第105話 戦いの反省と今後の対策
「主様… 体のあちこちが痛かゆいのじゃ…」
シュリが俺の背中でぐずりながら言ってくる。
「掻くなよ、跡に残るから… それとこれを塗っておけ」
俺はそう言って、腰の小道具入れから、前にカズオの一件で取り上げた塗り薬をシュリに手渡し、街道をトボトボと歩いていく。
「ありがとうなのじゃ、主様」
シュリは塗り薬を受け取ると俺の背中で手や顔に薬を塗っていく。
俺たちは虫たちの大群をとりあえず一掃した後、皆に合流するために街道を歩いているわけだが、シュリが思ったよりも虫に刺されており、痛みと痒さで歩くにも儘ならない状態なので、仕方なく俺が負ぶって歩いているのである。
「なぁ、シュリ」
「なんじゃ? 主様」
シュリは俺の首に両腕を回して、俺の顔の前で右手で薬を持って左手で薬を塗っている。
「お前のブレスの元って、体内のガスを使っているのか?」
「ななな、なんじゃ!? 急に?」
負ぶっている状態なので、シュリは俺の耳元でどもりながら言葉を口にする。
「いや、どういう原理でブレスを吐いているのか気になってな」
「なるほど、まぁ、端的に言うと、主様の言うようにガスじゃな… 食べ物などの消化した時に出てくるガスを貯めておる…」
シュリは少し言い難くそうに答える。まぁ、なんで言い難いかというと、いわば屁を貯めているからであろう。
「しかし、なんで急にそんな事を聞くのじゃ?」
「あぁ、虫の対応の事を考えててちょっとな…」
俺はそう答える。今回の虫との戦いでの反省点を考えていた。俺の爆裂魔法は中心部の虫は殺すことが出来たが、爆発の周辺部の虫は、表面を焦げ付かせるだけで、身体の軽い虫を吹き飛ばして、散らばらせるだけだった。
次にシュリのブレスについてだが、シュリのブレスも炎で薙ぐだけでは、俺の魔法と同じで表面を焦げ付かせるだけで、生き残るものが多かった。
この辺りを良く考えると、ヒャッハーで有名な火炎放射器は可燃性の液体を使っており、浴びせた相手に炎だけではなく、可燃性の液体も付着させるので、炎で薙いだだけでも、その後の延焼効果が継続する。また、衣服などの燃えやすい可燃物を纏う人間や、体毛のある動物などは延焼効果が期待できるが、表面がつるっとした昆虫相手では、炎だけで薙ぐのは効果が低い。
また、普通の生き物の場合には、やはり肌が焼かれると言うのは致命傷になるが、昆虫にとっては殻が焦げた程度では致命傷にならないのであろう。
では、今回、俺が最後に使ったように、水を浴びせた後に電撃魔法を食らわせるのが良いかと言うと、これも時と場合によると思う。今回の様に俺とシュリだけの少人数なら、対処可能だが、大人数での場合には味方を巻き込む恐れがある。特にこれから向かうベアースの拠点では、防衛戦が主体になると思う。そんな場所で水を撒けば、味方まで感電するため身動きがしづらくなるだろう。使うなら一回こっきりだな。
となると、やはり炎で翅を焼いて地上に落として、上からの警戒をしなくてもいい状態で地上で抑え込むしかないのか?
もしくは毒ガスとかはどうだろうか? 現代でも殺虫剤スプレーで虫が死ぬんだから、有効な毒ガスもあるだろうが、これも防衛戦では味方を巻き込む恐れがあるから難しいか…
「主様、向こうの街道に動く点が見えるのじゃが、あれは先に逃がしたカズオたちの馬車ではないか?」
シュリは遠くの街道を指さして、考え込んでいた俺の耳元に言ってくる。
「ん? どれどれ」
俺は顔を上げてシュリが指さす先を望遠魔法でみょんみょんと眺める。
「あぁ、確かに先に逃がした馬車だな。じゃあ、走って追いつくか、シュリ、ちゃんと掴まっていろよ!」
「分かったのじゃ!」
シュリはそう答えて俺にぎゅっとしがみつく。俺は身体強化魔法を使うと馬車に向かって駆け出して行った。
「おーい! カズオ!」
俺は馬車のカズオが目視できる距離まで駆け寄って声をかける。
「あっ! 旦那ぁ! ご無事でしたか!」
カズオが俺の声に気が付いて振り返る。俺は馬車を止めるのも面倒なので、そのまま身体強化魔法で馬車の屋根に飛び移る。
「よっと、こっちは無事だったか?」
馬車の屋根に飛び乗った俺は、そのまま屋根を歩いて御者台の方へ向かう。
「へい、旦那が虫の気を引いて下さったお蔭で、こちらには一匹もきやせんでした。旦那も魔法一発で虫を一掃しやしたんでしょ? こちらからもあの爆発が見えやしたぜ、すげー爆発でやしたね」
「いや、そうでもなかった、結構、大変だったぞ。 ほら、シュリ、降りられるか?」
「助かったのじゃ、主様、ありがとう」
俺はそう言って背中のシュリを降ろす。
「シュリの姉さん! 大丈夫でやすか!? 身体のあちこちが真っ赤じゃねぇですか?」
カズオはあちこち虫の刺されて真っ赤になったシュリの身体を見て目を丸くする。
「痛かゆいくて大変なのじゃ…」
「シュリはドラゴン状態の時に虫に囲まれてこの状態だ… あいつら、結構めんどうだぞ」
「特に尻尾の所をかなり刺されて、この状態じゃ…」
シュリはそう言って、スカートを捲ってお尻をぺろんと見せる。
「おまっ! 外でケツを出すな! って、うわぁ… 真っ赤な蒙古斑状態になっているじゃねぇか…」
「尻尾の刺された部分がここに集中しておるのじゃ… もう痛くて痒くて…」
そう言ってシュリはその真っ赤な蒙古斑に薬を塗り始める。
「だから、外でやるなって言ってんだろ! 馬車の中でやれ… カズオ! お前も、物欲しそうに塗薬を見るな!」
「へ、へい… すみやせん…」
猫じゃらしを目で追う猫の様に、シュリの塗り薬を目で追っていたカズオは、頭を下げて前に向き直る。
「とりあえず、俺とシュリはちょっと休むから、御者はカズオに任せるぞ」
「分かりやした。お任せ下せい」
カズオにそう言い残すと、俺はシュリと二人で馬車の中へと入っていく。
「イチロー様、おかえり~ どうだった?」
カローラがソファーのところからぴょこっと顔を出して聞いてくる。
「結構、大変だった… ちょっと、その事でカローラ、お前にも相談がある」
「なに? イチロー様」
そう言って、俺とシュリはソファーに腰を降ろす。シュリはソファーに腰を降ろすと早速、足を上げて、足の刺された所に塗り薬を塗り始める。
「うわぁ… どうしたの? シュリ… 体のあちこちが大変な事になってる…」
「虫の大群に取り囲まれて噛まれたのじゃ…」
シュリは掻きむしりたいのを我慢するように、塗り薬を塗りたくっていく。
「ところでカローラ、お前は虫に対して魔眼は使えるか?」
「虫に対して魔眼ですか? うーん…」
カローラは俺の言葉に頭を捻る。
「やっぱ、無理か?」
「いや、試したことが無いので分かりませんが、目が合えばある程度は可能だと思いますが…」
「えっ!? 出来るの?」
恐らくダメだと思っていたのに、意外な返事で俺は目を丸くする。
「但し、一匹一匹に目を合わせないと無理ですし、元が虫なので難しい事も出来ません。また、基本的には私に対する魅了のようなものなので、私以外の他者には今まで通りの行動をすると思いますよ?」
「あぁ… なるほど、そうだわな… そんな簡単にはいかないわな…」
俺はカローラの説明に項垂れて、再び良い対策方法がないかと思いめぐらす。
「あぁ! 身体の方も痛かゆいのじゃ!」
俺が項垂れていると、シュリが叫び出して、服を脱ぎ捨てパンツ一枚になって塗り薬を身体に塗り始める。
「あっ… シュリ…」
「なんじゃ? カローラ、わらわは薬を塗るのに忙しいのじゃ!」
シュリは薬を身体に塗りたくりながら答える。
「乳首できてる… ぷっ」
カローラは口元を押さえて吹き出す。俺もカローラの言葉につられてシュリを見てみると確かに、胸の虫に噛まれたところが赤く腫れ上がって、まるで左右の乳首のようになっていた。
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