第139話 処断会議

 今、城塞都市ハニバルはあちこちというどころが、街全体でお祭り騒ぎになっている。いつ敵の襲来が来るのかと怯えて過ごしていた日々が、敵の全滅と敵女王を捕らえたことにより、終わりをつげ、心に重くのしかかっていた重荷が消えた事に上、ウリクリ、イアピースの連合軍が到達し、多量の救援物資や食料が運び込まれたので、その食料や、兵士たちが持ち帰った、虫の腹を使った料理を作り、宴が行われているのである。


 俺の配下になったのは子供のジェネラルも合わせて120人だが、こちらは流石に一般市民の衆目に晒すのは憚られたので、ウリクリ、イアピース連合軍の物資から布を貰い、身にまとって姿を隠し、同じく物資から借り受けた天幕を本部の裏手に設置し、そこに控えてもらっている。


 俺や俺たちの仲間、サイリス、ハニバル、そして、マイティー女王やカミラル王子、ノブツナ爺さん、また、遅れて到着したベアースの援軍の将を含めて、祝賀の宴を一頻り楽しんだ後、場所を移して、今後の方針を取り決める会議を行う事になった。


 俺はアルファーとの参加になったが、肝心の虫王族の女王であるエイミーは手かせ足かせをはめられて、一人離れた所のまるで裁判の被告人席の様な所に座らされている。なんだか、その様子を見ていると、触手の件も含めて気の毒になってくるが、敵側の最高責任者である女王なので仕方がない。


「さて、今回の顛末をどの様にケリをつけるのかの話ですが…」


 最初に話の口火を切ったのは、椅子の肘置きに肩肘をつきながらゆったりするマイティー女王である。


「王国連合の戦時特別法では、捕らえた捕虜の扱いに関しての権利は、戦功の第一功績者とある。今回の場合の捕虜は虫王族、女王エイドリアンで、第一功績者はイチロー・アシヤとなる」


 マイティー女王の言葉にカミラル王子が王国連合の戦時特別法を纏めた種類の束をひらひらさせながら発言する。


「なるほど、では、あの大量の虫娘たちの扱いはどうなるのかな?」


「そちらもイチロー・アシヤが既に調伏して仲間に引き込んでいるので、捕虜や敵将の扱いではなく、イチロー・アシヤの仲間という扱いになる。まぁ、今後、問題を起こした時は、イチロー・アシヤの責任となるが…」


そう言って、カミラル王子はぎょろりと俺を見る。


「ちょっと待ってくれ!! 我々ベアース国の事はどうなる!! こ奴や、その配下の者たちに国内を蹂躙されたと言うのに、その者たちを処分する権限がないというのか!!」


 遅れて到着したベアース国の騎兵隊師団隊長が席を立ちあがり、エイミーを指さしながら、口角泡を飛ばしそうな勢いで騒ぎ立てる。


「ベアース国の騎兵隊師団長ウスター殿程の方が、王国連合の戦時特別法を呼んでいらっしゃらないのかしら? この戦時特別法はね、貴方の様な後から来て、上前をはねようとする方の対処として、王国連合に連なる王が、署名して締結されたものなのよ? それはご存じなのかしら?」


マイティー女王は細めた目の微笑を浮かべながら、師団長のウスターを見つめる。


「ぐっ… それぐらい分かっております…」


ウスターは拳を握り締め、口惜し気に席に座る。


 なるほど、今の話を聞くと、エイミーもジェネラル達も、その処遇の権限は全て俺にあるということなのか…


 ん? ちょっと待てよ? アルファーに関してはどうなるのだろう? 確かに、仲間に引き込んだのは俺であるが、元々はノブツナ爺さんが捕まえて、ここで捕虜として捕らえていたのだ。


 ん~ このまま黙っておいて、なし崩しに俺の物にしても良いが、それだとあとあと面倒な事になりそうだな、こういう事は、ちゃちゃっとケリをつけてしまうのに限る。


「確認しておきたい事があるんだが、このアルファーの処遇に関してはどうなる? アルファーを捕らえたのは剣聖ノブツナ爺さんだが、捕虜として管理していたのはここの本部になる。そして、仲間に引き込んだのは俺だ。あとあと面倒事になるのは勘弁なので、ここで明確にして起きたい」


皆の視線が俺とアルファーに集まる。


「うむ、確かにその娘を打ち負かし、捕らえたのはわしであるが、後の事はサイリス殿にまかせたのでのう…」


ノブツナ爺さんは顎に手をやりながら、やれやれという仕草で答える。


「剣聖ノブツナ殿は軍属であれば、その所属国の権利となるが、ノブツナ殿はイチロー殿と同じく、国から依頼を受けたただの冒険者、なので、第一功績者はノブツナ殿となる。しかし、そのノブツナ殿がサイリス殿にその権限を任せたと言うなら、その処分権はサイリス殿にあるということかしら?」


そういって、マイティー女王はちらりとカミラル王子を見る。


「うむ、そうだな。戦時特別法にもその様に記されている。認定勇者の場合には認定国に以上することもあるがな」


 カミラル王子はマイティー女王の視線に答えてその告げ、そのカミラル王子の言葉に皆の視線がサイリスに集中する。


「わ、私ですか…」


 サイリスは突然、目上の者たちからの視線が集まり、皆、自分の発言を待っている状態に、少し戸惑いながら口を開く。


「私は確かに、イチロー殿にアルファーとの接見許可を出しました。その許可に範疇を定めていなかったので、イチロー殿が仲間に引き入れたというのなら、その許可も出した事になります」


「サ、サイリス! お、お前! 何を言っているのか分かっているのか!?」


サイリスの言葉に、ウスターが再び席を立ち上がって叱責する。


「確かに、アルファーは我々の敵ではありましたが、イチロー殿によって仲間に加入した後、敵側の色々と有益な情報を私たちにもたらし、女王討伐へと至りました。彼女がいなければ、我々はとうの昔に躯となっていたことでしょう」


自分より上位であるウスターにサイリスは一歩も引かずに堂々と言ってのけた。


「ちなみに戦時特別法に於いても、それなりの立場あるものが交わした契約や約束は、その立場に応じて有効となると記されている。この場合のサイリス殿の行為は有効となるな」


 カミラル王子が戦時特別法を纏めた書類をポンポンと叩いて付け加える。カミラル王子の言葉もあって、ウスターは引き下がって席にすわるが、憎々し気にサイリスを睨んだままだった。


 なるほど、現場が勝手にやった事だから国は知らんと、契約や約束を反故にされない文面が盛り込まれているのか、この戦時特別法とやらを作る時はかなり揉めたんだろうな…


「そういう事で、女王も、その配下の虫娘たちも、その処遇に関する権利は、イチロー・アシヤ、全て貴方にあるわ… どうするのかしら?」


 マイティー女王は両肘をテーブルにつき、組んだ手の上に顔を乗せながら、俺をまるで品定めでもするように見つめて来て、会場の皆の視線も俺に集中する。


 え~ 最終判断が俺に任されるのかよ… しかも、ただ単に俺の要望を言ったらマズイような、空気を読めよと言われている様な、場の雰囲気だな… 皆の反応を見ながら結論を述べていかないとダメなのか?


 結構、難しいな… 感情を取るか実利を取るか… それは俺自身の事だけではなく、皆の感情か実利かの反応を踏まえて、納得する結論を出さないとあかんのか…


「ん~ 先ず、女王を含めて、ジェネラル達の処遇や処断についてだが…」


皆が固唾を呑んで俺の発言を見守る。


「全員、処断はしないつもりだ。処断をしたところで、こん戦火での死体が100人ほど増えるだけだ」


 俺の言葉にマイティー女王は僅かだが口角をあげる。ノブツナ爺さんはうむと言ってこくこくと頷いた。逆にサイリスは眉間にしわを寄せ、ウスターは露骨に怒りの表情をし、何故かカミラル王子のギョロ目で俺を睨んで来た。当の本人である、エイミーは項垂れてうつむいたままだ。


「で、それで?」


マイティー女王が何を促す様に声をかける。何を促しているんだよ…


「…直接被害を受けたベアースやここハニバルの国民感情や住民感情からすれば、処断された者がいないというのは納得できないだろうから、それに関しては、俺が女王を屈服させた女王の広間に行けば、女王の鯨ぐらい巨大な第二腹部が残っているはずだ、それを打ち取った御首級代わりに衆目に晒せばよいだろう」


 俺のこの言葉でサイリスは胸を撫でおろし、納得したかのように瞳を閉じる。しかし、ウスターとカミラル王子の表情は硬いままだ。


「それで?」


マイティー女王が更に続けてくる。


 おい、ちょっと待ってくれ、俺は第一功績者だったよな? なんで俺が、敗戦国の王族みたいに命乞いの条件を次々と言っていくような状況になっているんだ? 


 しかし、マイティー女王の何考えているのか分からない微笑をみると、これだけではこの場は収まらないという事であろう、カミラル王子も目をひん剥いているからな…


「それと、幼体や子供たち、それの面倒を見るものを除いては、女王やジェネラル達にベアースの賠償として、復興の手伝いをさせようと思う。こいつらは地下を掘り進むのが得意の様なので、地下資源を採掘させたり、地下水道を作って灌漑設備とかもできるだろう。その方が食えもしない死体が増えるよりも、余程いい考えだと思うがどうだ?」


俺はこれでOKかと聞くようにマイティー女王に目を合わせる。


「なるほど… でも、女王や虫娘たちが再び反旗を翻さない保証はあるのかしら?」


まだ、及第点ではないらしい。


「そうさせない為にも、幼体や子供たちは俺の手元に置いて人質にするんだ。それでも反旗を翻すなら、俺が再び討伐して、今度は責任を取ってちゃんと息の根を止めるよ」


ここでようやく、マイティー女王の目が笑ったような気がした。


「ウスター殿、今まで手つかずだった地下資源の採掘に、水資源を確保する灌漑設備までしてくれるそうよ。しかも、反乱をさせない、しても討伐までしてくれる保証付き… どうかしら?」


「う、うむ… そ、それならば… 良いかもしれません」


 流石のウスターもここまで言われたら納得したようであった。それと同時になぜだかカミラル王子も重荷を降ろしたかのように、ふぅーと息を吐き、背もたれに身体を委ねる。


「ウスター殿も納得した処で、処遇会議は以上でよいかしら?」


マイティー女王の言葉に皆は頷いて、承諾の意を現した。


「それでは、皆さま、お疲れ様、ゆっくり休んで頂戴」


 その言葉に皆、立ち上がり自室に戻っていく。俺はすぐには立ち上がらず、大役を終えた事で、肩を撫でおろし、椅子の背もたれに身体を委ねて、少し目を閉じた。


「おい、イチロー!」


 俺はビクッとして、その声で目を開く。するとすぐ側にカミラル王子が立っていた。


「ちょっと、話がある。俺の部屋まで来い」


 え~ 会議で気疲れしたし、俺は女王討伐からそのままだから、早く休みたいのにまだ、話があるのかよ… しかし、カミラル王子を怒らせると怖いから従うしかないな…


「わ、わかりました」


俺はそう答えて、カミラル王子の後に続いた。


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