第99話 シュリの畑仕事
食後の午後、俺は城の談話室で、暖かい飲み物を味わいながら、読書を楽しんでいた。この飲み物はいつものコヒーとは異なるたんぽぽコヒーである。なんでたんぽぽコヒーを飲んでいるかというと、この城は今、緊縮財政で、高価な嗜好品はご禁制の品となっている。なので、シュリが最近、農業に凝り始めて作ったたんぽぽコヒーを飲んでいるわけだ。
あいつ、前からそうだったが、ここ最近、主婦化というか農家のおばちゃん化してきてるな。食事に出るものも、野山で採れるものが多いし、フキとか野蒜が出てきた日には田舎のおばあちゃんの家に行った時の事を思い出した。座るときも『よっこいしょっと』と掛け声をすることも多くなったし、あいつは一体、どこへ向かおうとしてるんだ?
まぁ、そんな事は頭の片隅においといて、俺は本のページをめくり読書を続けていく。ん~なんだか、優雅な時間だ。さてと、最後のページだな。
『わたしは、ようやく、のぼりはじめたばかりです、このはてしなく遠い、初恋坂をよ… わたしの初恋はこれからよ!!』
「なんじゃぁ!! これりゃぁぁぁぁ!!!」
俺は本の最後の一文を見て、声をあげる。
「イチロー様、いきなり大声上げて、どうしたんですか?」
俺の前で同じく本を読むカローラが聞いてくる。
「この『初恋、はじめました』の終わり方はなんなだ!! 続きはどうなんだ? 五巻はでとらんのかぁ!!!」
俺の言葉にカローラはクスリと笑う。
「イチロー様もシュリと全く同じ反応をするんですね… シュリも同じことをいってましたよ」
「えぇ… 俺、あいつと同じなんか… いや、でもこれ読んだら皆、同じ反応になるだろ…」
先日、シュリがベアースに行こうとか、ハルヒ殿を助けに行くとか言っていたが、俺はなんでシュリがそんなに必死になる理由が分からなかった。すると、シュリが俺にこの『初恋、はじめました』を読めば分かると言っていたが、その理由が良く分かった。
こんな中途半端な終わり方をされたら、なんだかムズムズして気が落ちつかない。だから、情報紙の記事でベアースの難民キャンプにいる著者のハルヒ・ニシゾノがいる事を書かれていたので、シュリが助けに行って続きを書いてもらうと言い出したのだ。
しかし、この作品、登場人物の名前が皆、世紀末に出てきそうな名前ばかりだな。だが、奇妙な事なんだが、本の表紙のヒロインのイラストを見ると、リンと言う少女が世紀末の方でなく、金髪ショートヘアでセーラー服にキュロット姿の歌うロイド仕様なんだよな…
そもそも、著者の名前が『ハルヒ・ニシゾノ』って、これ日本人の名前だよな… だから、世紀末っぽい名前や、歌うロイドの名前がでてきてるのか?
俺は本をパタリと閉じて、テーブルの上に置く。そして、ティーカップの中に残っていたたんぽぽコヒーを飲み干し、カローラに向き直る。
「シュリは今、どこにいるか知ってるか?」
「この時間なら、いつもの畑だと思いますが?」
カローラは本から顔をあげて答える。
「そうか、じゃあ、シュリの所に行ってくるわ」
「では、二十日大根は飽きたから、他の物を採ってくるように伝えてもらえますか?」
「わがまま言うな、そんな事を言うなら俺も収穫してくるぞ。感謝して食え」
「えぇぇ~」
俺はそう告げると部屋を後にする。去り際にチラリとカローラの読んでいる本のタイトルを見たが、『必勝! 楽して儲かる為替錬金!』だった。金が欲しいのは分かるが、生兵法は大怪我するぞ。
俺は、談話室を出て厩舎に向かう。やはり馬があると、少しの距離でも歩かずに馬に乗ってしまうようになるな、特にスケルトンホースは餌も水もいらないので使い勝手が良すぎる。
「ははは、おはよー イチロー殿」
厩舎のケロースがご機嫌で声をかけてくる。
「おはよう、ケロース、えらいご機嫌だな」
「まぁ、妻が三人に増えたからな」
妻が三人? ん?
「おまっ!? この前連れ帰った馬二頭に早速、手を付けたのかよ!?」
「ははは、私も義弟のイチロー殿を見習ってみたのだよ」
くっそ! 俺を見習ったって… ぐうの音も言い返せねぇ…
「とりあえず、シュリの畑に行きたいから、この前のスケルトンホースだしてくれないか?」
「あぁ、アスカだな、ちょっと待ってくれ」
そういって、ケロースはスケルトンホースを繋いでいる小部屋に向かう。アスカって、あのスケルトンホースは雌だったのか… ケロースも流石にスケルトンホースには手を出さないよな。
「待たせたな、アスカを連れて来たぞ」
「おぉ、ありがとう… ちなみに、流石にスケルトンホースには手を出してないよな?」
「逆に尋ねるが、イチロー殿は骨メイドに手をだしているのか?」
「…」
なんか答えると色々、怖そうなので、俺は無言でスケルトンホースにまたがる。ん~ 肉付きだったら手を出していたか?
「じゃあ、畑まで行ってくる」
俺はそうケロースに告げて、馬を走らせる。
畑の場所は城から見下ろせる場所にある。そして、結構な広さもあった。よくこれだけの広さを開墾したものだよなと関心する。まぁ、開墾して耕したと行っても、まだ種まきをした後なので、緑はなく、黒々した地面が見えるだけだ。かろうじて、緑が見えるのは、畑の一角で苗を植え付けている場所だけだ。
畑に近づいていくと、畑でまばらに動く人影で見え、また、苗を植えている場所でシュリと近隣の農家の老女の姿が見えてくる。畑の方でまばらに動く人影はダークエルフ達であろう、折角、城での生活が出来ると思っていた彼女たちは、シュリに駆り出されて畑仕事をしている。
「シュリちゃん、男前の旦那さんが来たわよ」
シュリに付き添っていた老女がシュリに声をかける。
「シュリがいつもお世話になってますね」
俺は馬から降りて、老女に頭をさげる。
「あぁ、主様が来たのか、ちょっと待ってくれい、わらわは手が土だらけだから、手を洗うのじゃ、よっこいしょっと」
シュリはそう言うと、畑の畝の間から出て来て、近くの用水路で手を洗い始める。
「用水路まで作ったのか、結構、本格的だな…」
「あぁ、近場に水があった方が何かと便利でな、ドラゴンの姿になって、水源から爪で地面を引っ掻きながらひいてきたのじゃ。ようやく、水の濁りが落ち着いて、水が清んできたのう」
そう言って、シュリは用水路で手を洗い、ついでに顔も洗って、首からかけていた手ぬぐいで顔を拭いていく。
「しかし、この畑も全部、耕したのか?」
俺は、広がる畑を見渡して尋ねる。
「そうよ、シュリちゃんが、大きなドラゴンになってどんどん耕していったのよ、凄かったわぁ~」
「これも指導してくれた、ババ様のお蔭じゃ」
老女とシュリがそう答える。声と姿は老女と少女なのだが、喋り方が、お互い逆だよな…
「ところで、主様はどうしたのじゃ?」
「あぁ、シュリに進められていた本を読み終わったのでな…」
俺がそう答えると、シュリは期待に満ちた目で俺にしがみ付く。
「どうじゃった!? 続きが読みたくなったであろう? ベアースに著者のハルヒ殿を助けに行きたくなったであろう?」
シュリが瞳をキラキラさせて、鼻息を荒くする。
「まぁ… 多少はな… ベアースはウリクリの西の国だから、ウリクリに報奨金を貰いに行く途中に、マイティー女王に尋ねてみて、ベアースの解放で更に報奨金が貰えないか話を聞いてもらおうと思う」
「やったぁ! 流石は主様じゃ!」
シュリは子供の様に飛び跳ねて喜ぶ。
「あらあら、いい旦那さんね、シュリちゃん」
そう言って老女はうふふと笑う。ってか、シュリは俺の事を村人に旦那と伝えているのかよ。
「おーい! イチロー殿! 今日は鹿が捕れたぞ!!」
畑の端の方から、クリスとポチが鹿を捕まえてやってくる。
「おぉ、今日はお祝いじゃな! ババ様から貰った、イモとニンジンもあるし、シチューができるのう」
「あっ、毎日、すみませんね… 色々、もらっちゃって」
俺は老女に頭を下げる。
「いいのよ、今まで家で隠居見たいな生活をしていたけど、シュリちゃんが友達になってくれたから、毎日が楽しいのよ、だから、そのお礼よ」
その後、俺はクリスとポチが捕ってきた鹿の足を一本切り落として、礼として老女に渡し、その日の夕食は鹿のシチューになったのであった。
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