126話「屋敷の内装確認と料理人育成計画」



 冒険者ギルドと商業ギルドの双子のギルドマスターに出会った翌日、泊っていた宿に王宮からの使いの者がやってきた。そういえば、商業ギルドに向かった目的は王都で取り扱っている商品の目録を閲覧するためだったのだが、その前にギルドマスターに会うことになり、尚且つ精神的に疲れてしまったため、結局のところ目録の閲覧はできず仕舞いになってしまったことをここで白状しておく。



 訪れた使いの者の話を聞いたところ、今回の一件で渡す予定の報酬の一つである屋敷が決まったということなので、さっそく案内してもらうことにした。



「こちらになります」


「ここか……それにしても、めちゃくちゃ広くないか?」



 案内されたのは、広大な敷地面積を誇る一等地だった。その広さは、オラルガンドで購入した現グレッグ商会の建物がある敷地の二倍以上はある。さらに加えて、その土地の場所は謁見の時に希望した庶民の生活圏にほど近いところに位置しており、俺の希望にも沿っている。



「王家が保有する土地の中でも、ここは小さい部類に入る場所にございますよ?」


「マジか、流石は一国の王といったところか……」



 自分のお膝元である都市とはいえ、希望して二日程度でこれだけの土地と屋敷を用意できるあたり、伊達に国王やってないなと謎の上から目線で感心する。ひとまず屋敷に案内してもらうことにし、屋敷に向かうと玄関の外に整列するように使用人の服に身を包んだ複数人が出迎えてくれた。



「ようこそおいでくださいました。私はこの屋敷で執事をさせていただくことになりましたソバスと申します」


「そうか、俺はローランドだ。冒険者をやっている。それにしてもソバスか、惜しいな……」



 使用人を代表して、ソバスと名乗る執事が自己紹介をする。それに応えるように俺も自己紹介をしたが、ソバスに聞こえないようにぼそりと彼の名前の感想を呟いた。



 ソバスは五十代くらいの白髪短髪の老人だが、佇まいから何かの武芸の経験者のような雰囲気を持っていることから、元冒険者か国に仕えていた騎士あたりだと予想を立てる。他の使用人についても、名前などおいおい覚えていくとしてソバスに屋敷の案内を頼むことにした。



「ローランド様、こちら大図書館並びに王城の書物庫の入館に関する許可証となっております。お納めください」


「確かに受け取った。案内ご苦労」



 ソバスに屋敷案内を頼む前に、使いの者から大図書館と書物庫の入館許可証を受け取ると、自分の役目を終えた使いの者はそのまま王宮へと戻って行った。



 ちなみに、この土地と屋敷の所有権は王家が持っており、俺に一時的に貸しているという状況らしく、権利書関連はすべて王家が所持管理しているらしい。尤も、家賃や土地代はすべてタダなので、こちらとしては権利書がなくても何ら問題はない。出ていけと言われれば素直に出ていくつもりだ。



 使いの者を見送った俺は、ソバスの案内で屋敷の内装を見て回った。それは貴族でない人間が住むには豪華すぎるといっても過言でないもので、ソバスの話では元は伯爵家が所有していたものらしい。……道理で豪華なわけだ。



 下手をすれば、俺が元居たマルベルト家の屋敷よりもデカい気がする。貴族ではないのに貴族並みの屋敷を手に入れたことに複雑な心境を描きながらも、一通り案内が終わるといい感じに昼時となったので、料理人に昼食を作ってもらうことになった。



「ああ、そうだ。宿のキャンセルをしておかなきゃな」


「ローランド様、それはこちらでやっておきますので、ローランド様は自分のご用事を優先してくださいませ」


「そうか、なら頼もう。それと、ソバスたちの給金は王家から支払われているのか?」



 俺は、彼ら使用人の給金の出所が気になったので、ソバスに聞くことにした。すると、予想通り使用人の給金は王家から支払われており、しかも最低でも十年労働という条件付きの雇用らしく、給金もソバスに一括で支払う形で管理されているとのことであった。



「ソバス、あとでその給金を全額俺に渡せ。お前らは、俺が直接雇うことにする」


「で、ですが……」


「お前らは俺の使用人だ。であれば、俺が給金を払うのは当たり前のことだ。それとも、お前たちの忠義は俺でなく王家にあるとでも言いたいのか?」


「そ、そのようなことは決してありません!」


「なら、昼食後はその金を俺に渡すように」



 そこまで言われては使用人であるソバスとしても何も言い返すことができず、渋々ながら了承してくれた。好意的とはいえ、できるだけ王家に借りは作るべきではないからな。どんな無理難題を吹っ掛けてくるかわかったもんじゃない。



 それから、一人で食べるには大きすぎる食堂で料理人の料理を食べることになったのだが、そこで少しばかり問題が発生した。出された料理が俺の舌に合わなかったのだ。



「……ソバス」


「はい」


「料理人を呼べ」


「……畏まりました」



 俺の言葉に、すぐにソバスが料理人を連れてくる。やってきたのは、三十代くらいの口髭を蓄えた中年男性で、ちょうどグレッグと同世代くらいの男だった。どうして自分が連れてこられたのか、その理由がわからないといった具合に恐れ慄いている。



「これを作ったのはお前か?」


「は、はい。そうでございます」


「そうか、名前は?」


「ルッツォと申します」



 とりあえず、名前がわからなかったので彼の名前を聞き出し、さっそく本題に入ることにする。結論としては、口に合わなかったというのは決して不味いというわけではなく、何かが足りないといった理由からくるものだ。つまり、この料理には足りない物があり、それをルッツォが理解していない可能性があるということだ。



 料理の盛り付け方や調理方法を見るに、ルッツォ自体の料理人としての力量が悪いわけではなく、この世界の料理の技術が低すぎるため、前世の料理の味を知っている俺からすれば物足りないと感じてしまうのだろうと考えている。要は俺の舌が肥えすぎているのだ。



 しかしながら、それでも毎日彼の料理を食べるのであれば、俺以上か少なくとも同等の物が作れるようになってくれなければ、俺としても息の詰まる食事になってしまいかねない。であるからして、彼に俺が持っている料理の知識を授けることにしたのである。



「ルッツォ。この料理を自己採点するなら十点満点で何点だと思っている?」


「申し訳ございませんが、決して満点だとは言えません。私も日々努力しているのですが、何が足りていないのか日々模索しておりまして……」



 そう言いながら、本当に申し訳なさそうにルッツォが頭を下げる。なるほど、そりゃ何が足りないのかわからずに手探りで答えを導き出せと言われても、なかなか上手くいくものではない。前世では、その答えを知っている者が大勢いたり、知識がそこら中に溢れていたりしたが、この世界でその答えを知っている人間の数は少なく、しかもそれをおいそれと他人に教えるようなことはしないのだろう。



「その答えを知りたいか?」


「……ローランド様にはお分かりなのですか?」


「厨房に案内しろ。お前に満点の料理を教えてやる」



 俺の言葉に半信半疑の表情を浮かべるも、日々自分が疑問に思っていたことが解決するのであればと、ルッツォは不審に思いながらも俺を厨房へと誘った。

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