20話「初めての冒険者ギルドと初めての青春」



「ここが、冒険者ギルドか」



 門番の兵士の言った通り、大通りを真っすぐ道なりに進んだところに冒険者ギルドはあった。

 剣と盾の絵が描かれた看板がある建物は、門の入り口から大通りを抜けた先にある広場のちょうど真正面に位置している。



 広場はさらに大きく二股に分岐しており、それぞれの道に続いているが、その先は進んでみないとなにがあるのかわからない。

 ひとまず冒険者ギルドでの用事を済ませるたそのまま建物内に入る。



 建物内に入ると向かって左手に受付カウンターが並んでおり、カウンターの向こうにはギルドの職員があくせく働く姿がある。

 反対側にはバーカウンターがあって、数組の椅子とテーブルが並べてありそこには冒険者たちが酒を飲んだり食事をしたりしていた。



 バーカウンターの左右には二階に上がるための階段がそれぞれあり、その先には二階席が設けられている。

 そこでも食事や酒を飲むことができるが、そこにいる冒険者たちは真面目な雰囲気で何か話し込んでいる。

 どうやら二階席はほとんどの場合、食事を取るための場所というよりは話し合いの場に使われることが多いらしい。



 ギルド内に入った瞬間、何人かの冒険者たちがこちらに視線を向けてきたが、相手が子供の俺だと認識すると視線を逸らし食事の続きを楽しんでいた。

 一瞬テンプレが来るかと身構えたが、どうやら面倒なことにならずに済みそうだ。



 入口にいつまでも突っ立ているわけにもいかないので、一番手近な受付カウンターに行く。

 カウンターには、緑髪の眼鏡を掛けた十代後半と思しき女性がいた。ちなみに顔はかなりの美人で胸もでかい。……Gはありそうだ。



「いらっしゃいませ。どういった御用でしょうか?」


「冒険者の登録に来たんだが、その前に規約を確認したいので説明してほしい」


「はあ、説明ですか……」



 受付嬢に対し冒険者として登録する前に面倒なルールがないか確認の意味も込めて事前説明を求めたのだが、なんとも要領を得ない回答が返ってくる。

 今の俺の年齢的にそういったことに食指は動かないのだが、無駄に揺れる胸に視線が行かないよう細心の注意を払いつつ、志向を変え彼女に質問する。



「では今から二、三質問するからそれに答えてほしい」


「……わかりました」


「質問その一、冒険者ギルドに登録しなくても手に入れた素材や討伐したモンスターの解体依頼ができるか?」


「はい、できますよ」


「そうか、では次の質問だ……」



 それから俺は彼女に疑問に思っていることをぶつけてみると、いくつかの回答が得られた。



 まず、緊急依頼に関しての扱いだが、例えばこの街にモンスターの大群が襲ってきたとしてギルドがそのモンスターの討伐するための緊急依頼を出した場合、それは強制参加させられるのかという問に対し、彼女はNOと答えた。



 緊急を要する依頼は、直接ギルドが発注することが多いがその依頼に強制力はなく、各冒険者が判断して受けるかを決める任意らしい。

 加えてその依頼を断った場合、何かしらのペナルティや冒険者としての評価が下がることもないのだが、他の冒険者の心象が悪くなることがあるのだそうだ。



「俺たちは依頼を受けたのに、世話になっているギルドの依頼を無下にするとはどういう了見だってことか?」


「平たく言えばそうなりますね」



 なるほど、これは意外に厄介な慣習だな。規則的には問題ないが、倫理的には問題があるというなんとも厄介なものだ。

 その他にもいろいろと質問を重ねたが、大体こちらが予想した通りの回答が得られたので詳細は割愛する。



「ふむふむ、大体はわかった」


「では、登録なさいますか?」


「いや、一旦考えさせてもらおう。ところで、この近くに宿はあるか?」



 いろいろと考慮した結果冒険者登録での登録は一旦保留とし、一度宿を確保するためギルドをあとにする。

 受付嬢の話では、ギルドを出て右手の通りをしばらく進むと【輝きの雫】という宿があるそうだ。

 名前が少し大げさな気もするが、宿自体は値段や設備を見れば中間くらいの質らしいので、そこでしばらく世話になることにした。



 宿はすぐに見つかり、さっそく受付に向かう。

 室内に入ると正面に受付があり、右手には酒場と食事処を兼任している食堂があった。

 時刻はそろそろ夕方になろうとしているが、まだ混雑する飯時には早いこともあってか、客入りはまばらで空いている状態だ。



「いらっしゃい、輝きの雫へようこそ。食事かい、それとも泊かい」



 声を掛けてきたのは、三十代中盤の女性で多少体形がふっくらとしているものの、女性特有の色気は健在で、俗にいう美魔女という言葉が似合う雰囲気を持っている。

 前世の年齢的に好みの女性に思わず見惚れていると、それを不審に思った彼女が訝し気に問い掛けてくる。



「どうしたんだい、坊や? 急にぼーっとしちまって」


「あ、ああ。ちょっと立ち眩みしただけだ。今日この街にやってきたばかりで疲れてたんだろう」


「そうかい。で、泊っていくのかい」


「ああ、一泊いくらだ」



 一泊の値段は素泊りで大銅貨二枚、朝晩の食事付きで大銅貨二枚と小銅貨五枚だった。……一泊食事付きで二百五十円とか、どんな格安宿だよ。

 心の中でそんな突っ込みを入れつつ、とりあえず食事付きで三日間お世話になることにした。たぶん、延長することになるだろうが一応念のためだ。そう、念のため……。



 三日分の宿泊費大銅貨七枚と小銅貨五枚を支払い、女性から鍵を受け取る。

 受け取る際に彼女の柔らかい手が一瞬触れてしまいドキッとするが、なんとか平静を保ちつつ鍵を受け取る。



(俺は初心な少年か! ……って、この世界ではまだ少年だったな)



 前世の年齢を足すと八十オーバーのお爺ちゃんになるのだから三十代の女性は恋愛の対象になりえるはずだ。……なるよな? なると言え!!

 だが、俺のこの世界での初めての初恋は急な形で終わりを告げる。



「おうミサーナ。商業ギルドからの荷物ってどこに届いてるんだ?」


「何言ってんだい!? それならあたしがもう厨房に運んどいたって朝に言ったじゃないか!」


「おう、そうだったそうだった。うっかりしてだぜ、へへ」


「まったく、なんだってあんたみたいなダメ男と結婚しちまったのかねぇ~」



 どうやら彼女はすでに既婚者だったらしい。実に残念、実に無念である。

 人のものに手を出す主義ではないので、この内に燃え上がった火は即座に鎮火させていただこう。

 そんな胸中の思いを俺が抱いているとは露知らず、部屋は二階に上がってすぐの場所だと彼女は俺に伝えてくる。



「あたしの名前はミサーナだ。まあ、女将でもミサーナでもなんでも好きに呼びな」


「ミサーナちゃん……」


「ああ? なんて言ったんだい?」



 おっといかん、前世の年齢に引っ張られるあまり、三十代女性をちゃん付けしてしまった。

 幸いボソッとつぶやいた程度だったので、ミサーナに聞かれることはなかったが、次からは気をつけねばなるまい。



「なんでもない。俺は……ローランドだ。しばらく世話になる」


「そうかい。まあよろしくさね」



 それから、食事はすぐに食べるかと聞かれたので食べると返答し、すぐに自分の部屋へと足を向ける。

 二階に上がる階段を登ってすぐの部屋とのことだったが、部屋はすぐに見つかり鍵を開けて部屋の中に入る。



 部屋の内装は実にシンプルな造りとなっていて、簡素なベッドに丸いテーブルと椅子が二つ、さらに衣服などを収納しておくための小さなクローゼットが設置されていた。



 部屋の鍵を掛け、そのままベッドに倒れこむと俺はさきほどの自分の言動の恥ずかしさにのたうち回った。

 頭を掻き毟り、身悶えながら呻き声にならない呻き声を上げ続ける。



「くそう、なんだってこんなことになったんだ!? 冒険者ギルドのおっぱい眼鏡姉ちゃんは大丈夫だったじゃないか! これじゃあまるで、俺が熟女好きの男みたいだろうがぁー!!」



 そうだ、大体三十代は熟女ではない。まだまだ熟しきっていない果物なんだ。……そうだろ?

 と、とにかくこんな感情が沸き起こること自体実に五十年ぶりくらいの出来事なのだ。落ち着け、俺。



 久しく忘れていたあの甘酸っぱい青春の思いが蘇ってきたのだ。これほど厄介な感情はないだろう。

 それから約二十分間に渡って、ベッドの上で身悶え続けたが、ひとしきり暴れ終えた後で夕食を食べていないことを思い出し、階下へと足を運んだ。



 食堂に行くと、夕飯時に近い時間帯となっているのか先ほどまで空いていた席もちらほら空席がある程度まで込み始めていた。

 あと十分あの状態を継続していたら、満席で座れなくなっていたかもしれない。……あれは、もう忘れよう。



 適当に空いている席に座ると、すぐに給仕の女性が近づいてきて注文を取りに来る。



「いらっしゃい、なんにしますか?」


「ああ、適当に腹に溜まるものを……って、女将?」



 そこにいたのは、先ほど受付にいたミサーナそっくりの年若い少女だった。

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