第116話 敵将の姿
俺はサイリスの後に続き、湿っぽい地下への階段を降りていく。一応、カズオやカローラも敵の姿を確認するために同行している。俺のお付になったフィッツも同様だ。
地下への階段を降り切ると、鉄製の頑丈な扉が設置されており、その前には衛兵の警護まである。結構、厳重な警護をしている。
「何か、変わりはないか?」
サイリスが警護の衛兵に声をかける。
「いえ、睡眠薬入りの食事を与えているので、特に変わりはございません」
「そうか、では、こちらのイチロー殿御一行に敵将の姿をお見せしたい、扉を開けてくれるか?」
「分かりました!」
衛兵は敬礼して答えると、腰の鍵束を使って扉の鍵を開錠する。そして、『ふん!』と気合を入れて扉の取っ手を引っ張り、鉄の扉はギギギと不快な金属の軋む音を立てながらゆっくりと開け放たれる。
「サイリス様、一応、脱走の警戒の為、中に入られた後、扉は閉じさせて頂きます。戻られる際は中から声をおかけください」
扉を開けた衛兵は肩で息をしながら説明し、松明を一本サイリスに手渡す。
「うむ、分かった。では、行きましょうか、イチロー殿」
「おう、分かった」
俺達は、サイリスの持つ、松明の明りだけを頼りに、湿っぽい、石壁に覆われた通路を進んでいく。なんだか、リアルでwizシリーズでもやっている気分になってくるな。
ここの地下は地上部分とはことなり、人の喧騒など聞こえてこず、シーンと静まり返った中、俺達のコツコツという足音と、時折、どこかから聞こえる、水滴が何かに落ちてぴちょーんと響く音だけが聞こえる。
そんな状況に怯えたのか、俺の外套の裾を誰かが掴む。肩越しにチラリと見るとフィッツの様だ。少年兵と言っても年端のいかない子供だ。こんなモンスターや悪霊が出そうな地下の通路が怖いのだろう…
そんな事を考えていたら、今度は誰かが俺の左手を掴む。誰だと思ってみてみると、今度はカローラだ。お前、どっちかと言うと、こんな所で潜んでいる方だろう… なんでお前が怖がっているんだよ。って、そう言えば、前にこいつ幽霊が怖いって言っていたな、なんでも物理攻撃が聞かないからって… お前なら対処方法ぐらいあるだろうが…
そんな風にカローラの事を見ていると、俺の外套を引っ張る力が強くなる。フィッツがビビってんのかと思って、再び肩越しに見てみると、カズオまで俺の外套の裾を握りしめていた。
「おまっ! なんでカズオまで俺の外套を握りしめてんだよ!」
「だって! 旦那ぁ~ あっし、こういう所は苦手なんでやすぅ~」
カズオは瞳をうるうるさせながら怯えるチワワっぽく訴えてくる。全然、可愛くねぇ…
「いや、オークはこんな所で拷問とかする方だろ」
「あっしの場合は、された方でやすからね…」
あぁ… クリスに捕まった時の事か… 最近、小マシになって来たと思ったら、また気色悪い事を言い始めたな… また、変なスイッチが入らなければいいが…
「まぁいい… でも、あんまり引っ張るな、首が締まる」
「へ、へい… 分かりやした…」
カズオは縮こまって答える。
「イチロー殿のお仲間はにぎやかですねぇ~」
前を進むサイリスは肩越しに振り返って口角をあげる。
「俺の仲間がすまないな…」
俺は一応、謝っておく。俺の言葉を受けてサイリスは『ふふ』っと笑って先に進む。
すると、辺りは通路から、牢獄のある区画に入ったようで、松明の揺らぐ明りに照らし出されて、通路の両側に鉄格子が見える様になってくる。
その牢獄の前を通り過ぎる時に中をチラリと見る。映画やゲームなら討ち捨てられた囚人の朽ち果てた遺骨が残ってそうな牢獄であるが、中に人は入っていないようだ。
まぁ、ここの本部は一応、公の期間なのでそんなものはないだろうし、囚人に死人が出ても、その遺体を討ち捨てずちゃんと処分するだろう。
しかし、俺の仲間たちは、牢獄が見えたことで、恐怖が増大し、カローラは俺の手を握りしめる力が増し、外套も引っ張られる。俺はまたカズオかと思ってチラリと振り返るが、今度はフィッツだった。…これは仕方ないな… 我慢するか…
こうして俺は怯えるカローラ、カズオ、フィッツの三人を引っ張る形でサイリスの後に続いて歩く。人類側のフィッツは兎も角、元魔族側だったカローラとカズオは情けないな…
「ひっ!!」
フィッツが短い悲鳴をあげて、俺の左腕にしがみ付く。
「どうした?フィッツ?」
フィッツは腰が抜けかけているのか、内股になりながら、生まれたての小鹿のように足を振るわせ、俺の腕に縋りつく。
「あ、ああああそに、ひ、ひひひ人影が…」
そう言って、フィッツが定まらない指先で、道先にある牢獄の中を指し示す。確かに、時折、松明の揺らめく炎で、牢獄の中に人の姿の様なものが見え隠れする。
「ひぃぃぃぃ! 死体がぁぁ!!!」
今度は、カズオが悲鳴をあげて俺の背中にしがみ付く。
「やめろ! カズオ! 気色悪い!」
「だって! 旦那ぁ! 死体が! 死体がぁ!!」
カズオは俺の胴体に腕を回してしがみ付き始める。
「お前だって、死体の一つや二つ、見た事ぐらいあるだろうが!」
「こんな所で死んだ者はきっと悪霊とかになるはずでやすよ! その内、呪いで身体が重くなったりするはずでやす!」
「悪霊より前に、お前のせいで、俺の身体が重いわ! って、マジ足が重くなってきた…」
マジで悪霊かと思って足を見てみると、カローラがまるで木にしがみつくコアラの様に、俺の足にしがみ付いていた。
「カローラ… お前、なにしてんの?」
「だって! イチロー様! 死体ですよ! 死体ぃ! その内、腐ってきてドロドロになってくるんですよ!」
こいつ、自分がアンデッドのヴァンパイアの癖に死体が怖い… いや、違うな、グロいのが苦手なのか… だから、城のメイド達はすべてスケルトンでゾンビやグールがいなかったのはそのせいなのか… 後、レバーが苦手なのも見た目、臓器だからな…
「それは死体ではありませんよ」
騒いでいる俺達に前を歩いていたサイリスが声を掛け、手に持っていた松明を人影がある牢獄へと向ける。すると、松明の炎に照らし出されて、両腕を壁からの手錠で吊るされた、ボロを纏った人の姿が見え始める。
「ん? んん!? これ? 女か? こんな真っ暗な牢獄に繋がれている女って… こいつ、一体何をしでかしたんだ?」
顔は項垂れていて見る事は出来ないが、壁に吊るされたボロを纏った人影は、松明の炎で見えにくいが、ボロの上からでも分かる胸の膨らみや腰のくびれ、美味しそうな太ももで女であることが分かる。
「こいつは普通の女ではありませんよ… というか、女であることすら分かりません…」
サイリスが眉を顰めながら答える。
「えっ!? って事は… もしかして、こいつは…」
「はい、イチロー殿が思っている通り、こいつが敵の将軍です」
サイリスは珍しく憎々し気に言い放った。
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