阿久津零(彼女の趣味に理解のある彼氏くん)

「えっ……!?」


「……ほう? なるほど、なるほど……引っ掛かりませんでしたか」


 意地の悪い問題を出した店員が、零の質問を聞いて少しだけ楽しそうに呟く。

 そこで咳払いをした彼女は、改めて彼へと正しい形で問題を出してみせた。


「問題を訂正します。『地上惑星戦艦ギャイラス』のメインキャラ、三名の名前はなんでしょうか?」


「ああ、それなら問題なく答えられます。一番出番が多い女性キャラがフラン・アースで、先輩アイドルがデルタ・サンセット。んで、軍人でメガタンクのパイロットをやってるのが月野コウジっすね」


「正解です。では、第二問。メインキャラ、月野コウジが操縦するメガタンクの名前は?」


「VV-07・アカギです」


「デルタ・サンセットが所属しているアイドルグループの名称は?」


「ワールドマウンテンでしたよね? 合ってます?」


「はい、正解です。では最後、新人アイドルとしてデビューしたフランのデビュー曲は何という名前でしょうか?」


「デビュー曲は……オーシャン・ブルー、ですね。一番最初に歌ったのは別の曲ですけど、アイドルデビューした時に歌ったのはこっちだ」


「お、お、おお……!! おおぉぉぉ……!?」


 特に苦戦せず、ぽんぽんと店員からの問題に正しい答えを述べてみせる零の姿に、天は困惑と感動が入り交じった感情を抱き、呻く。

 初歩的な質問ではあるが、アニメを観ていないとわからない問題を次々と正答した彼が転売ヤーではないと判断したのか、女性店員はうんうんと頷いた後で零へと合格を告げた。


「はい、彼氏さんの方は問題ありませんね! では、次は彼女さんの方にお答えいただきましょう!」


「あ、はい……」


 零と同じく、初歩的な質問を三つほど答えさせられることになった天であったが、作品の大ファンである彼女にとってはこんな問題はお茶の子さいさいである。

 考え事をする余裕すらある天は、零がどうしてこの『地上惑星戦艦ギャイラス』というアニメについて知っているのかを疑問に思っていた。


 ロボットアニメに三角関係の恋愛、更に歌というパフォーマンスを加えたこの作品は、三つの要素を主軸とした息の長い人気シリーズだ。

 全シリーズにおいて共通している部分として、メインキャラ三名が三角関係を構成するというものが挙げられており、毎回のように誰が誰とくっつくのかがファンの間で議論されるというのもネット上でおなじみの光景である。


 知名度は高いものの、決してそこまでメジャーというわけではないギャイラスについて、基礎といえど十分な知識を持っている零に対して疑問を深めていく天。

 もしかしたら自分がが知らなかっただけで、彼もこの作品のファンだったのか……? と考える中、質問を終えた店員がパンと手を叩いてから二人へと言う。


「はい、確認は完了です! ご協力、ありがとうございました! お客様たちは転売目的のゴミムシではないと私が判断いたしましたので、お席に案内させていただきます! 改めまして、いらっしゃいませ~っ!!」


「……最後まで口は悪いままなんですね、あの人」


「そ、そうみたいね……」


 もう遠慮しなくなってきた店員に若干引きながらも、彼女に案内された席へと座る零と天。

 メニューが運ばれてくるのを待つ間、暇だった彼女は、零へと抱いていた疑問をぶつけてみる。


「あんた、ギャイラスのファンだったの? だったら誘った段階で言いなさいよ、色々と談義できたじゃない」


「いや、別にファンじゃあないっすよ。ネットで途中まで視聴しただけです」


「えっ? な、なんでそんな真似を? もしかしてこういう事態になるって予想してた?」


「んなわけないじゃないっすか。ただの偶然ですよ。俺はただ、秤屋さんが好きなアニメがどんなものなのか、一緒に出掛ける前に調べておこうと思っただけっす」


「へ……?」


 さらりと零が口にした言葉を聞いて、ぽかんと口を開けたまま硬直する天。

 その間に運ばれてきたメニューを開き、中の料理を確認し始めた零は、彼女の方を見ないままこう続ける。


「こういう場所に二人で行くんだったら、コラボしてるアニメとかについて知っておいた方が話も盛り上がるじゃないですか。ただ遊ぶだけじゃなくて、秤屋さんと楽しく会話ができるようにある程度の知識を得ておくってのは、別に普通のことでしょ?」


「あっ、ふ~ん? 私のために、わざわざギャイラスを観てくれたんだ? 忙しい仕事の合間を縫って、この一週間足らずの間に? へ~……!?」


 そう言いながら、天が自分の前にメニューを立てて零との間に隔たりを作る。

 彼から自分の姿が見えなくなったことを確認した彼女は、そのまま机に突っ伏すと心の中で全力で叫び始めた。


(なにこの全オタク女子が望む理解のある彼氏くんは!? 顔もスタイルもセンスも良い上に料理も気遣いもできるだなんて完璧かよ!? なんでこのスパダリに彼女がいないの!? あっ、そっか! 嫁がいるからか! なるほど、なるほど!! 天ちゃん納得~っ!)


 対して興味のないアニメ作品のコラボカフェに行きたいという自分のお願いを聞いてくれた上にその作品について時間を作って予習し、更には遅刻まで容認してくれるという包容力と理解力の凄さが半端ではない零のスペックに驚愕した天が心の中で絶叫する。

 高過ぎる零の彼氏力を目にして体調が悪くなってきた天が荒い呼吸を繰り返す中、そんな彼女の異変を察知した彼が訝し気に声をかけてきた。


「大丈夫っすか? なんか、俺と有栖さんとばったり出くわした時の黄瀬さんみたいになってますよ? その状態で飯とか食えるんですか?」


「平気よ、平気……だから気を遣わないで、これ以上彼氏力を見せつけないで……」 


「はい……?」


 何を言ってるんだこいつは、という表情を浮かべて天を見つめた零は、そこで深く考えてもオタクの思考回路なんてわかるわけがないと疑問をバッサリと斬り捨てた。

 大方、遅刻してでもお洒落を優先するくらいに愛を注ぐ推しと出会えて感極まっているんだろうなと考えた彼は、存分にその感動に浸らせてやろうと考え、黙ってメニューを眺め始める。


 ドリンクが一杯で千円近く、フードメニューに至ってはこの量でこの金額を取るのかと驚愕しながらも、ファンにとってはこれもお布施なのだろうと納得した零は、色んな意味で天の感動を壊さぬよう、彼女の願いに反して気を遣い続けるのであった。

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