#義理の娘の登場だなしゃぼん


『うぅぅぅぅ……もう敵出ないで、戦いになんてならないで……坊やが、坊やが死んじゃうっす~……』


 ……初戦闘から十数分後、しゃぼんは先程までの調子の良さが嘘であるかのように泣きじゃくり、ゲームに向けて懇願していた。

 彼女が操るくるるのHPは1桁まで落ち込んでおり、あと1回か2回敵からの攻撃を受けたら死んでしまうまでに弱っている。


 まあ、どうしてこんなことになったのかを説明する必要もないだろうが、一応解説をしておこう。

 といっても、単純に調子に乗ったしゃぼんがガバをやり、くるるのHPを確認せずに『炎上斬り』を乱発したという、誰もが予想できた展開を辿っただけなのだが。


【#息子に迷惑かけるなしゃぼん(配信が始まって3回目)】

【母親に放火された上に死ぬ寸前まで追い詰められる枢、本当に可哀想】

【本当に原作再現にも程があるんだよなぁ……】


『ごめんね、坊や……! ママ、次からはもう少し賢くなるから、許して、許して……』


 本当にギリギリの状態になりながら、森の出口目指してくるるを動かし続けるしゃぼん。

 ちなみにではあるが、回復アイテムを用意できないこのチュートリアルステージでは、主人公キャラのHPが一定以下になると敵が出現しなくなるのだが、そんなことを知らないしゃぼんはぜぇはぁと荒い呼吸を繰り返しながら必死に戦闘が起きないことを祈り続けている。

 契約者たちもその情報を敢えて明かさず、そんな彼女の反応を楽しみながらくるるの冒険を見守り続けていた。


『あっ! 出口が見えた! お願いだからすぐそこが町とか村であって! 宿屋に泊まらせて~っ!!』


 そうしてプレイし続けること数分、森の出口を発見したしゃぼんが泣きそうな声で祈りながらそこから先のステージへとくるるを進ませる。

 森を出たくるるが見晴らしのいい草原に出た時、遠くから叫び声が聞こえると共にゲーム内でイベントが始まった。


「助けて~! 誰か、助けてくださ~い!」


「ややっ、何だこの声は!? 行ってみよう!」


『げぇっ!? なんかイベント始まったんすけど!? 頼むから戦闘はなしにしてください~っ! お願いしますなんでもしますから!!』


【#配信頻度上げろしゃぼん】

【#息子を燃やすなしゃぼん】

【#きちんと仕事をしろしゃぼん】


 始まったイベントに対して不安気な叫びを上げるしゃぼんと緊張感がまるでないコメント欄の契約者たちを放置して、助けを求める声が聞こえる方へと駆け出すくるる。

 場面が転換し、その声の下に辿り着いた彼の姿と共に、誰かを取り囲む白い毛玉のような物体がゲーム画面に映し出された。


「モコ~っ! 悪いようにはしないから、我々と一緒に来るモコ!」


「伯爵様は君のことを高く評価してるモコよ!」


「一緒に来た方が君も幸せモコ! さあ、伯爵様の下へ行くモコ!」


「やめて~! 離して~!」


 どうやら、白い毛玉たちは嫌がる誰かを強引に伯爵という人物のところに連れ去ろうとしているらしい。

 そんな場面を見たくるるは一目散に彼らの下に走り出すと、そのまま毛玉たちに向かって飛び掛かっていった。


「こら、やめろ! 嫌がってるじゃないか!!」


「わ、わ~っ!? なんだモコ~っ!?」


 そのまま戦闘が始まるかと思いきや、アニメの喧嘩の表現のように土煙と共にぽこぽこというかわいらしい音が鳴り始める。

 毛玉を叩き、懲らしめ、最後に蹴り飛ばしたくるるが堂々と仁王立ちする中、予想外の乱入者に邪魔をされた毛玉たちは、悲鳴を上げてその場から逃げていった。


「ひ~っ! こいつ、強いモコ~っ!」


「伯爵様に報告するモコ~っ!!」


「おととい来やがれ、人攫いども!」


 威勢のいい言葉を吐いて毛玉たちを追い散らすくるる。

 その背中に、彼らに連れ去られそうになっていた何者かが声をかける。


「あの、ありがとうございます。お陰で助かりました」


『おっ!? キャラメイクの時間だ! ってことは、この子もパーティメンバーっすか!?』


【そう。主人公初の仲間になるキャラ。最初から最後までお世話になります】

【同性なら相棒感が強い。異性なら完全にヒロイン】

【わかってるよな? お前、わかってるよな?】


『ほうほう、そうなんすね! となると、モデルにするのはあの子に決まりっす!』


 契約者たちからの情報を確認しつつ、2回目のキャラメイクに臨むしゃぼん。

 誰もがあの人物の登場を待ち焦がれる中、その期待に応えるようにして完璧にかわいらしいキャラクターを作成した彼女は、それを確定すると共に新キャラと息子の分身との会話を見守り始める。


「私、僧侶のっていいます。危ないところを助けてくれて、本当にありがとうございました。あっ! あなた、怪我してますね! じっとしていてください。今、治療しますから……」


『あ゛り゛か゛と゛う゛、め゛い゛ち゛ゃ゛ん゛んんんんっ!!』


【イヤッホーーーッ! くるめいだ、くるめいだ!】

【やっぱここは芽衣ちゃんだよな! それ以外を出してたら低評価&チャンネル登録解除待ったなしだった】

【疲れ切ったくるるんを癒すヒーラーの芽衣ちゃん、解釈一致です】


 2番目のパーティメンバーとして登場した芽衣ことが瀕死寸前のくるるの体力を回復してくれたことに、しゃぼんが実に汚い声で歓喜と感謝の叫びを上げる。

 契約者たちも枢の正妻である芽衣をモデルとしたキャラクターが登場し、2人で仲良くし始める姿を見ることができて大喜びしているようだ。


「ありがとう! 俺はくるる、世界を旅する冒険者さ! さっきの奴らは、いったい……?」


「あの人たちはこの近くに住んでいる伯爵さんの部下なんです。どうやら伯爵さんは、私をお嫁さんにしようとしているみたいで……」


【は? 潰すか、そいつ】

【くるめいの間に入り込もうとする奴は万死に値する】

【一族郎党皆殺しにするぞ】


『お、落ち着くっすよ。これはゲームだから。そのことを忘れないでくださいっすね、契約者?』


 めいの一言を切っ掛けに過激派が騒ぎ始めたコメント欄に恐る恐るといった様子で反応するしゃぼん。

 もしかしたらこの伯爵というキャラクターはくるめい過激派によって跡形もなく焼き払われるのではないかという不安を覚える彼女をよそに、ゲームは進んでいく。


「私、この近くにあるめーめー村に住んでるんです。よければそこまで一緒に行きませんか?」

 

「ありがとう、助かるよ!」


 ぴょこんぴょこんと飛び跳ねつつ、お互いに笑みを見せるくるるとめい。

 ほのぼのとしたゲームらしい温かなやり取りを見せた後、2人は仲良く並んで最初の拠点となるめーめー村に向けて歩き出した。

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