41話「有名になった代償(テンプレ?)」
ワイルドダッシュボアの一件から数日が経過し、俺は一躍時の人となった。
本来ダッシュボアの上位種であるワイルドダッシュボアは、Dランク冒険者の四人パーティーでやっと討伐が可能な強さを持っているほど強力なモンスターで、それを単独で狩ってきた……否、狩ってきてしまった俺が注目されないはずがない。
そして、冒険者ギルド全体から見てほとんどの冒険者はFまたはEランクであり、Dランク以上の冒険者は残念ながらそれほど多くはない。
そんな状況下でDランクに昇格した俺は、今まさに他の冒険者からの熱烈なラブコール攻めにあっていたのである。
「おい、あれが噂の【ワイルド狩り】か?」
「ああ、あの若さで末恐ろしい」
「ん? 【ワイルド狩り】ってなんだよ?」
「おめぇ知らねぇのか? ワイルドダッシュボアを単独で狩った冒険者を短くして【ワイルド狩り】って通り名になってんだよ。わかりやすいだろ?」
冒険者ギルドに赴くと、あれほど騒いでいたギルド内が水を打ったように静寂に包まれる。
その視線は総じて好意的なものが多く、女性冒険者に至っては熱を帯びたねっとりとした視線を向けてくる者も少なくない。
そんな視線をできるだけ意に介さずいつものように受付カウンターに向かう途中、一人の男性冒険者に声を掛けられた。
「ぼ、坊主、ちょっといいか?」
「なんだ?」
「も、もしよければうちのパーティーに入らねぇか?」
(またこれか、これで何度目だ)
先ほど熱烈なラブコールを受けていると言及したが、今まさにそれが発生したようだ。
冒険者は基本的に複数人のグループを組んで依頼を達成することが多く、大概同じ出身地同士で組むことが多い。
しかしながら、それだけでなく互いの利益のために組むこともしばしばで、場合によっては冷めきった関係のパーティーも少なくはない。
ぽっと湧いたように出てきた有能なDランク冒険者が、こういった連中の目に留まらないはずもなく、連日パーティー勧誘の嵐を受けてしまっているのが現状だ。
「悪いが俺は一人でいたいんだ。だから断らせてもらう」
「そ、そうか」
「すまない」
俺が断りを入れると、あからさまに肩を落として仲間の元へと戻っていく。そのままカウンターに向かおうとすると「だから言っただろ? 無理だって」という勧誘してきた男性の仲間の声が耳に届いてきた。
誘ってくれるのは有難いことではあるが、俺の目的がこの世界を見て回りたいというものである以上、その目的に付き合わせるのも悪いし、何より生まれ変わっても対人関係で悩みたくはないので、今は一人でいたいというのも本音だったりする。
せっかくビンボー貴族の当主という重荷を降ろしたばかりなのに、新たな重荷を背負うのもどうかという思いもあるのだ。
「いらっしゃいませ。ローランドさん、人気者ですね」
「俺としてはいつも通りの日常を望んでいるんだがな」
「そりゃあ無理な話ですよ。このレンダークの街の歴史の中でも、僅か数日でDランクになった冒険者なんてギルドの記録でもほとんどないことです。快挙と言っても過言ではないですよ!」
「そ、そうか? それより、いつもの依頼をくれ」
「かしこまりました。こちらがダッシュボア三十匹分の素材の納品依頼とフォレストウルフ四十匹分の素材の納品依頼になります」
この数日間でモンスターを狩る量と報酬が増えた依頼を受注する。
あれ以来風魔法による解体の技を編み出したことで、一日に狩れるモンスターの数も増えさらに所持金が増えていた。
といっても、ただ貯め込むのも前世のサラリーマン時代と何ら変わらないので、魔法鞄を売っていた道具屋のお姉さんのところで時空属性が付与された三百キロの魔法鞄も入手済みだ。
俺が道具屋に行った時点で値段が小金貨一枚とさらに高騰していたが、ワイルドダッシュボアで得たお金があったので問題なく払えた。
お姉さんとしてはどうやら吹っ掛けたらしく、何とも言えない複雑な表情を浮かべていた。
店を出ていく際に「これじゃあ不足分を体で払ってもらえないじゃない」などという不穏な言葉が聞こえてきたが、気のせいだと思いたい。
ワイルドダッシュボアを狩ってからというもの、俺の周囲の環境が劇的に変化している。
概ね好転的な環境の変化が多いのだが、残念ながらそれだけで済まないのが人生というものだ。
良くも悪くも状況の変化というのはいつの時代いつの世でも似たようなもので、良いことが起こった後には必ずといっていいほど良くないことが起こるのが相場なのだ。
「ごめんあそばせー。こちらにローランドというワイルドダッシュボアを狩った冒険者がいると聞いたのだけれど、すぐに呼んで来なさい」
(うわー。典型的なおバカ貴族のお嬢様って感じだな……)
有名になると富や名声が集まってくるが、それと同時にそれに目を付けた権力者もまた砂糖に群がる蟻のように寄ってくるのである。
ギルドに現れたのは、豪奢なドレスに身を包みメイドを伴った貴族の令嬢だった。
年の頃は俺よりも一つか二つほど上で、悪役令嬢にありがちな金髪碧眼に鋭い目つきを持っており、あまりお近づきになりたくない類の人間だということがすぐに理解できる。
さらにこれもありがちではあるが、その癖目鼻立ちは整っており年齢の割に胸もあるという美人ではあるが何かが足りていない系女子である。
突如として現れた闖入者にギルド内が騒然とするも、そんなことは意に介さずとばかりにひたすら命令口調で要求を突き付けてくる。
「早くローランドという冒険者をお出しなさいな。それとも、庇い立てするつもりかしら?」
「お嬢様に逆らってただで済むはずがありません。大人しく命令に従うことをおすすめします」
「はあ、さっきっから黙って聞いていれば、突然来てなんなんだお前らは?」
「あなたがローランド?」
「だったらどうする?」
この手のタイプの人間は放っておくととことん付きまとわれる可能性が高い。であるなら最初から相手取った方が得策だと判断し、俺は彼女たちと対峙することにしたのだ。
一方目的の人物が見つかったことで、睨みつけるようにこちらを値踏みする視線を向けてくる。
彼女たちの態度に若干の苛立ちを覚えつつも、早く要件を聞き出したいため成り行きを見守る。
「ふーん、平民にしては悪くない顔をしてるわね。まあいいわ。てことで貴方、今日からわたくしの家来になりなさい」
「はあ?」
「お嬢様がここまで譲歩してくださっているのです。有難くお受けなさい」
まったく、いきなりやってきて家来になれなどまるで常識がなっていない。まさにバカ貴族という言葉がふさわしい言動だと内心で呆れかえる。
メイドもメイドで見当外れなことを宣いつつ誇らしげに胸を張る。こいつも無駄にでかいんだよな……。G……いや、Hはありそうだ。
とりあえず、面倒な事に巻き込まれてしまっている自覚はあるが、まだ軌道修正が可能な状況にあると自分に言い聞かせ、彼女の申し出を丁重に断る。
「悪いが、俺は誰の家来になるつもりもない。大体、お前はどこの誰だよ?」
「まあ!? わたくしの顔を知らないなんて。とんだ田舎者もいたものね」
「御託はいい。誰だお前? それとも名乗る名がない名無し女か?」
俺の皮肉を込めた言葉にムッとしつつも、貴族としての矜持なのかすぐに体裁を整える。
「いいでしょう。そこまで知りたいなら教えてあげますわ。サリー」
「かしこまりました。こちらはラガンフィードの領地を治める領主の娘。ジョセフィーヌお嬢様でございます」
「ジョセフィーヌ・ラガンフィードよ」
「ほう、領主の娘か随分とアレな娘のようだな」
「それよりもこちらが名乗ったのにそちらは名乗らないのかしら? 田舎者はこれだから困りますわね」
先ほどの俺に対する意趣返しのつもりか、得意気な顔を浮かべ蔑んだ視線を向けてくる。
まあ、これでも元貴族の息子であるからして、礼儀には礼儀で返さなければなるまい……。
「ローランドだ。先日Dランク冒険者になったばかりだ。じゃあそういうことで失礼する」
「待ちなさい! 話はまだ終わってないわよ!!」
「……家来の件は断った。ならもうここにいる理由はない。あんたらに構っているほど俺は暇じゃないんでね」
これ以上馬鹿に構っている暇などないので、冒険者ギルドをあとにしようとするがそうは問屋が卸さないとばかりにジョセフィーヌが引き留める。
「待ちなさい! サリー!!」
「かしこまりました。待て平民、ジョセフィーヌお嬢様がせっかくお誘いいただいているのにその態度はなんだ。……待てと言っている――」
「……お前らいい加減にしろよ? 俺はDランクの冒険者だ。そこらにいる有象無象よりもそれなりに死線は潜ってきている。これ以上バカ騒ぎをするなら、少し痛い目を見ることになるが……どうする?」
少し脅かすつもりで、言葉に殺気を込めて警告する。
どうやら効果は覿面だったようで、その場にへたり込んだジョセフィーヌが青白い顔色になっていた。
サリーと呼ばれているメイドも、彼女の変貌に俺の相手どころではなくひたすらジョセフィーヌの名を呼び続けていた。
これでようやく邪魔者はいなくなったので、踵を返し冒険者ギルドをあとにしたのであった。
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