デッドヒートの果てに……

 全力疾走で車から逃げる枢と、タイヤを空回りさせながらもラクダを追う愛鈴。

 長らく続いた両者のデッドヒートの果て、ようやく拠点が見えてきたことで安堵した零であったが、その油断を見逃さなかった三下盗賊の攻撃がラクダを捉える。


「もらったぁ! 死ねぇ、ラクダっ!!」


「ああっ!? ラク太郎!!」


 狙いすましたボウガンの矢を枢ではなく、彼を乗せて走るラクダのラク太郎へと浴びせ掛ける愛鈴。

 赤い血を飛び散らせ、急に速度を落とした愛ラクダの悲痛な叫びに枢が声を上げるも、敵の攻撃はまだまだ止まらない。


 脚を奪ってしまえばこちらのものだと、本体ではなくその乗り物へと集中攻撃を開始した愛鈴によって、ラク太郎はみるみるうちに弱っていった。

 それでも懸命に主を安全地帯まで運ぼうと脚を動かすラク太郎の姿に、枢だけでなくリスナーたちからも感動と悲しみの声があがる。


【ラク太郎……! お前、枢のためにそこまで……!!】

【なんとか、HPが尽きる前に拠点に戻ってくれ……!!】

【あと少し! もう少しだから! 頑張れ!】


「死ぬなよ、ラク太郎! あの三下をぶっ飛ばして、すぐに治療してやるからな……!」


 なんとか踏ん張ってくれと、もう少しだけ耐えてくれと、苦しみを堪えながら相棒へと語り掛ける枢。

 だが、しかし……運命は無情にも愛鈴に味方し、あと僅かのところで力尽きたラク太郎が砂漠の血に音を立てて崩れ落ちる。


「ラク太郎ーーっ!!」


【そんな、そんな……】

【あともうちょっとだったのに……】

【愛鈴死すべし、慈悲は無い】

【お前はよくやったよ、ラク太郎。安らかに眠ってくれ……】

【くるるん、逃げるんだ! ラク太郎の死を無駄にするな!】


 三下の襲撃によってラク太郎が犠牲になったことに対する悲痛なコメントがあふれる中、枢もまたショックを受けたように彼の傍で立ち尽くしていた。

 その間に距離を詰めた愛鈴が、四輪バギーから身を乗り出しながらボウガンの狙いを定める。


「ヒャッハー! 邪魔なラクダは死んだ! 次はお前の番だ、枢~っ! あの世でラクダと仲良く暮らすんだなあ!」


 もはや完全に悪役になり切っている愛鈴が、スコープの中央に枢を捉える。

 満面の笑みを浮かべ、引き金に指をかけた彼女であったが……その瞬間、スコンッという小気味良い音が響く。


「んえ? え? なに、今の音? あれ? どうして私のHP、半分以下になってんの!? って、あら? 画面がぐにゃぐにゃなんですけど!? そ、操作も受け付けない!? あ、やばっ! このままじゃぶつか、ぎゃーーっ!?」


 なにがなんだかわからない内に巨大な岩に激突し、乗っていた車を大破させてしまう愛鈴。

 死にこそしなかったものの、気絶状態になって身動きができなくなった彼女の下へと二つの人影が迫り、破壊された車から彼女を引っ張り出す。


「久しぶりね、愛鈴さん。この前は、世話になったわねえ……!!」


「げえっ!? み、緑縞穂香ぁ!? あんた、ここに流れ着いてたの!?」


「そういうことよ。ここに来たのがあなた一人でよかったわ。相手が単独なら弓矢でも十分に相手できるし、サボテンから精製した痺れ薬もよく効くからね」


「痺れ薬って……あんたまさか、あの距離からスナイプを成功させたの!? 走ってる車を相手に!? どんな腕してんのよ!?」


「これでも私、【VGA】のFPS部門の顔なの。あの程度の速度で直進する的が相手なら、簡単に狙い撃ちできるわよ」


 遠距離武器である弓を構え、愛鈴を威嚇する穂香。

 彼女から拘束用の縄を受け取った枢は愛鈴を縛り上げると、彼女を引き摺って拠点の中へと連れ込む。


 そうして、打撃用武器である棍棒を手に取った彼は、気付けの一発とばかりに気絶状態になっている愛鈴をぶん殴ってから冷ややかな声で話を始めた。


「おはよう、三下盗賊。気分はどうだ?」


「え? あ、ああ、まあ、いい方かなぁ……?」


「そうか、こっちは最悪だよ。出会っていきなり追い回された上に、大切な相棒をお前に殺されたんだからなあ……!」


「どうする、枢くん? 適当に痛めつけて、情報を吐かせる?」


「ごごご、拷問には屈しないわよ!! とっとと殺しなさい!」


 非常に恐ろしいことを言っている穂香だが、愛鈴は恐怖を覚えながらもそんなことには屈しないという構えを見せた。

 確かに今、自分はとんでもないピンチに陥っているが……所詮はゲームの話であり、拷問のダメージが自分にフィードバックされるわけでもないのだから、何も恐れる必要なんてないのだ。


 このまま拘束され続けたら配信がぐだぐだになったり、ゲームで遊べなくなるという弊害はあるにはあるが、流石にそこまでのことをこの二人がやるわけがないだろう。

 ……という、実に小者らしい考えを頭の中に思い浮かべていた愛鈴であったが、そんな彼女の周囲をゆっくりと歩き回る枢が、こんなことを言い始める。


「愛鈴……お前、こんな映画を知ってるか? とあるところにな、マフィアの坊ちゃんがいたんだよ。親父は裏社会を牛耳る首領ドンってやつで、その権力を笠にやりたい放題やってた。ある日のこと、その坊ちゃんは他人の車を盗み、その持ち主である男を痛めつけた上に、そいつが飼ってた小犬を殺しちまうんだ。で、この男がヤバい奴でな、元は伝説的な殺し屋で、車と小犬は死んだ妻からの贈り物だったんだよ。そんな大切な物を盗まれたり殺されたりした男は、どうしたと思う?」


【あっ……(察し)】

【知ってるな、この映画】

【ああ、あれね……】


 嫌な予感がぷんぷんと漂ってきたことを感じながらも、愛鈴はひるまない。

 自分に憎悪の感情を向ける同期に向け、強気にこう言い放つ。


「だ、だから何よ!? 死んだラクダの敵討ちをしたいんだったら、とっととやればいいじゃない! ほら、一思いに殺しなさいよ!!」


「……安心しろ。お前はそう簡単には殺さねえ。ラク太郎が味わった苦しみを、お前にも味わわせてやるよ」


 そこで枢が一旦言葉を切り、深く息を吐く。

 静かに息を吸い、沈黙が漂う空気の中、再び口を開いた彼が発したのは、愛鈴にとってあまりにも残酷な宣言であった。


「只今より、愛鈴の初配信の同時視聴を開始しま~す!!」 




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https://kakuyomu.jp/works/16817139556773891162


唐突な宣伝申し訳ありません!

昨日から新作の現代ファンタジー(変身ヒーロー&ダーク寄り)を投稿し始めました!

めんどくせえ!で培った人間の醜さとか内面を描く技術をふんだんにぶちこんで書いていく予定なので、良ければ読んでやって、気に入ったらブクマと☆をくれてやってください!

より面白い小説を書くための意見も頂けると幸いです!

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