1−14 マァブル模様ノ夢、
防衛線を超え連邦側の国土での戦闘中。
背後から絶え間無く物凄い音が鳴り響く中、遠くで火の鳥のような塊が敵戦車団の方へ向かうのが見えた。それが地上に降り立つと同時に、紅い紅い大きな火柱がまるで十字架のように上がる。
(
あまりにも巨大な火柱で、辺りが少し
流石にその規格外の巨大さに慄いたのか、全ての攻撃が止まったように静かになる。
「お前の友人はバケモノだな、ちと気が弱そうなのが難点だが」
ゆらゆら揺れる影をその顔に落として、楽しそうにユカライネン大佐は言った。褒める口調に嬉しくなってこちらもニヤける。
「奴は距離を取れば兄上以上ですよ、火薬なしでアレですから」
「面白い……今度直々に見せてもらうか」
上官に対してついつい旧友を自慢する口調になってしまったが、そこについては何も言われなかった。その反応にユカライネン大佐が慕われるのもわかる、そう直は思った。
「では、私も負けてられんな」
そう言うなり手で合図をしジープを止めたユカライネン大佐がドアを開けた。
助手席から降りたその片手には84mm無反動砲が一つ、込めた砲弾は一発。
「パピ、いくの?」
「おう、お前もくるか?」
ドアを開け、トトトッとスロがその後を追った。
「スロ、アイツ足遅いんじゃ……」
「ああ、心配しなくていいわよ」
慌てて追おうとした直をノーラが呆れたように止める。
「いつものことだから」
「……?」
しかし飛行部隊からわざわざ出てきて、むざむざ上官だけ行かせて堪るか、そう直も外に出ようとする。しかしドアを開ける音に「お前はそこで見ておけ!」と大声で制された。
「なっ、何故ですかユカライネン大佐!」
「チビ! お前さんは素晴らしい兵だ、良いもんを見させてもらった。だから少し休んでおけ!」
そう叫び84mm無反動砲を掲げた大佐の反対側の肩に、ちょこんとスロが乗るのが見えた。
「は……?」
「は? ってスナオ、アンタ朝四時から戦闘機でロヴァニエミに出撃してたの忘れたの? 大佐なりに労ってんのよ、ここで待ってなさい」
やっぱルードルマン少尉の部下だわ、ネジ外れてるわよ。そう呆れたように言われる。
「……いやそうじゃなくて、アレ何?」
「あれって……? あぁ肩乗りスロね」
「肩乗りスロって、そんなキャラクター名みたいに」
「もはや陸第4の名物よ。ぜんっぜん、可愛くないんだけどねーあの組み合わせ」
ふぅーっと息を吐いて、ノーラは背もたれに寄りかかる。
「真面目な話、そろそろ敵軍退却始めると思うわよ」
「それはどういう……」
ドォォオオオンッ! と早速84mm無反動砲をブッ放す音が聞こえた。
「大佐、砲弾一つしか込めてなかったよな」
「うん」
やっぱ出る! とドアに手を掛けたところで、「はぁーい、落ち着いて」と双眼鏡で頭を小突かれる。
遠くからスロの
「見てごらんなさい、あの中で一緒に混じって大丈夫な自信があるなら行くの止めないわ」
「どういう意味、」
絶句した——。
肩にスロを乗せたまま、拳で戦車の砲塔を捻じ曲げている大佐が見える。嘘だろ、と一度視界を外し再度双眼鏡を覗くと、今度は84mm無反動砲で逃げ惑う敵兵士をタコ殴りにしている大佐が見えた。その間、肩に乗ったままスロは
大佐の背後から近寄る敵兵に「あっあぶな」と声が漏れるが、次の瞬間にはスロが振り向きもせずにそれを撃った。
「すまない、たった二人に一方的にやられているようにしか見えんのだが」
「でしょうね」
「しかも心なしか大佐が楽しそうで」
「そうでしょうね」
「
「きっと大佐にとってはそっちがメインの使用法よ」
「ちょっとノーラ、さっきから返しが雑やぞ!」
双眼鏡から目を外して運転席のノーラを睨んだ。
「はいそこで色々と言いたいことがあるでしょうスナオちゃんに、びっくりな真実を教えてあげる」
シーッと唇に指を当てられて思わず黙る。
そのまま、いいこ♪ とにっこりされて調子が狂う。
「ユカライネン大佐、あの人はメサイアに罹ったこともない、ただの人間よ」
「はっ——?」
一旦息を吸って最大級の声がもう一度出た。
「はぁぁぁぁああああっ!?」
「あー、今日イチいい表情だわアンタ! 最高!」
「笑うなっ! そんな冗談みたいな話、」
「あるのよ」そう真顔で言われては口を
「第13師団の特殊部隊に対して、『能力者の癖に』なんて上にも他部隊にも表立ってやっかみ言わせないのはあの大佐のおかげ。確かに私達は普通の兵よりも何かに秀でたり戦力になったりするわ。でも——」
そう言ってノーラは一旦目を伏せる。
「苦しくて辛くて、死ぬほどの思いをしてウイルスから生き遺った事は、誰も褒めてくれないわ。あるのは周りから向けられる畏怖の視線と、戦力になるかどうかだけ。羨ましいとさえ言われることもある」
「あぁ……」
直は思い出す、自分が生き遺った事に対する恐怖と、それでも抱きしめてくれた弘に大火傷をさせた日の事を。
(そう言えば、蒼一も島の外れで育てられたち言いよったな……)
真面目で優しい旧友は軍人であった父の仕事の都合で鹿児島で産まれ、家族全員が感染者となり、幼くしてメサイアで父母を亡くした後は、父の故郷の島で祖父母に育てられたという。ウイルスを乗り越えても小さな島の中、噂は早く村八分にされて幼少期のほとんどを外れの浜辺で過ごしたと言っていた。
そんな目にあったというのに、優しく常識的な蒼一の事を直も赫ノ助も好いている。
だけど残念ながら、同じ国の中であろうとそう言う事実は存在するのだ。
「悲しいかな、そこはね一般人とは分かり合えない部分なのかなって思っちゃう。同じ原則主義派の国で生きてるはずなのにさ」
もちろん、市民がウイルスに怯えているのも事実であり、それを払拭するために日々様々な活動をしているのが軍である。それは重々理解している上で、だ。
「だからなんだかんだ滅茶苦茶だけど、大佐の事を皆慕うんだと思う。特に陸第4の奴らは……スロもね」
無線機から徐々に敵軍が撤退し始めたとの報告が入りだした。
「さっ、とりあえずあの無茶苦茶な人達を回収しに行きますかねーっ」
あっ、バッテリーに送電してよ。と急かされる。
なんだかまだ話したい事があったような気がするのに、こちらの撤退に中断される形でその話は終わった。
帰りの道中、疲れたのか緊張がやっと解けたのか。後部座席で寄り添って眠る直とスロの写真を、ノーラがきゃあきゃあ言いながら撮っていたのはまた別の話——。
***
夢を見た。
誰の目線かわからないその場所で、直は戦艦を相手取り闘っていた。砲弾に撃ち抜かれやられていく仲間達を見て、もう生還が望めない仲間達が戦艦に体当たりしていく様を見て。
そんな記憶など一度もないはずなのに、ひたすら叫んだ。
叫んで叫んで、悔しくて怒りが他の感情を凌駕して。直は突っ込んだ、機関砲のボタンを押しながら怒りに任せて。そして最後の爆弾を落として浮上しようとした時、こちらを狙う砲塔に気づく。
真っ黒な
「フォッカー大尉! フォッカー大尉!」
誰かがそう泣き叫んでいる。
ああ、泣いているのは自分なのか、そう思った。
本当なら自分が貫かれていたはずの弾丸に、貫かれ真っ赤に散っていったその人は——。
(笑っている?)
ハッと、直は急にここが夢の中だと気づく。
(貴方は誰ですか? 何故
彼はただ静かに、命の消えるその時まで微笑むだけだ。
何かできないのか、そうもがいていると頬に何かが当たった。
(水……?)
否、それは涙だった。
振り返ったそこには。
(あれっ……?)
どこか見覚えのある、紫の綺麗な瞳。
でもそれが誰なのかはさっぱり直には思い出せない。
堪えて堪えて、それでも悔しくて不本意なのに涙が出るのだろう。彼はそのまま泣き続けた。
(泣くなよ、頼むから泣くなよ。お前が泣いたら、あの人が浮かばれないだろう?)
あれっ。
浮かばれない……? どこで聞いた、その言葉?
(そんな事ないのに——)
背後から、消え入りそうな、それでも優しい声がした。
真っ赤な機体が砕けていく。
直は手を伸ばし、届かないとわかって叫んだ。
「なぁ! どうしてコイツを一人置いていくんだ! 泣いているだろう! それをわかって貴方は!」
(キミが少しずつ大きくなっていくのが嬉しかったんだ。本当に弟ができたみたいで。だから……)
「おい! 消えるな! 死ぬな! あーっクソッッ」
手が届かない夢の中で直は唇を噛む。
「コイツ、お前の弟なのか!? オイ! 応えろよ、泣いてるだろうが!!」
(生きて、笑っておくれ。私の分まで——)
呟いたその名前は聴き取れない。
あっ、と直は気づいた。
泣いているのはこの人も同じだ。じゃあ、どうして、どうしてあんな命を投げ出すような事……。
「ちっくしょー! テメェ! 伝わってるつもりだろうが、それ全く伝わってねぇぞ!」
叫ぶだけ叫んで、直は後ろを振り返る。
「来い!」泣いている少年の腕を掴んだ。
びっくりしたように顔を上げた少年の、その紫の瞳と初めて目が合った。
「……っだからもう泣くなぁああッ!!!」
「スナオっ!?」「おい!どうした」
叫んで飛び起きると、ガレージの天井が目に入った。
「ハッ! ウチは一体……!?」
目の前には不思議そうな顔をしたスロとノーラ、そして赫ノ助が心配そうに覗き込んでいた。
「あーっ、もうビビらせんなよ。揺すっても全然起きねーから焦ったじゃん」
赫ノ助の言葉にあたりを見回すと、陸部隊のガレージの壁、そしてシャッターからすっかり暗くなった基地の景色が見えた。
「しまった出撃は!?」
「もうとっくに解散したわよ、よっぽど疲れてたんでしょーね」
ぐうっと苦い顔をすると、ノーラがずいっと顔を近づけてきた。
「……? もう大丈夫そうね。アンタちょっと心拍数とか色々変だったのよ、だから誰も咎めてないし怠慢とも思ってないから、安心なさい」
「で、でも……」
「直、今朝は
珍しく咎める口調の赫ノ助の言葉に、うんうんとスロが頷く。
「スナオ、いつもがんばってる。お水のんで」
無表情ながらも少し口をへの字に曲げたスロにコップに入った水を渡される。
「なんか……皆ごめん」言いながら受け取り、ひとまず水を流し込んだ。
「スロねー、アンタの訓練見てたんだって」
「えっ」
「言ってたわよ。『自分と同じくらい小さいしパイロットなのに、何で地上の訓練であんなに頑張るんだろう』って」
コクコクと頷くスロを見ると、「あっ、私も出身スオミだから」とノーラが言った。母国語で話したのか、と納得する。
「小さいって馬鹿にされても、自分の得意分野の勝負じゃなくても、全部一生懸命向かっていって。しかも同い年で女だなんて、って興味が湧いたみたい」
「あ? スロって同い年?」
「ん、はたち」
へぇーっと赫ノ助と同時に声が出た。
「ぼく、練習たくさんした。でもみんなぼくを『ちいさい』いう、そげきイチバンでも、みんな『オンナみたい』とばかにする」
「なんかヤダよな、そういうの」赫ノ助がぼやくと、同調したようにノーラが長めのため息をついた。
「第4のみんな、それいわない。パピもぼくのとくいを伸ばせという」
「男とか女とか関係なかやろ……お前は十分凄いぞ、スロ。その腕なら分隊長だって、狙撃部隊の隊長だってできるやろに。きっと狙撃のスコアだって、」
「それはいらない、よ?」
きょとんとした表情でスロは直を見つめ返した。
「……えっ?」
「ぼくのやくめ、パピをまもること。ぜったいにケガさせないこと。そのために撃つ。だってあのヒトはスオミにぜったい必要だから」
そう言うと、スロは直の右頬にそっと触れた。ひんやりと冷たい感触が伝わってくる。
「ぼくのエラさはいらない。スナオは、ちがう? このヒト、まもりたかった? それなら、スナオ、ぼくといっしょ」
にっこり笑うスロは本当に雪の妖精みたいで。
何となく、さっき見た夢の話は三人にできなかった。
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