1−15 嵐ノ前ノ、
連邦との国境線付近での大規模戦闘より二日。
新兵器投入、そしてその日防衛線の警備に当たっていた二個大隊が大打撃を受けたとあって、陸部隊の方は日夜せわしない様子が見て取れる。
負傷者の軍病院への搬送や、45kmもの長さに渡って設置された塹壕に残った死体や武器の回収で多くの人員が導入されており、重機や運搬用の車両の出入りも多い。一方上層部では、警備を担当する大隊の再編や割り振りの修正に押し付け合いが発生しているとの事だ。
「あーもう、やだやだ。後始末やってるのは結局末端の俺達だしさ。悠長にお話し合いができる時間があるのも、ウチの中隊長達がありえないくらいの破壊工作してくれたおかげだってのをちょっとはわかってほしいよねー」
深夜になって宿舎の八人部屋に戻ってきた赫ノ助が、食堂から分けてもらったという缶詰を開けながらボヤいた。
「ウチ詳しくは聞いとらんのやけど、破壊工作ってちなみにどげなん?」
「連邦側の平地、地割れ起こしたみたいにバッキバキのボッコボコ。多分ノーラに言えば写真見せてもらえるよ? 人間が素手でやったと思えないレベルでえげつないから。あとトーマス中尉って人がいるんだけど、その人のばら撒いた不発弾だらけだったり、うちの分隊長も楽しそうに地雷埋め込みながら帰ってきた」
そこに自分が原型を留めないほどに焼き切った戦車大隊の敵側の後始末は含めていないのがまた赫ノ助らしい。
「えげつねー。陸第4って噂に違わずそんな感じなんやな」
言いながら「ほら、どうせお前飯だけで飲むもんもらってきてねーだろ」と蒼一がカップに白湯を入れて二つ持ってくる。「おっ、サンキュ」赫ノ助がそれを受け取った。
「蒼一、お前はいらんのか?」
「あー俺、もう出るから」
もう一つのカップを直に渡して蒼一は言った。
そういえば、海軍部所属の三人の寝ていたスペースは綺麗に片付けられていた事に気付く。
「そっか……、次会うのはお前の結婚式かな?」
「だといいんやけどなー、ま時間ができたら手紙でも書くよ」
訓練行程をこなし第13師団の基地で待機していた海第6中隊所属の三人だが、いよいよスカンディナヴィア諸島の西岸にあるノルゲ王国側の海軍基地への移動が命じられていた。
連邦との国境付近であるヘルシングフォシュからは半島を横断して真反対側だ。空軍部隊と違い、主な戦場が大陸続きのスオミ共和国側に集中しやすく担当もこちらに割り振られている陸第4中隊とはほとんど関わりがなくなる。数刻後には出発だが、会話は意外とさっぱりとしていた。
「直、身体に気をつけろよ。赫、お前も無理はしすぎんように」
「おいおい、無理なんて。そりゃ直のことだろ。お前母ちゃんかよ」
「蒼一はよくわかっとる、本当に無理するのは赫やからなぁ。お前も身体に気をつけるんやぞ」
うん、ありがとうな。そう言って蒼一は背嚢を背負った。「あっ」と呟いて振り返る。
「直、弘先輩にもよろしく。お世話になりましたって」
「おう、伝えとく。こちらこそ緑郎先輩と浅黄上級兵曹にもよろしく伝えてくれ。……元気でな」
手を挙げ応えた蒼一の後ろ姿がドアの向こうに消えそうになる、「蒼一っ」思わず赫ノ助はその後ろ姿に声をかけた。
「……死ぬなよ」
「ん、善処する」
振り返って笑い「お前らもな」と返すと、今度こそ蒼一はドアを閉めて行ってしまった。
部屋を出る直前にも関わらず最後に白湯を渡していくあたり、本当に世話焼きの蒼一らしい。
行っちゃったなぁ、そう思いながら友の閉めたドアをしばらく見つめたままになっていると「赫っ」と横から声をかけられる。
「お前、そういうとこやぞ。飯はちゃんと食え、明日も早いんやろ」
「あ、ああごめん」
手に持ったままの缶詰を指して少し咎める口調で言われた。こういう時に気分が落ちて食欲が無い……などと甘えたことは言ってられない、缶詰の中身をスプーンですくって口に運ぶ。
「寂しいんはウチも一緒や」そうブスッとした顔で小さく呟いた直の肩を、笑いながら赫ノ助は二度軽く叩いた。
***
連邦側からの陸路での攻撃は暫くないだろうという判断から、空戦を警戒して飛行部隊でも数時間おきに国境付近への偵察がローテーションで組まれた。
そこから三日、小隊での偵察任務で直も三度出撃をしたが挨拶程度の敬礼を交わす他は、ルードルマンとは会話はおろか視線すら合うことがなかった。
「基本的にバルクホーン中尉が指揮とってるからとはいえ、やり辛いといったらありゃしませんよー」
偵察から戻り、事務的な報告を済ませるや否やさっさと格納庫から出ていったルードルマンの背中が見えなくなった途端、ハートマンがボヤいた。
「自分のせいです、申し訳ありません」
いたたまれなくなって頭を下げた直に、いくつか視線が集中する。その姿に最初に口を開いたのはガードナーだ。
「気にしないで、フワ伍長。あれは彼なりに落とし所を探している最中だろうから」
「えーっ。あの態度がそうなら、少尉殿って相当対人能力低くないですか」
ひょっこりと隣に現れたハートマンを筆頭に、いつの間にやら
「お前みたいなフランクと失礼を履き違えた、コミュニケーション能力オバケを基準に考えてモノを言うなハートマン」
「んー、愛嬌の差だと思ってくださらないですかねぇ」
落とし所? 自分が全面的に悪いのではないのか?
その気持ちが表情に出ていたのだろう、ガードナーがニコリと笑って言葉を続けた。
「凄〜く、反省してると思いますよ。留守の間のフワ曹長の代わりに、自分が怪我させないよう目を光らせておくつもりが、結局一番危ない行動させた上に引っ
ガードナーの言葉に「いやいや」と直はかぶりを振った。
「なんで少尉殿が兄上の代わりに? いくらなんでもそれが本当なら、ちょっと自分舐められすぎじゃぁありませんか」
「そこで"舐められてる"ときましたかー」苦笑したガードナーに、ハッとして直は頭を下げる。
「…失礼しました。しかし確かに敵の領空内で軽率な行動を取ったのは自分です。それに軍ですよ、戦場ですよ。怪我しない方が不思議では? そこまで責任持っていただく必要もないかと」
「あ、いやね。先日、ルードルマン少尉とフワ曹長が仲よさそうに話していたんですよ。何話してるかは遠目でわからなかったですが。久しぶりなんです、ルードルマン少尉があんな素の自分で楽しそうに人と話してるの。なんというか、良くも悪くも生真面目なお人なので……」
「あーっ、アレだ。友達の妹だから守んなきゃ的な、変な責任感だ!」
「おい、だから言い方っ」
あけすけに言い放つハートマンに、バルクホーンがあからさまに引いた表情で返した。
「だってですよ、小鳥ちゃんも超が付くほど真面目だから、あんなまわりくどい態度取ってたらこりゃ永遠に伝わんないでしょ」
ぷぅっと頰を膨らませたハートマンの表情に、先日ノーラの言っていた「観賞用」が蘇ってきて慌てて直は笑いを噛み殺した。
「えっ、何なに小鳥ちゃん、どういう感情? その表情は」
「いえっ、なんでも、ありません。っていうか何ですかその"小鳥ちゃん"って」
覗き込んでくるハートマンを若干押し戻しながら必死に誤魔化す。
金髪と薄いグリーンの瞳は、まさに小さい頃に絵本で読んだ王子様そのものといった感じで、今顔を近づけられたらそのキラキラ具合に噴き出してしまうかもしれない。"凶器"とは確かに言い得て妙だ。
「あ、知らないんだっけ。ルードルマン少尉殿ね、一部で"鷹"って呼ばれてんだよ。だから、その僚機で小鳥ちゃん」
「上手いこと考えたつもりかもしれませんが、それ暗に自分の事を小さいとおっしゃってませんか?」
「いいじゃない、小さくて可愛いんだから」
サラッと歯の浮くような言葉を言ってのけたハートマンに、ハッとして周囲を伺う。この場に弘がいない事に直は心の底から感謝した。
「この雰囲気にあの人も混ざってくれればいいんですけれど」
少し愚痴るような口調でガードナーが
その肩をバルクホーンがトントンと宥めるように叩いた。
「まぁ、もう少しゆっくり見てやろう。奴だってまだ若い、意地を張らせたいなら気の済むまで張らせてやれ。そうしてないと持たん部分もあるんだろう。そこは多少甘かろうが大人の俺達が待ってやるべきだ」
「……ありがとうございます」
頭を下げたガードナーが唇を噛んだような表情をしているのに気づいて、何と声をかけようか迷う。どうしたんですか? いや、この場合は何があったのかを聞くべきだろうか。
直が思案している間に、隣からぱんっという手拍子と「ていうかー」という気の抜けるような明るい声が聞こえた。
「バルクホーン中尉って若い若い言いつつ、ルードルマン少尉に優しいですよね? 「突っ走るなー」とか「お前その言い方っ」とか、俺には小言が止まらないのに。ねっ、ガードナーさんもそう思いません? 中尉ー、何で? 何でですかー」
「おいおい、子供か。そりゃ任務に対する安心感の違いだぞ、奴はあの態度でもちゃんと"危なげなく一人で"こなしてくるからな」
「何ですかそれ、人付き合い下手でも真面目で超仕事できるなら良いってコトです? んーでも確かに仕事っぷりは人外ときたもんだしな、あの人」
その言い草にガードナーがプッと噴き出した。
「そう思うなら少しは奴を見習って、まずはその口数を抑えろ」
「いやいやいや。言っときますけど、戦果が戦果なんで皆さんなんだかんだ許容してるんだと思いますけど! 人付き合いに全く比重置かないで、あれだけ仕事にのめり込むタイプって、それただのヲタクかムッツリですからね」
「だからお前、仮にも先輩に対してその言い方っっ」
何となくハートマンが話題を変えようと気を遣ったことくらい、いくら直でもわかった。軽い言動が目立つように見えて、やはりこの人は要領がいい。
この間のユカライネン大尉の態度といい、この人達は一体何に触れないようにしてるんだろう。それがきっとルードルマンの態度と結びつくはずなのに。
(しかしそれは果たして自分が開けてもいい箱なのだろうか——)
そう思いながら、直は宿舎に戻る用意を始めた。
空第8中隊に緊急招集がかかったのは、その日の夕暮れ時だった。
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