2−15 玲瓏タル空、
さて激戦の八月を無事に終え、九月を迎える事と相成りました。秋の訪れを感じ始めました今日この頃、皆様いかがお過ごしでしょうか?
どうもお久しぶりです。連合軍第13師団の空第8中隊は四○四分隊に所属しております、クーゲル・ER・ガードナー軍曹です。
北欧の夏はとても短いです。九月ともなればもう夜はかなり冷え込み、そろそろ毛布が欲しい頃合いですね。
小隊長のバルクホーン中尉の休養、そしてハートマン少尉の負傷もあり我が分隊も一週間程度の休暇を上より申しつけられました。
ハートマン少尉殿は昨日より外泊許可を取っておられます。昨日は縁あって道中一緒だったのですが、別れ際に寄った花屋で沢山の薔薇の花を買っておいででしたから……まあそういう事なのでしょう。
良いと思います。戦争中だからといって、人を愛する心すら放り投げてしまうことはありません。厳しい闘いの中だからこそ、当たり前の日常や家族を持ち大切にすることはとてもとても尊く重要な事です。
時々ですね……ええ、私ももういい歳ですから。可愛い子供達に囲まれてゆっくりとしたい、なんて思う事もありますよ。
ゆっくりのんびり……。なんて素敵な響きなんでしょう。あと最低四日は休日があるなんて。
これでね、暴風雨みたいな我が上官殿が身を固めてくれさえすれば。私は喜んで好々爺のポジションに腰をおろしますのに……うーん、現実では何故かまだ現役バリバリの様相で爆撃機の後部座席に鎮座しているんですが。
休暇といえど、我が分隊の活発さに変化はございません。
本日もですね、起床ラッパの鳴る前には二名……いや三名ですね。しっかりと目を覚まし、何やらごそごそしておりましたが。ん? 三名? そう、私以外の全員ですね。
ルードルマン少尉、貴方は休暇の意味をご存知ですか?
出撃しない日、ではありませんよ?
シュヴァルべ、大雨以外は全部一緒! と貴女はどんな日も日課のランニングを欠かしませんね。
フワ曹長、ランニングに行く動機が不純すぎます。貴方きっと本気出せばそこの二人より断然速いはずでしょう?
声に出して読み上げたい上官への申告文コンテスト『今は休暇中です』が私の中で堂々の第一位となっております。
まっ、いいか。こちらは優雅に二度寝と決め込ませていただきますよ。
目を閉じれば瞼の裏に……まだかわいかった頃のルードルマン少年が。
……かわいかった時期、結構短いな。
元々運動神経は抜群によかったそうです。
背も高いですし、瞳は珍しい紫色。少々性格はアレですが、今ほど眼光は鋭くなかったでしょうし、足が速くてバク転ができればヒーロー! なジュニアスクール時代はきっとおモテになったのではないでしょうか?
適正審査では異常高度と、超強力なGへの耐性がある事も判明しました。
今のふてぶてし……堂々とした態度からは想像がつかないでしょうが、昏睡状態から目覚めたばかりの彼はね、能力がうまく扱えず凄く悔しそうな表情をしては一生懸命訓練を重ねていたのですよ。
病室のベッドや施設の内装がいくつ
ああ、いけません。当時の予算と決算書を見つめながら顔面蒼白になった事などは忘れましょう。
「ガードナー! 見てくれ! できたぞっ」
そう微笑む顔のなんとかわいらしかった事か。
私には子供はおりませんが、当時から何だか息子に接しているような気分でもありました。
「ガードナー! 見ろ! 戦車中隊、全て撃破完了だ」
……どこをどう間違ってあんな魔王が出来上がったんでしょうか。
37mm対戦車機関砲二門、つまり二十四発しか砲弾が装備されてない
「申し訳ありませんユカライネン大尉! 墜落です! 自分は無事ですが、後部座席にいたガードナーがはるか前方へ吹っ飛んでいってしまいました!!」
……ああ、そんな事もありましたね。あの時は死ぬかと思いましたよ。貴方も足がごっそり抉れるくらい被弾してましたよね。
三日で病院脱走してましたけど。
さて、今日はゆっくり寝て。
午後からは旧友の墓参りに行くのです。
色々と、話したいことが山ほどあるんですよアルフレッド。
大体ね、貴方あの子をどれだけ自由にのさばらせたんですか。
先日なんてね、「情緒が化石」だなんて言われてたんですよ。一体どういうことですか。第一、お姉さんとお付き合いしている事も死ぬまで言いそびれてたんですよね。本当いい加減にしてくださいよ。
貴方が愛情深く、沢山の子供達の面倒を見ている中で、ひときわ大事に大事に面倒を見ていた事も存じておりますよ。でもね——。
「ガードナー! ガードナー!」
ああもう、夢の中までルードルマン少尉の声が聞こえるようになったじゃないですか。まったく——。
「ガードナーっ! 起きろ! ガードナー!!」
ん?
い、嫌だ、私はまだ夢の中に。
「いつまで寝ているんだ! ガードナー!」
カーテンが開けられ、布団が剥ぎ取られる感触。
「お、おはようございますルードルマン少尉」
「まったく、呼んでも起きんから心配したぞ」
……それは休暇中だからですよこのバカ息子め。
「どうした? そんな顔をして。具合でも悪いのか?」
「いえ……。しかし一体どうしたんですか? まだ朝早いのに」
少し心配そうな顔を覗かせたのを見て、ああよかったまだこの子にも人の心が残ってる、と……大げさかもしれませんがそう思ってしまいましたね。
先日も、バルクホーン中尉を救うために色々と中心となって動く姿にはこう、目を見張るというか、感慨深いものがございました。
暴れたい放題ではなく、指揮官としてキチンと考え行動が取れる器も備えているんだなと。安心しましたよ。
具合が悪いのではないと聞いて微笑むルードルマン少尉。ああ本当に、最近ドクトルとしての仕事も多い私の疲労を気にかけ、心配してくれただけなのだなと——。
「任務だぞ、出発だ」
「——は?」
……前言撤回いたします。
この大バカ息子め、人の心はどこへやったというのか。
「いや、しかし今は休暇中……」
「出撃ではない、陸軍の給養特命隊のサポートだ。ほら、滑走路の使用許可も取ってあるぞ」
「……」
誰ですか、滑走路の使用許可なんて与えたのは。つまりは戦闘機ではなくとも航空機は使うという事ですよね?
「ガードナー軍曹! おはようございます!」
「すみませんガードナー軍曹! ユカライネン大佐に捕まってしまい、その……」
二人が出撃したくてウズウズしてるなんて言うもんだから……。そう申し訳なさそうに言うフワ曹長を見て、なんとなくお察しいたしました。
冷えた空気の中に差し込む朝日、とても澄んでいて美しい空の下です。
この中をすぅーっと横切り、飛んでいくのはさぞ気持ちが良い事でしょう。
しかしながらですね。眩しいばかりの笑顔で準備を済ませ、いざゆかん! と活気にあふれた皆様に、私一言物申したいと思います。
「皆さんっ! わかってますか!? 今は休暇中ですっっ!!!」
***
先日の大雨の影響により、地面が非常にぬかるんでいる国境防衛線近辺では補給と共に給養(衣類や食料を届ける事)も難しくなっていた。
そこで
元より、ここヴィープリの防衛線に配属されている兵の多くが、連邦に奪われた故郷カルヤラの民だ。狩猟はお手の物だがいかんせん、養う兵の人数が多い。
その上、数ヶ月前に行われた大規模な戦闘により大幅な編成の変更が行われ、慣れ親しんだ顔も戦火の中へ消えたという者も多い。足並みを揃える為の微調整に日々追われ、満足な食事など摂れていないはずだ。
それでもなお、彼らがこの国境防衛線での配属を望むのは、ひとえに愛する家族や友人の眠る地、もしくはこの愛する故郷を守り抜き取り戻したいという意志からだろう。
巨大なラドガの湖に流れ込む河川のうちの一つ、ヴォクサ川。
今回の特命隊の担当とその近辺の地図を見下ろしながらルードルマンは何やら話し合いをしていた。
防衛線司令部のあるヴィープリよりラドガの湖の端まで45kmの距離があり、その中間地点としてこのヴォクサ川にスポットが当たったのである。今回の特命隊との作戦は、司令部より離れた拠点で任務に当たる兵達への給養が目的だ。
河川のある戦闘区域では、時折低空飛行をしている際に敵味方問わず歩兵部隊が川に手榴弾を投げ込み魚を捕獲している光景を見る事がある。ただそれではこの国境防衛線という場所も相まって、ちまちま手榴弾を投げては魚を回収して……を繰り返すのは若干効率が悪い。
先日のノルチェピングの件でもそうだが、河川及び海岸での戦闘の後には魚が幾つも浮かび上がっており、それはそのまま自軍や近隣の住民の食料となる事が多い。
話を戻すと、それならば爆撃機からの爆弾投下であれば、漁獲量も満足のいくものになるだろうというのが今回の作戦の発端でもあった。
「五十キログラム爆弾をこちらの各ポイントに投下する、合図があるまで小舟等での乗り出しは避け、その後回収の手筈……でいかがだろうか?」
「……まさか連邦の恐れる"鷹"ご本人が、給養物資の確保人員の助っ人として現れるとは、いやはや」
「ん? 貴官の今の発言は同意という事で相違ないか?」
「は、ハッ! 問題ございません!こちらの各ポイントに爆弾投下ののち、回収ですね。承知しました」
普通に問いかけたつもりが大いにビビられてしまった、とは内心反省しているのだが、どう取り繕えばいいのかがわからない。
いつもの事だ、もう気にするまいとルードルマンは話を続ける。
「我々、四○四分隊はいつでもいけるが、そちらは如何かな?」
「ハッ!直ちに各ポイントへの人員派遣をいたします、一刻後に開始……で如何でしょう?」
「問題ない、ではそちらで」
ヴォクサ川の投下ポイントに赤マルをつけた地図をたたみ、特命隊の指揮官の部屋を後にする。
さて、今回は戦車狩りでも戦闘機狩りでもなく、本当にただの狩りだな……そう思いながら通路を通り、各機体のメンテをしていた部下達の元へ戻る。この四人体制にも段々と慣れてきたものだ、と穏やかに息をついた。
作戦を言い渡そうとした気配を察知したのか、三人が作業の手を止めてこちらへ敬礼の姿勢をとる。
「敬礼はいい、出撃というよりはボランティアに近い出動だ」
……だが軍にとって重要な任務に変わりはないがな、そう付け加えると三者三様の笑顔が返ってきた。
さて、肝心の説明を。そう地図を開いてルードルマンははたと気づく——。
(先ほどの作戦概要の際に、俺は伝えただろうか——?)
五十キログラム爆弾を投下する際に、より効力を発揮するよう。
——地上二十から三十メートル近辺まで降下する事を、彼はすっかり言い忘れていたのだった。
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