアナが所持していたスキルの中に【痴女】と【奉仕】というスキルがあったのだが、痴女が一体どんな奉仕をしてくれるのだろうか? それについては藪蛇になりかねないので、直接聞くことはしないでおこう。まったく、国王め……あんたも好きねっ!!



「まあ、仮にスパイがいたとしても何ら問題はないけどな」



 実を言えば、スパイについては特に問題視はしていない。一国を背負う王として、魔族を撃退できるほどの実力を持った人間を野放しにできないというのは理解できるし、何よりも為政者として監視は必要なことだと考えている。



 寧ろ、これでスパイの一人も送り込んでいないのであれば、それはそれで平和ボケしているとしか言えない状況になってしまうため、逆に安心しているほどである。



 それに彼女たちスパイの実力も諜報活動に特化しているようで、パラメータもA+判定が精々と俺には遠く及ばない。仮に寝込みを襲われたとしても、わざわざ起きなくても眠りながら対処できてしまうほどに、彼女たちと俺との実力は開いているため、脅威となり得ないのだ。



「でも、一応気付いたことは言っておいた方がいいかもな」



 おそらくスパイを送り込んだ理由の一つとして、俺がスパイに気付くかどうかということも試されているのではないかと考えたからだ。魔族を撃退できる実力はあっても、相手の素性や能力を把握する力はまた別物であり、常時ならどちらかといえばそちらの能力が高い方が警戒されたりする場合もある。



 それに、相手がこちらの索敵やその類の能力の高さを試しているのなら、それに乗ってやるのもまた一興ではないだろうか?



 そんなことを考えていると、執務室の扉がノックされる。俺が入室を促すと、入ってきたのは執事のソバスだった。実は、昼食の食べ過ぎで動けなくなった使用人たちを介抱していたため、この場にはいなかったのである。



「ローランド様、こちらが私たちの十年分の給金でございます。お受け取りください」


「む」



 ああ、そういえばそんなことを話していたな。スパイの確認とルッツォに料理を教えることに頭が取られて、そのことが抜けていたようだ。だが、そのことを表に出さないようにあくまでも「覚えてましたよ」という体を装って、給金の入った袋を受け取る。



「ソバス、俺はこれから少し出てくる。留守を頼んだ」


「畏まりました。いってらっしゃいませ」



 ソバスにそう告げると、俺は屋敷から王城手前の路地に瞬間移動をした。ちなみに、ソバスにわからないよう屋敷から一度出てから使用することで、見つからないよう考慮はしてある。俺が現れたことを王城の門番が視認すると、緊迫した雰囲気になったのを感じた。そりゃ魔族と互角に戦える存在がいきなり現れたら、警戒くらいはするだろう。



「何か御用でしょうか?」


「国王に会いに来た」


「失礼ですが、事前にお約束されているでしょうか?」


「いいや、そんな約束はしていないが、すぐに済む用事だから問題ないだろう。通るぞ」


「お、お待ちを! 確認が取れるまで、少々お待っていただきたい!!」



 いきなり何の事前連絡もなしにやってきたこちらに非があるため、しばらく待ってやることにする。二十分後、ようやく確認が取れたということで俺は王城に入ることが許された。



 そこから一直線に国王のいる執務室に直行し、部屋に入るなり開口一番こう言い放ってやった。



「よう、忙しそうだな」


「お前が来たことで、もっと忙しくなったがな」



 俺の皮肉に苦笑いを浮かべながら、意趣返しとばかりにそう切り返す国王ににやりと笑い返すと、俺はさっそく本題に入った。



「さっそくだが本題だ。これはあんたがソバスに渡した屋敷で雇った使用人たちの十年分の給金だ」


「それをなぜ俺のところに持ってくるんだ?」


「あの屋敷は、一時的とはいえ俺が住むことになる場所だ。だったら、その管理を任せる使用人たちは俺自身が雇うのが筋だと思わないか?」


「なるほど、今雇っている使用人では不服ということか」


「いいや、使用人は今のままでいい。あいつらの給金を払うのは俺がやる。今日はそれを言いに来た」



 俺の申し出に眉尻を上げながら顎を撫でる仕草で答える国王だったが、俺の追加の言葉を聞いて目を細める。



「新しい使用人に変えなくていいのか?」


「そんな必要がどこにある?」


「そうか……。わかった、これは受け取っておこう」



 どこか意外そうな雰囲気を出しながらも、俺が付き返した給金を素直に受け取る。だが、ここで勘違いさせないよう一言だけ言っておくことにする。



「そういえば、ねずみが二匹ほど紛れていたが、あれはあんたの差し金か?」


「……やはり、気付いていたか」


「当たり前だ。魔族を撃退できるような存在を野放しにしておく方がどうかしている。友好的に接することができたとはいえ、まだ暫定的なものでしかない。であれば、間諜を通じてこちらの動向を探ろうとするのが普通だ。寧ろ、間者を送ってこなかったら、そのことで怒鳴り込まなきゃならないところだったぞ?」


「それは、怖いことだな」



 俺の冗談めかした言葉に、肩を竦めながらおどけてみせる。そこからしばらく当たり障りのない話が続き、気になっていた案件を思い出したので、聞いてみることにした。



「国王、例の件はどうだった?」


「……お前の言う通り、何者かが手を加えた痕跡があった。今は、その犯人を捜している最中だ」


「やはりな。それで、再開の見通しは?」


「できるだけ早くやるつもりだが、後処理のことを考えればもうしばらく時間が掛かる」


「なら、それまでの間だけでもいいから、俺の好きなようにやってみてもいいか?」



 俺は以前国王に指摘した内容の事実確認をしてみたが、予想通り何者かの手が加わっていたようだ。まだ犯人は見つかっておらず、その一件の決着が付くまでは下手に動くことはできないらしい。



 ちょうどいいので、この世界に生まれ変わったことを記念して慈善活動でもやってみようかと決意を新たに、俺は国王の了承を得て動き出すことにした。

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