109話「魔族が襲来したのだが、思いのほか辛くはないかもしれない……」



 ナガルティーニャの拠点から帰還した翌日、感覚操作に反応があった。その感覚はどことなく嫌な感じで、不快感を覚える。



「何か来たな……どれ、【リモートビュアリング】」



 ある特定の風景を映し出す魔法を使い、オラルガンドの街の外を映し出すと、そこにいたのは街道周辺の草原を覆いつくすほどのモンスターの姿であった。



 そのモンスターの群れは明らかに標的をオラルガンドに定めていることから、何者かがモンスターを操っていることが見て取れる。それから周辺を探ってみると、二つの大きな反応があったので、その場を映してみた。



「やはり、あの女か」



 そこにいたのは、相変わらず表面積の少ない衣装に身を包んだ妖艶な女魔族だった。そのすぐそばには、表面積はあるものの女魔族と似た系統の衣装に身を包んでいる男魔族の姿もあった。……彼女の側近だろうか?



「また魔族かよ……しかも、今回は使い魔じゃなくて本気っぽいんだが」



 その二人の姿を見た瞬間、女魔族は当然として男魔族も只者ではない雰囲気がこれでもかと伝わってくる。魔族の中でもかなりの実力を秘めていることは間違いなく、魔族たちの本気度が窺える。



 モンスターたちも、CランクやBランクに分類する個体が多く、オラルガンドの冒険者たちといえど苦戦は必至である。シェルズ王国の中でも一、二を争うほどの規模を持つ都市を狙ってきたということは、ナガルティーニャの言った通り魔族たちが世界の覇権を握るために動き出したことを意味するのかもしれない。



「強くなった途端にこんなイベントに巻き込まれるとは、これもまたテンプレと言わざるを得んな……」



 などと悪態を吐きつつも、起こってしまったことをなかったことにはできないので、そのまま転換魔法を使って瞬間移動することにした。ちなみに、時空魔法が転換魔法に進化したことで、ディメンジョンゲートを使用しなくても瞬時に移動が可能となっている。ただし、相変わらず行ったことがある場所じゃないと使えないという制約はあるがな。



 オラルガンドの門近くにある人気の少ない場所まで跳んでくると、すぐに建物の屋根を伝って高い位置へと陣取る。目の前には数万は下らないモンスターの大群がひしめき合っていた。



「なかなか壮観な光景だな」



 俺がそんな取り留めのない感想をぽつりと漏らすと同時に、モンスターたちがオラルガンドの門壁へと向けて進軍を開始する。すでに兵士や冒険者たちは所定の位置に配備済みで、モンスターたちを迎え撃つべく身構えている。



 前日に異変に気付いた冒険者ギルドが、街の領主と冒険者に働きかけ、昨日のうちに兵士たちを配備させておいたのだ。俺のところには、顔は知っているがあまり話したことがない巨乳の女性職員が知らせに来てくれたのだが、前日に一度俺の配置場所を確認してそのまま瞬間移動で自宅まで戻って休憩していたのだ。



「矢を放てぇー!!」



 誰かの号令と共に、いくつもの矢が雨のように降り注ぐ。その勢いに怯むことなくモンスターたちの進撃は留まることを知らない。



 矢が放たれてからしばらくして、魔法使いたちによる魔法攻撃も始まった。火・水・風・土のありとあらゆる属性が戦場を飛び交い、モンスターたちを蹂躙していく。しかしながら、そんな攻撃が長く続くわけもなく、圧倒的な数の暴力の前では意味を為さなかった。



 次第に近づいてくるモンスターたちに怯えを見せ始める者もいたが、そんな空気を切り裂くように一つの魔法が放たれた。



「【サイクロントルネード】!!」



 サイクロンもトルネードも、同じ意味ではないだろうかというどうでもいい突っ込みを頭の隅で考えつつ、魔法を使った人物を見る。冒険者ギルドのギルドマスターイザベラである。



 彼女の放ったサイクロントルネードが、巨大な竜巻となってモンスターたちを吹き飛ばしていく。その規模と被害は甚大で、そのあまりの威力に沈みかけていた兵士や冒険者たちの士気が回復する。



「ふーん、こうかな? 【サイクロントルネード】!」



 モンスターの群れをなぎ倒していく竜巻の力に感心した俺は、見様見真似でイザベラが使った魔法と同じ魔法を唱えてみた。半径二十メートルは下らない彼女の竜巻を巻き込むように、その二倍はあろうかという竜巻が突如として出現する。



 イザベラの竜巻をも飲み込むと、すべてのモンスターをなぎ倒し後に残ったのは四肢がバラバラになったモンスターの残骸だったものだった。しかし、それでも数万という規模のモンスターを一撃粉砕という訳にはいかず、未だモンスターの進軍は停止していない。……ち、鬱陶しい連中め。



「ならこれならどうだ。押し流せ【メガリアメイルシュトローム】!!」



 突如として巨大津波が出現し、進軍中のモンスターに押し迫っていく。二十メートルを超える波の壁に抗える者などおらず、ほとんどのモンスターが押し流されてしまう。



 しかしながら、見た目は派手な魔法だが肝心の殺傷能力はあまり高いとはいえず、モンスターたちを門から遠ざけることはできたものの、そのほとんどが生き残っていた。



 だが、そんな状態のモンスターをこの俺が黙って見逃すはずもなく、ここで止めの一撃を与える。



「終わりだ。【ミストスチームエクスプロージョン】!!」



 モンスターたちが、霧状の物体に包み込まれる。その霧状の物体の正体は可燃性のガスであり、ちょっとの火気さえあれば立ちどころに膨大なエネルギーを持った爆発を起こしてしまう。そして、偶然発生した火気ではなく、魔力によって生じた火花が引き金となり、辺り一帯に大音声の轟音が響き渡った。



 爆発という現象によってモンスターたちの肢体がバラバラに吹き飛び、モザイクが掛かってしまうような凄惨な光景が広がっている。当然そんな状態で生き残っているモンスターなど皆無であり、文字通り全滅してしまったのである。



「さて、これで雑魚は片付いたが……うん? なんでこっちを見てるんだ?」



 数万のモンスターをようやく片付け、周囲の様子を見渡してみると、不意にイザベラと目が合った。遠目からでも見てわかるくらいにこちらにジト目を向けてきていたが、俺に視線を向けてきていたのは彼女だけではなかった。



 その場にいたほとんどの兵士や冒険者がこちらに集中しており、そのほとんどが好奇や驚愕といった感情を孕んでいた。



 俺が居たたまれない気持ちになり始めたその時、感覚操作が反応する。反応した方向を見てみると、そこには漆黒に染まった巨大な球体が出現していた。



「ちっ、奴の魔法か……仕方ない」



 その球体は、残った魔族の内の男の魔族が作り出したものだった。ぱっと見は、某有名漫画に登場する宇宙の帝王が使う死のボールという技に似ており、おそらく技の効果も似通っていると推察できる。俺はすぐさま奴の攻撃の直線上に割り込み、奴の魔法に対抗するための魔法を唱える。



「光よ、邪悪なるものから我らを守れ! 【セイクリッドホーリーシールド】!!」



 俺の唱えた魔法によって、万華鏡のような白い鏡の集合体のような盾が出現する。その盾が出現するタイミングとほぼ同時に、相手の巨大な球体が放たれる。圧倒的な質量と大きさのそれは、展開されているシールドとぶつかり合い、膨大なエネルギーの放出が起こっていた。



 光と闇の二つの力がぶつかり、鏡のような盾からは白い波動が、巨大な球体からは黒い波動が溢れ出ている。最初は拮抗していた双方であったが、突如としてその均衡が崩れ始めた。



「持たないか? いや、持たせるんだ!」



 闇の球体が光の盾の一部を破壊し、まるで鏡が割れる様に消滅していく。だが、破壊された場所からすぐにまた新たな鏡が出現し、相手の攻撃を通さないとばかりに攻撃を防ぎ続ける。



 一方の球体は、徐々に勢いが衰え始め最初は二十メートルほどの大きさだったものが、今ではその半分以下の大きさにまで萎んでしまっていた。



 俺が唱えた魔法【セイクリッドホーリーシールド】は、相手の魔力を自身の魔力として吸収変換する能力があり、特に反対属性の闇に関してはその無類の強さを発揮する。



 そして、相手の魔法は込める魔力量によって威力が決まるだけの能力であるため、追加で魔力を補充する術は持ち合わせていない。その能力の差が、決定的なものとなって如実に結果に反映された。



 魔力を吸収された球体は縮小していき、最後には魔法を維持させるための最低限の魔力すら吸収されてしまい、その存在を維持できなくなって消滅してしまった。



「どうやら、俺の勝ちのようだな」



 勝敗が喫したあとすぐに上空にいる相手の顔を見やると、これ以上ないほどに顔を歪ませているのがわかった。そりゃあ、自分の自信のある魔法が防がれるなどとは思っていなかっただろうから、悔しがるのは当然といえば当然だ。



 相手の出方を窺うのも何だか受け身になっている気がするので、今度はこちらから動いてみることにした。

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