1−7 過去ト傷痕、
こんな時にこそ、祈りを捧げずにはいられないと縋るべき相手が、自らの怨敵というのは、なんと滑稽なことだろうか——。
回収された機体と共にユカライネン中尉のチームが帰還すると、正式にアルフレッド・フォッカー大尉の戦死が告げられた。この日中隊はその半数以上が撃墜されるという壊滅的な被害を被り、同じくしてその司令塔を
真っ赤なその機体はプロペラから左主翼にかけての部分のみが回収された。残りは砲弾を受けた影響でバラバラになり海に浮かんでいて、回収は困難だったという。
心臓部を撃ち抜かれていたという大尉の遺体は胸部から下が欠損、おそらく即死だっただろうと報告がされた。祖国では貴族位のある家系であり、難民の避難援助にも尽力した彼の死は軍上層部及び連合国家内で大きな話題となり、彼を偲ぶ多くの人々が献花台に連日訪れる事となる。
彼が首から下げていたロケットには、四○四分隊で撮った集合写真と美しい女性の写真が入っていたという。その女性は、ルードルマンと同じ紫色の瞳をしていた。
『君のことは弟みたいに思ってるんだから』
その言葉の真意は結局聞けないままだ。
フォッカー大尉の葬儀の日も、ルードルマンは一人出撃し姿を見せなかった。
そして、彼がシェルターにいる姉への手紙を綴ることもなくなってしまった——。
一人を遺し全員が帰らぬ人となってしまった四○四分隊はその後、事実上解散となる。フォッカー大尉の生前遺していた遺言書の元、中隊長となったユカライネン中尉預かりとなったルードルマンは、中隊に出撃命令が降りていなくとも朝昼晩と寝る間も惜しんで出撃するようになった。
戦果は文句なしに一番挙げてくるので上としても厳しい処罰を与えるわけにもいかず、しかしながら敵戦力の著しい殲滅に対して比例するように被弾数も断トツで多く、援護を試みた僚機は
命知らずの突撃をして迎撃され、今度こそ終わったか……と思いきや、一人泳いで空母まで帰還してきたこともある。
軍としても扱いにくいが出撃すれば一番の稼ぎ頭だ。
陸空と合わせて立場のあるユカライネン兄弟にも気に入られており、彼らにはほとんど歯向かわないというのなら尚更、軍に括り付けておきたい存在であることは明白だった。
「あの特攻隊長はどうにかならんのか」上の滅茶苦茶なオーダーになんとか折り合いをつけたのが、特段頑丈な機体の
ルードルマンの操縦する爆撃機に搭乗したガードナーの役割は、後方から迫る戦闘機を迎撃することで、咄嗟の負傷やトラブルであれば彼一人で対処ができる。結果としてガードナーが同じ機に搭乗することに、ルードルマンも納得したようだ。
こうして、朝昼晩と勝手に飛び出していき隊内でも異端の存在となっていたルードルマンは、内心継ぐに気乗りしない四○四分隊の看板を背負う事となった。自分に出来る事は、日々ひたすらに敵軍戦車や爆撃機を打ち壊し、国家や人々に捧げることだと考えながら。
***
「どうだった? ルードルマンの様子は?」
応急処置を終えたガードナーが医務室から出た最初の角を曲がると、ユカライネン大尉が壁に寄りかかるようにして立っていた。おそらく自分を待っていたのだろう、ガードナーが頷き歩き出すとその隣にユカライネンも並ぶ。
「怪我の具合を聞かないあたり、なんというか流石ですね」
突然ぶっこんだガードナーの返答にぷっ、とユカライネンは噴き出した。
「どうせ大した怪我なんてしていないだろう、表面上は」
「擦り傷と打撲と火傷です、一週間もすればどれも跡形なく消えている程度のね。フワ伍長に至っては、少尉が操縦席からぶん投げた打ち身が一番大きな怪我ときたもんです」
それを聞いたユカライネンが思わず口元を押さえる。立場上、基地内の通路で大笑いするのは避けたいといったところだろう。数秒置いて落ち着いたのか、ふうと息を吐いたユカライネンがガードナーに向き直る。
「で、どうだい? 頑なな君のとこの上官は?」
「なんというか不機嫌なんですよね、ずっと……フワ伍長に対してだけ。本心は楽しいんだと思うんですけどね……、あの人は根っからの空の人ですから」
「経緯が同じ難民だし、兄である曹長があの人柄だからな。昔のこともあるし自分の戦闘に巻き込みたくないってとこじゃないかな、と私は思っているのだけど。ほら、少尉になっても基地外に出て遊びもしない真面目くんは、歳下の女の子と接するのなんて初めてだろうし」
その言葉にハハッと軽く笑い、ガードナーは返す。
「いやね、面白いんですよあの二人。私からすれば、ルードルマン少尉が昔の無鉄砲で上官だろうと気に食わなければ殴る、ガンガン砲弾の中に飛び込んでいっていた自分自身を叱りつけているようにしか見えなくて。まあ今も充分無茶苦茶なんですけど」
「まったくだ。空を飛んでいる時の笑い方なんて、そっくりすぎて驚くぞ。……奴には小隊やいずれ空軍を引っ張っていく存在になって欲しいと兄上も言っていてね」
「ええ、先日お会いした時に伺いましたよ」
「それにはまず彼自身に昔を乗り越えさせなければ、とね。あの兄妹はいわば起爆剤だよ。あらゆる物事を吹き飛ばしかねない、逸材だ」
「……やっぱりフォッカー大尉のことをずっと引きずっているのでしょうね。私では……無理でしたからね。少尉が私を傍に置いているのは、私が
私だって治療はできますが、銃弾が直撃したら普通に死ぬんですけどねぇ。言いながらガードナーはクスクス笑う。
「そういえば、バルクホーン中尉はどうでした」
「最高だったな、奴があんなに感情を出すのははじめて見た」
「……貴方がそこで笑ってくれるような方で、我々は何度も命拾いしておりますよ」
「まぁそう言うな」
笑いを堪えられずに再び口元を押さえていたユカライネンが、困ったような顔を見せた。
「バルクホーンもハートマンと組ませたのが正解だったかな。ハートマンは文字通りの天才肌だが感情を表に出しすぎる、いい
私としては君達の分隊もそうであって欲しいと組んだんだがなー、そうユカライネンは付け足す。その視線にウーンと苦笑いするガードナーの視線は天井をうろうろとした。
「ハートマンが言っていたそうだ。君のところの分隊長と伍長は壊滅的に合わないか、滅茶苦茶波長が合うかのどちらかだと」
「凄いですね、彼。やはり見る目は持ってる」
「
思い当たる節が多すぎてガードマンの表情が若干渋くなる。
「いやもう、それはなんとも……」
僚機を撃墜させない、分隊全体の無傷の勝利を信念とするハートマンとこちらの分隊長は顔を合わせればネチネチと衝突をしていた。言いたい事はわからんでもないが、お家柄とお綺麗な身の上と美形の顔立ちで、そこから更に綺麗な言葉を並べるハートマンの主張は長年の叩き上げ軍人生活をしてきた自分にはむず痒い。
二人の言い合う様を見て、バルクホーン中尉と同級生のお父さん同士のように頭を下げあう光景が定番化していた。
「あとは本人達次第だな。どうやらルードルマンだけの問題でもないようだし」
「伍長の方にも何か?」
この中隊長こそ、人のどこまで見抜いているのか底が知れないものだ。ほうと目を丸くしながらガードナーは問いかける。
「あの歳であのスピードだ。軍人としての心意気や覚悟もある。だが、若さゆえにルードルマンやハートマンを見た時にどう思って、どう乗り越えるかが見ものだね。今回の
「……」
「それをルードルマンは昔、身を以て体験しているんだよ。最悪の結果と一緒に。だからぶつかるんだ」
はあーっ、とガードナーは聞きながらため息をつく。数秒置いて、ハッと隣を歩く上官の表情を伺った。
「……すみません」
「いやいや、構わないよ。一番気が休まらないのは恐らく君だからね、ガードナー」
「本当に、本人達次第なんでしょうか……兄の、フワ曹長もいるのに」
「
そのうちわかるよ。ユカライネンは前を向いたままそう言う。
その読めない表情に、ガードナーの不安は拭えない。
「私達がやっているのは、とんでもない戦争だ。闘えているだけマシだ、と思えてしまうような、残酷な戦争だ。そこで二人のどちらかが命を落としたとしても、それは結果でしかない」
こう割り切れるのが、彼が中隊を率いれる理由の一つでもある。恐らくまだ若い、ルーキー達にはとても許容できない覚悟だ。
自分とて明日もわからぬ身だ、と改めてガードナーは思う。
その石のような表情に目を向けたユカライネンは、パッと今までの会話の緊張感を振り払うように笑う。
「まあ、それでも。兄上の受け売りだが私も彼らにそれができんとは思ってはいないぞ。これからが見ものだな。まだまだ苦労をかけるが、頼んだぞガードナー」
「貴方に気を遣わせてしまうなんて、私もまだまだですかねぇ」
顔には出さないが日頃から気苦労の多いであろう、これまた歳下の上官の笑顔にガードナーは穏やかな笑顔で返した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます